待ち伏せ
ディアゴスティーノが馬車に乗り込んでしばらくして、リザヴェータも馬車に乗り込んだ。リザヴェータを乗せると、馬車はすぐに走り出した。
窓に頬杖を突きながらディアゴスティーノが言う。「……社長を待たせるたぁ良い度胸じゃねぇか、リーズよ」
「へへぇ」
そう言って笑うリザヴェータの手には小鍋があった。
「……何だぁ、そりゃ?」
「クロウさんのチリですよぉ。シャチョーはいらないって言ってましたけど、わたしは食べたいんですぅ」
「……そんなにうめぇもんでもねぇぞ」
「そうですかぁ? いい匂いしますけどぉ」
「それにな、これから宿で先方と高価なもん食うんだぞ。そんな貧乏くせぇもん食ってられるかよ」
「そうですか……。」リザヴェータは下唇を突き出してふてくされた。「じゃあシャチョーは食べないんですね?」
「いらねぇっての」
「じゃ捨てます」
そう言って、リザヴェータは小鍋を窓の外に出した。
「おうぃ!」と、ディアゴスティーノが身を乗り出した。
顔を見合わせるディアゴスティーノとリザヴェータ。ディアゴスティーノは気まずそうに顔を背けて、捨てるのはもったいねぇだろと言った。
馬車が30分ほど走ったところで、突然リザヴェータがぴくりと体を緊張させた。
「……どうした?」とディアゴスティーノが訊ねる。
「……待ち伏せされてますねぇ」
「……そうかよ」
岩山に囲まれた道の真ん中で、馬車が止まった。馬車の外は静かだった。中も静かだった。空気は留まり、冷えていた。
岩の物陰から、四人の男たちが現れ馬車を取り囲んた。
取り立てて特徴のない男たちだった。剣以外の武装はなく、革の鎧も着ていなかった。
「よぉ、猫耳。降りろ」と、リーダー格の長髪の男が言った。
「……おい御者」と、ディアゴスティーノは御者に話しかけた。だが、御者は何も答えない。まるで自分はそこに存在していないのだと主張しているようだった。
「俺が、テメェに、話しかけてんだよ。無視すんじゃねぇ猫耳」と、長髪の男は言った。
ディアゴスティーノが言う。「……二回目だ」
「あん?」
「オメェが猫耳って言った回数だよ。その言葉ぁ、俺の前で三回使うんじゃあねぇぞ」
「とっとと降りろよ、猫耳」
ディアゴスティーノとリザヴェータは馬車を降りた。
「不用心だな、お前ら」長髪の男が言う。「こんな荒野の真ん中走んのに、護衛つけねぇなんてな」
ディアゴスティーノは男たちを見る。
「オメェらにも護衛がいねぇみたいだな」
「……あ?」
「お、おい」と、太った賊の男が長髪の男に言った。
「何だよっ?」
「あ、あれ……。」
「ん? な、なんだ……?」
ディアゴスティーノを囲む男たち、さらにその周囲をコヨーテが取り囲んでいた。
「何だ? 何でコヨーテが?」
コヨーテは、よほど飢えていない限り人間を襲うことはない。襲うとしても、子供や一人でいる大人に限る。大の大人がこれだけそろっていながら、それでも迫ってくることは、荒野に生きる彼らからすると奇妙なことだった。
一方で、ディアゴスティーノには何の動揺も見られなかった。リザヴェータに至っては、瞳が怪しく玉虫色に光っていた。だが、男たちはそれに気づくことはなかった。
「くそ、こんなときに……。こっちにゃこっちの都合があるってのによぉ」と長髪のリーダー格の男が言った。
「……いや、そうでもねぇぜ」とディアゴスティーノが言った。「言ってみりゃあこいつらも役者だ」
「何だと? じゃあこいつらはテメェの飼い犬だとでもいうのか?」
「オメェらの友達じゃあなぇな」
「じゃあテメェの友達かよ。野良犬と猫耳が友達ってか? あん?」
「……リーズ」とディアゴスティーノが命じた。すると、コヨーテたちは一斉に男たちに襲いかかった。
「うぉお!?」
「ぎゃぁ!」
「いでぇ!」
「な……まさか本当に!?」
長髪の男がディアゴスティーノから目を離した。そのすきに、ディアゴスティーノは懐に手を入れ、黒い金属の塊を取り出していた。質量以上に重さを感じる、死の予告をにおわせる鋼だった。
「ん? なんだそりゃ……。」ディアゴスティーノの挙動に気づいた男が言う。
それを見たリザヴェータは両手で耳をふさいだ。
ディアゴスティーノが持っている金属の塊の先端が、轟音とともに火を噴いた。長髪の胸元が小さくはじけた。胸元が小さくはじけただけだったが、男の体内の肺も致命的に小さくはじけていた。
「……へぇ?」
事態を理解しないままあおむけに倒れる男。ディアゴスティーノは立て続けに、他の三人の男たちに対しても塊を差し向ける。全員が、今起こっていることの意味が分からず、無防備な
リザヴェータはさらに強く両耳を手で抑えつけた。
三度の轟音、コヨーテたちは悲鳴のような鳴き声を上げて男たちから口を離した。
コヨーテから解放された男たちだったが、その場から移動することなく、どさりどさりとひとりづつ地面に倒れた。
「……レプリカにしちゃあ上出来だな」そう言って、ディアゴスティーノは先端から煙を吐く回転式拳銃を見た。
「う……うごぉ……。」
口から血を吹き出しながらディアゴスティーノを見上げる長髪の男。見下すディアゴスティーノ。男は何かを言おうとしていたが、喋ろうとするたびに口からは血が飛び散った。
ヘーゼルの瞳が緑に光ると、ディアゴスティーノは瀕死の男に対し、さらに二発の銃弾を撃ち込んだ。
「くぎ刺したはずだぜ。なのに三回言いやがったな」
「四回ですよ」とリザヴェータが言う。
「そうかよっ」
ディアゴスティーノはさらに一発長髪の男に発砲した。男の額に穴が開いた。
「ちょ、ちょっと、シャチョー、突然撃つのやめてくださいよぉ。ワンちゃんたちがカワイソーですぅ」
「わりぃな」と、ディアゴスティーノはコヨーテたちにそっけなく詫びを入れた。
「ひ、ひぃ!」
御者は馬車から飛び降りると、ディアゴスティーノから逃げようと走り出した。
ディアゴスティーノが顎でしゃくると、コヨーテたちが御者に襲い掛かり、御者の両足首に噛みついた。
「あ、あ、ああ~!」
足首をやられた御者は四つん這いに倒れ、体を引きずりながら岩にすがりついた。
「あひぃ、あひぃっ」
御者が正面を向くと、目の前にはディアゴスティーノがいた。
「ひ、ひぃっ」
男は体を丸めてディアゴスティーノから顔をそむける。
「おい」ディアゴスティーノが言う。
「ゆ、許してっ」
「おいっ」
「ひぃっ、ひぃっ」
「おい!」そう言って、ディアゴスティーノは御者の怪我した足首を踏みつけた。
「ぎゃあああああああ!」
「おい……俺を見ろ」
「あ……う……。」
御者は恐る恐るディアゴスティーノを見る。目の前には屈んで顔を近づけるディアゴスティーノがいた。御者はまた小さく悲鳴を上げて顔をそむけた。
「俺を見ろっつってんだろっ」
ディアゴスティーノは男の髪をつかんで頬に平手打ちを入れた。
「ぶべっ」
「あんちゃん、三度言わすんじゃねぇぞ」
御者は顔の筋肉を恐怖でふるわせながらディアゴスティーノを見る。
「ようしそうだ、俺から目を離すな」
「は、はい……。」
ディアゴスティーノは御者の目の前で左の人差し指を立てた。
「?」
ディアゴスティーノは指を振ると、それを御者の顔の横に移動させた。御者はつられて指の動いた先を見る。
「目ぇ離すなっつってんだろ!」
ディアゴスティーノは男の鼻に右の拳を叩き込んだ。
「ぶがっ」御者の鼻から鼻血が飛び出した。「あば、あばば……。」
「二度と目ぇ離すなよ」
「は、はひ……。」
「オメェはいま何を見た? ええ? 何が起こった?」
「は、は……。」
「分からねぇか?」
御者はただうなずいた。
「そうだ、オメェには分からねぇ。何が起きたかはな。そしてこれから何が起こるかもだ。違うか?」
御者はうなずいた。
「世の中、分からねぇってのが一番やっかいなのよ。雷に幽霊、そういうもんは敵に回すべきじゃあねえ、そうだろ?」
御者はうなずいた。
「だとしたら、オメェは俺の敵に回っちゃあなんねぇ。そうだな?」
御者はうなずいた。
「お前は今から俺につけ。俺にはあいにくここの土地勘や情報がねぇ。だから俺のここでの案内人になるんだ。俺を襲うように指示した奴のことも洗いざらい話せ。四六時中俺を見て、俺の笑顔を引き出すよう努力しろ。俺を女房子供並みに人生をささげる相手だと思え」
御者は困惑してディアゴスティーノを見た。
「なんだ、オメェその歳で結婚してねぇのか?」
御者はうなずいた。
「もしかしてオメェはホモか?」
御者はうすら笑いを浮かべて顔を振った。
「何が可笑しいっ」ディアゴスティーノは御者の頭を叩いた。「オメェはホモを差別してんのかっ?」
「い、いえっ、違いますっ」
「嫌いか? オメェはホモが嫌いなのかっ? あぁんっ?」
ディアゴスティーノは御者の頭をぱしぱし叩き続ける。
「い、いえ、ぼ、僕はホモが大好きです」
「気色悪ぃんだよっ」
ディアゴスティーノは御者の頭をばしりと強かに叩いた。
リザヴェータは唇をへの字に曲げてコヨーテを見た。コヨーテも、くぅんと困ったような鳴き声を上げてリザヴェータを見上げる。
御者を味方につけた後ふたりは馬車に乗り込み、そしてディアゴスティーノは正面に座るリザヴェータに訊ねた。
「ここのルートを教えた奴は誰だった?」
リザヴェータは手帳を開いて、該当の箇所を指でなぞる。「え~と、このルートを教えたのはドーン商会のヘクターさんですねぇ……。」
「……そうか。で、他のルートはどうだ?」
「ちょっと待ってくださぁい」そう言うと、リザヴェータは薄目になった。閉じられた瞼から僅かに見える瞳は、緑や赤に暗く輝いていた。光っているにもかかわらず、その奥には闇があった。
「……そうですねぇ。どうやら、もうひとつのルートにも待ち伏せがあります」
ディアゴスティーノは窓の枠に頬杖をつきながらリザヴェータを見る。
「……もうひとつは。……あ、誰もいないですねぇ」
「……そのルートは誰に教えた?」
リザヴェータが目を開いた。「コロネイ運輸のシャチョーさんです」
「……そうか」ディアゴスティーノの頬杖が顎杖に変わった。「三人中、二人が敵だったってわけか」
「嘘の情報教えといて良かったですねぇ」
「まぁな」ディアゴスティーノは愉悦で口を歪めた。目は彼方にいる男たちへの敵意で歪んでいた。「おかげで移動のルートを確保できて、同時に敵まで区別できた」
「でも、シャチョーとお友達になりたい人は少ないです。三人チューお一人ですから」
「かまわねぇよ、いずれ向こうからすり寄ってくる。手を差し出すんじゃなくて、頭を下げてな」
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