奇妙な果実
男たちに捕まったマリンは、先ほどの廃村に引き戻された。道端には、なぜか干からびた犬の死骸が横たわっていた。
マリンはクレアと別々の廃屋に監禁された。
「おらおらっ、さっきはよくもやってくれたなぁ!」
「マルクの仇だ!」
外からは、男たちがはしゃいでいる声が聞こえていた。
マリンは部屋の隅で耳をふさいでうずくまっていた。聞きたくはなかった。ここでそんな言葉を浴びせられるのは、クロウかお竜しかいなかったからだ。部屋の隅の、木の床の破れた所から野ネズミが顔をのぞかせマリンをしばらく見ていたが、鼻をひくつかせると、ひょこりと顔を引っ込めてしまった。マリンはまたネズミが顔を出さないか、延々とその穴を凝視し続けた。
日が傾き始めたころ、マリンは男たちに外に出された。小屋の外にはティムが立っていた。
ティムが言う。「残念やったなぁ。ワシらのこと出し抜いて、役人にチクろうって思うとったんやろ? 当てが外れたのう」
マリンはティムをにらんだ。だがティムは子供に向けるものとは思えない残酷な目つきで睨み返す。マリンはやりどころを失い地面に視線を落とした。
「ワシらに逆らったらどないなるか、よぉくお前らを躾とかないかんけぇな。……こいや」
ティムはマリンを村のはずれに連れて行った。行く先の丘には、一本の木が生えていた。
木の周りには男たちがたむろっていた。男たちははしゃいでいるようだった。
「俺たちはドラゴンスレイヤーだ!」
ひとりがそう叫んだ。どうやら酒も入っているようだ。
「やつぁ流れ者の亜人で戸籍もなかったけぇ、ああしてもおとがめなしじゃ。飼い主のおらん野良犬を殺したんと同じやからなぁ」
マリンは近づくにつれ、木の様子がおかしいことに気づいた。冬の落葉をすませた木のはずなのに、その枝には何か実っていた。
「まぁ、ちったぁ体が硬かったが、動かんくなりゃあ楽なもんやったぞ」
それがいよいよ視界に入ると、マリンの足は動かなくなった。現実味のない光景に思考が止まりかけていた。それを何と解釈していいのかわからなかった。
見知った顔の頭があった。
しかし頭は体にくっついていなかった。
なぜかそれは木の枝の先端にぶらさがっていた。
腕が頭ととても離れたところにあった。
足は木の根元に落ちていた。
何がどうなってそうなっているのか、少女には理解できなかった。
男たちによって四肢を切断されたお竜の亡骸が、木に吊り下げられていた。
「あ、ああ、あ……。」
目の前にある光景のように、マリンの思考はばらばらになっていた。ばらばらの言葉が組み合わないため、話すこともできなかった。
「ようやった、おんしりゃ!」ティムが歓喜して言った。「街に帰ったら、竜退治ばやったゆうて自慢できるきにぃ!」
男のひとりがお竜の頭部に、両手の中指を立てて罵声を浴びせる。「よう、お前っ、見えてっかぁ! 何が死にてぇ奴から前に出ろだ! テメェが死んでんじゃねぇかよぉ!!」
男の一人がお竜の頭に石を投げつけた。石は額に当たり、こつんと乾いた音が虚しく響いた。
顔をそむけ硬直しているマリンの体に、ティムが後ろから抱き着いてささやいた。
「のう、ガキぃ。よぉ見とけやぁ」ティムはマリンの顎をつかんで顔をお竜に向けさせる。「ワシらに逆らったもんがどないなるか。お仲間が全員死んでも分からんちゅうことたぁないやろうからな」
マリンはティムの顔を蒼白した顔で見る。
「リザードマンはあの通りや。お前んところに来とったファントムっちゅう用心棒も崖から落ちて死んどる。あとは、お前と一緒におった女もな」
マリンは大粒の涙を流した。ティムはその涙を親指でぬぐい取った。
「ぜ~いん、死んどるぞ」
マリンは廃屋に連れていかれた。
そこにはクレアが横たわっていた。衣服は乱れ、ぼろ切れのようになっていた。寝ているにしては静かすぎた。生者では決して作りえない、独特の静寂が室内を満たしていた。
「……クレア姉?」
「無駄じゃ、死んどるゆうたじゃろ」
それでもマリンはもう一度、クレアの名を呼んだ。
マリンはクレアに近づいた。顔が少し汚れていたが、ひどい傷はなかった。
とても綺麗な顔をしていた。安らかに眠っているようだった。器量でいうと、ドウターズで一番だという女たちの言葉をマリンは思い出した。こんな状況にも関わらず、マリンは慈しみをもってクレアの顔に触れた。
──本当にきれいな人だったんだ……。
おとぎ話のお姫様のようだとため息をもらしそうになった。受け入れがたい現実に、少女の心は倒錯して麻痺していた。
「綺麗な顔じゃろう?」
マリンの手が止まった。
「この女、抵抗せん代わりに、お前にゃ手ぇ出さんでくれと泣いて頼んできたけぇの。こいつに免じてお前にゃあ何もせんといてやる」
マリンの手がクレアの顔から離れた。
「いやぁ、手下どもを抑えとったんやけどなぁ、死に体じゃあつまらんと首を絞めたらアソコも締まるようになってのう。一人の馬鹿がやりすぎてしもうたんよ」
「……やる」
「なんじゃ?」
「殺してやる!!」
マリンはティムに向かっていった。そんなマリンをティムは平手であしらう。マリンは吹き飛ばされてしりもちをついた。
「この女に免じて手ぇ出さん言うたばかりやないか。約束やぶらせんなや」
マリンは大声で泣き叫んだ。ぶたれた痛みではなく、体が張り裂けそうなほどの耐え難い悔しさで、身を震わせながら泣いていた。
「おうおう、やかましかのう。まぁええわい。好きなだけ泣いとけや」ティムはマリンの前で片膝をついて顔を近づけた。「お前の仲間にちゃぁんと伝えとけよ? これに懲りたら、二度と妙な気ぃ起こすなっちな」
ティムは手下たちに帰るぞ、と声をかけると馬に乗りイリアへ戻っていった。
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