ティム

──フロリアンズ


「どういうこっちゃ……。」

 ティムは部下たちの報告を聞いて困惑をしていた。サハウェイのやり方に乗っかれば、それだけで利益を生むだろうと思っていた男に、突然沸いたトラブルだった。

「ホートンズさんの差し金だと考えて良さそうですわね」と、秘書のサハウェイが言った。

「せ、せやけど、なしてこないなことを?」

「決まってるじゃないですか。ホートンズさんはこうおっしゃりたいのですよ、もっと積極的になれと」サハウェイは蠱惑的なささやきでティムに迫った。かつて、彼女がのし上がる際、男たちの心を愛撫したあのささやきだった。「お忘れになって? ホートンズさんはティムさんに、もっと稼ぐように仰られていたはずですよ? これはホートンズさんからのお膳立てですわ。もしここまでホートンズさんの手を煩わせておいて、しり込みしていようものなら……。」

「わ、わぁっとるわいっ」

「ではこちらに……。」サハウェイは封筒から紙を取り出した。「このイリアで不法営業を行っているお店のリストがあります。条件を出して、これらのお店をウチの傘下のお店と合併させていただきましょう……。」

 用意周到なサハウェイに、ティムは目を丸くする。

「あ、あたりまえじゃ。言われんでもそうするわっ」

「ですが、やはり彼らは私たちとともに歩んできたイリアの街の仲間です。あまり彼らに受け入れがたい条件を出してしまうときっと悲しみます」そう言って、サハウェイは憂いた顔で首を小さく振った。「表向きの合併で、経営そのものは彼らに任せるべきかと」

「むぅ……。そうじゃのう、あまり強引にはやれんわな……。」

「そうです。街の皆は、フロリアンズのオーナーが私からティムさんに代わって、街も変わってしまうのではないかと心配しているのです。ここで、この街は私の時と変わらないということを示すべきかと……。」

 ティムはサハウェイをにらんだ。

「……おんしの時と変わらない、やと?」

「ええ、そうですわ」

「は~ん、読めたぞっ。おんしゃあ、ワシをそうやって陰で操って、ここの実権を握ろうってはらやなぁ?」

「な、なにをおっしゃいます、そんなこと……。」

 サハウェイはわざとらしく口に手を当てて狼狽してみせた。

「はん、やっぱり女は簡単に顔に出よる。図星ちゅうことやなぁ。ようし、おんしがその気なら、ワシは全く逆でやったるわい」

「お、お考え直しください、ティムさんっ。街の皆さんが可哀想ですっ」

「女の慈悲っちゅうやつか? しょせんこの世は奪うか奪われるか、そんなまどろっこしいこと気にしとれるかい。ワシはとは違うわ。ワシがこの街を変えてっちゃるけぇのう。もっと大金を産む、王都の奴らですら一目置くような街になぁっ」

「お待ちになってっ」

「じゃかましいっ、見とれよっ」

 形だけすがりつくサハウェイを振り払って、ティムは執務室から出ていった。

 そのティムの後姿を、サハウェイは冷ややかにほくそ笑みながら見ていた。真紅の唇を歪ませ、赤い瞳を輝かせながら。



 ──正午過ぎ


 年長の運送会社の経営者の声掛けにより、街の寄り合いが開かれた。酒場には、ティムをはじめとした、街の商店や会社の経営者たちが顔を出していた。

「こまるよぉ、ティムさぁん」もぐりではない酒場の店主が言った。「ここじゃあさぁ、もぐりもそうでない店も、これまでずっと仲良くやってきたじゃないのぉ。ここにはここのやり方、ルールってもんがあるでしょぉ?」

 周りの経営者たちは、うなずきながらそれを聞いていた。

 ティムは言った。「ルール? ほう? 法律以上のルールなんてもんが、この世にあるんですかいのう? ワシは、不正を働いとる店をまっとうに仕事させちゃろうっち、そう言うとるんですよ。うちの傘下になってもらうことでね。なぁんもお天道様に後ろめたいことなんか、ありゃあせんのですが?」

「法律ってそれを言い出したらあんただって……。」と酒場の店主が言う。

「なんですぅ? ワシんところに、何か問題でもあると言いたいんですかねぇ?」

「いや……それは……。」

「……サハウェイさんはどう思われるんです?」と、部屋の隅に座っているサハウェイに運送会社の経営者が訊ねた。

 部屋の隅で座っているサハウェイは困った表情で顔を上げた。

「ああん?」と、ティムは声を荒げた。「このサハウェイがなんやっちゅうんです? うちの店のオーナーはワシやっちゅうこと忘れてもろうたら困りますよぉ」

「ああ、いや、一応、ここでの参加が長い彼女の意見をうかがっておこうかと……。」

「必要ありませんなぁ」

 サハウェイは言った。「社長。皆様は、あくまで参考程度ということで質問なさっているのですから……。」

「だぁっとれ!」

「……はい」

 テーブルを囲む男の一人は、うつむくサハウェイの掌に涙のしずくがこぼれ落ちたのを見た。

 その瞬間、一同はサハウェイに対して胸を痛めた。分かりやすい構図だった。野心に身を焦がす傲慢な男と、傷心に身を震わせる繊細な女。単純に、彼らはティムのことが嫌いになっていた。

「別に、ワシも店の経営者を追い出そう言うとる訳やありませんから。看板だけ入れ替えてもらおう言うとるだけです」

「看板だけでいいのかい?」

「もちろん、売り上げのいくらかは払ってもらわにゃあなりませんわな」

「そ、そんなの乗っ取りじゃないかっ」

「人聞きの悪いこと言わんといてもらいますぅ? 潰れる予定の店を、こちらで助けちゃろう言うとりますのや。対価はいただきませんと」

 経営者たちは顔を見合わせた。

「もし、不服ゆうんやったら、お役人に直接訴えたらええんちゃいますか? まぁ、麓の女どもがどうなったかはご存じやと思いますが」

「お、脅してるつもりか?」

「いやいや、そんなことないですってぇ。もぐりの店の受け入れ先やったら、皆さんの中にもありますけぇ、分け前はみぃんなで共有しましょうやぁ?」

 ティムはそう笑い飛ばしたが、経営者たちの顔色は優れなかった。



 ──その夜


 アリシアは酒場で一人で飲んでいた。ひとくち酒を飲むたびに、激情に駆られたドウターズの女たちを思い出すアリシア。自分の中にも湧き上がる衝動を感じながらも、すぐに死んだ友の葬式を思い出し、アリシアは首を振って自分だけは冷静に努めなければと己に言い聞かせた。

 永遠の臆病さで繋いだ命だって? 生きながらえること以上に大切なことなんてあるもんか。

 アリシアはミラたちへの同調よりも、意識的にクロウへの怒りを呼び覚ますことで衝動をおさめようとする。

「ああ、いまいましいっ」

 アリシアは、カウンターの店主に気づかれないくらいに小さい声でそうつぶやいた。

 ふと顔を上げると、アリシアは店主が自分を目を見開いてみているのに気付いた。まずい、聞かれたか。アリシアの小麦色の肌の顔が赤面しそうになったが、アリシアはすぐにその店主の視線は、自分の隣にあることに気づいた。

 隣を見たアリシアは、思わず「あんたは……。」と口に出した。

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