調略

「思った通りだったよ……。」街から帰ってきたミラが言った。「クレアたちを殺したのは、手配中の強盗団ってことになってる」

「街の住民は、それを信じてるのか?」と、執務室の窓辺に背中を預けるクロウが訊ねる。

「まさか。ただ見て見ぬふりさ。恐れもあるけど、厄介ごとが嫌いなんだよ、どいつもこいつもね」

「皆、自分の生活が第一ってわけだ」

「そりゃあそうだよ。やっと苦労して住み着いた場所だからね」

「人は、自分を守るためなら、自分こそを欺くものだ。……あまり協力を求めすぎると、そのうちこちらが悪者扱いされかねないな」

「ああ、実際、街の奴らの中には、何でアタシらがあんなところに行ったんだなんて言い方してくる奴もいるよ。……じゃあ、皆の協力はあきらめるのかい?」

「もし、彼らの生活が危ぶまれるとしたら?」

「……どういう意味だい?」

「サハウェイが店の経営者から降ろされたらしい」

「それ、街の奴らも噂してたけど、本当なのかい?」

「内通者のタレコミだから間違いないだろう。そして今あの店の主になってるのは、ティムという彼女の片腕だった男だ」

「……クレアたちを殺した奴だね」

「そのとおり」

「で、それで街の皆の生活が危ぶまれるってのは?」

「サハウェイという女は、冷酷だったが頭も切れた。娼館じゃなくても、状況が違えば何らかの形で頭角を現してただろう。地方の貴族の娘に生まれていれば、あるいは良い領主になったかもな。流れ者の私でも、街の様子を見た時にそれが分かったよ。一見、彼女にとっては無駄なことのような教会の建設も、人心を掌握するための手段だろう」

「けど……ティムはそれに及ばないってことかい?」

「分からない」

「え?」

「そして、分からないのは街の人々も同じだ。彼らは思ってるはずだ。サハウェイからティムに代わって、果たして自分たちの生活に影響はないだろうかと。なにせ、女を手にかけるような男だ」

「……街の皆の不安をあおるってこと?」

「話しが早い」

「でも、どうやるんだい?」

「……苦しみは分かち合わないとな」

 ミラが怪訝な顔でクロウを見る。

「前回は打って出ようとした。けど、今回は足元から崩させてもらおう。……手紙を書いてくれ」

「またアンタの知り合いの役人にかい?」

「まずはホートンズだよ」

「あの腐れ役人に?」

「それと、かっぱらってきた証書を持ってきてくれ」

 クロウは窓の外を見た。

「そのあと……王都とヘルメスに」



 それから間もなく


 ──王都


 ホートンズの机にはイリアからの手紙が置かれていた。

「いかがいたしました? ホートンズ殿?」と、ホートンズの部下が訊ねる。

「まったく、新しい経営者に代わったと思ったら、さっそく頼み事ときた」

「……捨ておきますか?」

「いや、どうやらこちらのうまみにも関係のあるようだ」そう言って、ホートンズは手紙を部下に差し出した。「さっそく手配してやれ」

 部下は手紙を受け取ると、内容を確認する。

「やはり、こういうことは男に任せるに限る」ホートンズは青い目を細めて言う。「こちらの目論見通り、奴は大金を生みそうだ」



 後日、イリア


 酒場の店主は、カウンターの前で禿げ上がった頭を抱えていた。仕事にやる気の見えない夫を、普段ならば叱りつけているはずの妻も、うつろな目で虚空を見上げ時折ため息をつくばかりだった。

 そこへ、ミラが来店してきた。

「こんにちはぁ……。」とミラが店主たちに挨拶をする。

「ああ、ミラ……。この間は、その……気の毒だったね……。」

「う、うん……。」

 ミラは店内の様子をうかがい、そして予想していた状況が起こっていることを察した。

「どうしたの? 二人とも沈んじゃって? おっちゃんはまだしも、おばさんまで」

 店主は、禿げ上がった頭を磨くように強く掌でこすった。そして、妻を見てからため息をついて話し始めた。

「どうもこうもないよ……。うちの店が営業許可とってないってんで、役人から業務停止命令が来てるんだよ。何だってんだよ、急に……。もぐりの店なんて、イリアどころか、カッシーマにどれだけあると思ってんだ……。どうしてウチだけ……。」

 ミラはわざとらしくうなずいて話を聞いていた。そして周囲を見渡すと、店主に近づいて小声で語りかけた。

「……その話、どうやらおっちゃんのお店だけじゃないらしいよ?」

「なんだって?」

「イリアにあるモグリのお店に、お役人から業務停止命令が次々と届いてるんですって……。」

「本当かいそれ?」

「本当だって、だってウチなんだよ? 最初に目ぇつけられたの」

「そ、そうか、そうだったな……。しかし、どうして急に……?」

「サハウェイさんからティムさんにフロリアンズの経営が移ったでしょ? どうやら、ティムさんはサハウェイさんがウチにやったやり方と同じことを、イリアじゅうの店にやろうとしてるみたい」

「はぁ? じょ、冗談じゃないぞっ?」

 ミラは店主の表情をつぶさに観察しながらささやく。

「経営者が変わったとたんこれなんて、ねぇ……。」

「くそったれ、他の皆と一緒にフロリアンズに抗議にいかないとっ」

「落ち着いて? アタシらがどうなったか、知らないわけじゃあないでしょ?」

「う……ぐ……。」

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