武器を取る女たち
──翌日
ドウターズの前には、馬車で運ばれた木箱が並んでいた。その中の一つをミラがくぎ抜きでこじ開ける。
中に入っていたものを見てミラが言った。「これが……。」
マリンがミラの脇から木箱の中身を見た。
「すごい……。」
ミラが言う。「でもさ、アタシらはこれの使い方なんて分からないよ?」
木箱を挟んでミラの正面に立つクロウが言う。「私が教える」
「知ってんの?」
「武器なら一通り。調理器具より単純だ」
「余計な心配だったね」
クロウは木箱の中からクロスボウを取り出してミラに渡した。
「……え、今から?」ミラが戸惑う。
「今さら生娘ぶるのか」クロウが言う。
クロウの軽口にミラは力なく苦笑した。「そんなんじゃないさ」
「……いくつか持ってきてもらっているが、お前さんたちが使えるのはこれくらいだ。それでも練習しなければ使えない」クロウは木箱から再び一丁のクロスボウを取り出した。「あいつに持ってきてもらったのは、矢の
「……槍とか剣は?」とマリンが訊ねる。
「人を刺す感覚に慣れるのは私だけでいい」
「……え?」
「お前さんたちは私の援護をしていればいいという意味だ」
クロウはドウターズの女たちを森に連れだった。
「ここなら人に見られることはないし、音が聞こえても木を切ってる程度にしか思われないだろう」そう言ってクロウはクロスボウに矢を装填した。「やり方はさっき教えたな」
クロウは木に向かってクロスボウを向けた。
「標準を合わせるには、矢の先端にある凹凸が綺麗に重なって平面に見えるようにするんだ。そして、凸の部分が当てたいところに合わさるように……。」
そしてクロウはクロスボウを発射した。矢は木の真ん中に刺さった。女たちは息をのみながら悲鳴を上げた。
「さあ、やってみてくれ」
リタが前に出た。クロウはリタの横に立つ。
「……肘が曲がってる」そう言って、クロウはクロスボウの先端を指でくいと上に押し上げた。「そのせいで先端が曲がってるんだ。……うん、それでいい。そのまま体を動かさずに指だけ引くんだ」
しかしクロウがそう言うものの、リタはクロスボウの引き金を引くことに躊躇があるようだった。
「もし思うことがあるなら、誰かを射るのではなく、ただ木を狙うと思えばいい」
リタは息をひそめた。そして目を見開くと、リタは引き金を引いた。発射された矢は木の真ん中に刺さった。女たちは歓声を上げた。
「上手いな。気負いを失くしたか?」
「……ぶち抜きたい野郎を思い浮かべた」冷酷な息を吐いてリタは構えを解いた。
「……そうか、それでもいいだろう。じゃあ次だ」
ミッキーが前に出た。リタの時と同じく、クロウはミッキーの横に立つ。
クロウが言う。「……いいか」
ミッキーがクロスボウを構えたままクロウを向く。「何?」
「危ない」クロウはクロスボウの先端を手のひらで横にやった。
「さっきリタがやったのと同じようにやれば大丈夫だ」
「リタ? どうやってったっけ?」
「見てなかったのか?」
「リタと同じものがウチに見えてると思ってる?」
「なるほど、正しいな」
クロウはミッキーの真後ろに立ち、背後から抱きしめるようにして標準を合わせた。
「分かるか?」とクロウが問う。
「ああ、うん……。」
クロウは、よしと言うとミッキーから離れた。少しミッキーの手先は震えていた。
「……じゃあそのままで射ってみてくれ」
ミッキーは引き金を引いた。矢は、木の真ん中に突き刺さった。再び女たちが歓声を上げる。簡単そうだね、と言う女もいた。
「何だ、結構やるじゃないか」
「……隣の木を狙ったんだ」とミッキーは構えたままで言った。
「……そうか」
次に、トリッシュが前に出た。やはり初めてということがあり、狙いはでたらめだった。
クロウはトリッシュの横に立ち、彼女の体のバランスを見た。クロスボウの先が下がっていたので、指先でそれを押し上げる。
「……緊張しているのか?」
クロスボウの先端が震えていた。トリッシュは無言だった。短い呼吸が彼女の心境を伝えていた。クロウが無言でトリッシュの後ろに立ち、抱きしめるようにして標準を合わせようとする。トリッシュは肩をすくめて身をこわばらせた。
「すまない」とクロウが言う。
「べ、別に大丈夫……だよ」
クロウは自身でクロスボウを射るように、トリッシュの肩に顎を軽く乗せて狙いを定めた。クロウの吐息を首に感じ、トリッシュの呼吸は荒くなった。
「緊張しなくていい。ただ、指を動かすだけだ。何も起こらない。何なら、目を瞑っていもいいんだ」
トリッシュは言われたように目を閉じ、そして引き金を引いた。暗闇の中、矢が木を穿つ音がした。
「……やったぞ」クロウはトリッシュの耳元で囁いた。
息を飲み込みながらトリッシュが目を開けると、矢は木の真ん中に刺さっていた。トリッシュは横目でクロウを見ると、すぐに目をそらした。
クロウはトリッシュから離れると女たちに言った。
「最初の一歩が大事だ。射れるだけでいい。もちろん、狙いが正確ならもっといい。矢を射る理由はそれぞれだ。仲間を殺された怒りを、自分たちを殺してもいいと思ってる奴らがいるという憤りをぶつけるのもいいが、気が引けるなら木を狙うつもりでもいいんだ。威嚇になればいい。始末は私とハスキーがつける」
クロウがじゃあ次だ、と言うとマリンが前に出た。
「……お前さんはやらなくていいんだ」
「いやだ、わたしもやる」
マリンは構えた。
「……力みすぎだ」クロウは言った。
「……わたしのも見てよ」とマリンが言う。
「他の奴らがやってるのを散々見たはずだ。一から言わせるな」
マリンは不満げに口をゆがめると、引き金を引いた。矢は木をそれて明後日の方向に飛んでいった。
「才能がないな」
クロウに言われ、マリンはクロウをにらんだ。
「憎む相手が違う。何だったら私を的にして練習するかね、お嬢ちゃん?」
マリンは矢を装填しなおすと、ハンドルを回して弦を引いた。そして息を荒げながら木をにらみ引き金を引いた。矢は木の幹をかすめた。
「……いいじゃん」とミッキーが言った。
「……全然ダメだ」とクロウが言う。
「え?」
「装填と発射までに時間がかかってる。敵が悠長に、自分を狙うまで待ってくれると思うのか?」
マリンは怒って再び矢を装填した。ハンドルを回して弦を引こうとするマリンに、クロウは刀を抜いてマリンの首元に刃を押し当てた。
「……あ」
「言っただろう、遅いと。お前さんを三回は斬るチャンスがあったぞ」
マリンは顔を赤くすると、クロスボウを置いて店へ戻っていった。
「ちょっとぉ、あの子いい筋してたじゃん」とミッキーは言った。
クロウは駆けていくマリンの背中を黙って見ていた。
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