ワンス・ウォリアー

 クレアたちが外に出ると、既に建物は10名以上の男たちに囲まれていた。さらに遠くから来ている馬車にはティムが乗っていた。

「ど、どうして……。」とクレアが言う。

「それを考えるのはあとだ」そう言ってクロウは刀に手をかけた。

「どうするのん?」お竜が言う。

 クロウが言う。「バラバラに逃げるぞ」

「え?」

「まとまってたらやられる。ひとりでも多く生きて帰ろうというのなら……。」クロウはクレアとマリンを見た。「ふたりは一緒に逃げろ。マリンひとりで帰るのは難しい。私とお竜は……。」

「あんたは奴らを引きつけて」とお竜が言う。

「……お前さんはどうする?」

「……殿しんがりって知ってるかしらん」

「ああ。そしてそれを口にする事が何を意味するのかもね」

「そういうことよん」

「……じゃあ」とクロウが言う。

「ええ。ドウターズで」とお竜。


 クロウは駆け出した。そんな彼女に男が追いすがる。振り向きざま、クロウは懐のナイフを投げた。ナイフは男の目に刺さり男は倒れた。

 クロウの前に数人の男たちが立ちふさがる。クロウは建物に立てかけてあった梯子はしごに足をかけ、飛び上がって正面の男の肩に片手をつき、男たちの後方に着地した。

「なに!?」

 クロウは抜刀し、男たちを背後から切り伏せた。そしてそこからさらにクロウは逃走を図る。

 その様子を遠くから見ていたティムが叫ぶ。「おい、その女を逃がすんやないぞ!」

 逃げ切るつもりはなかった。クロウはわざと追いつかれる速度で走り、追いつかれそうになっては振り向いて男たちと切り結んだ。狙いは相手の手首や剣を握る指。最小の攻撃で自らの余力を残し、効果的にクロウは追っ手たちの戦力をそぎ続けた。倒せそうで倒せず、しかも致命傷を与えないそんなクロウを、男たちは無意識に追いかける対象として選んでいた。お竜に頼まれた、男たちを引付けるという役割を、クロウは効果的に果たしていた。

 しかし、それは決して完全に男たちが策に乗せられていたというわけでもなかった。

 残されたお竜は、クレアたちを率いて食堂の中に入っていった。

「アンタたちは屋根を伝って馬のところに逃げなさい。アチシが引き寄せるから」

「お竜さんはどうやって逃げるの? あんなに大勢いるんだよ?」とマリンが言う。

「……心配しないで、お竜さんがみんなやっつけちゃうから」お竜はマリンを頭を撫でて、首を傾けてウィンクをした。「アンタ、アチシの剣を見てきたでしょ? アチシがあんなフニャチンどもにやられるとでも?」

 お竜はあらやだ下品なこと言っちゃったわ、と笑った。

 お竜はクレアを見た。相変わらずの無表情のようでもあったが、クレアにもお竜の感情の変化が少しわかるようになっていた。

「お竜さん……。」

「ちょっとアンタァ、な~んて顔してんの。アンタはこの子やミラを支えなきゃあいけないのよ」

「う、うん……。」

 クレアはうなずくと、マリンの手を引いて二階に上ろうとした。

「ちょっと」

 それをお竜が呼び止めた。

「何だい、お竜さん?」

 お竜はふたりに近づき片膝をついてクレアとマリンを抱きしめた。

「最後に……アンタたちはアチシに世界で一番美しいもんを見せてくれたよ……。荒野でさまよって、くたばっちまうのを待ってたようなアチシに……。」

「……お竜さん」

 お竜は立ち上がってふたりを向き直らせ背中を叩いた。

「ほら行きなっ。ドウターズで会いましょうっ」

 マリンとクレアは言葉を交わすこともできなかった。うなずきすらも心もとなかった。

 ふたりが二階へ上がるとともに、つっかえをされていたドアを蹴破って男たちが入ってきた。

 お竜は抜刀した。


──悪くない。こういう最期なら、悪くない。


 店の外では、ティムが待ちかまえていた。

「とっとと捕まえんか~い。たった三人じゃろうが~」

 クレアたちを捕らえるのは時間の問題だと思っていたティムは、めんどくさそうに言った。

 すると、悲鳴とともに手下のひとりが雨戸をぶち破って飛び出してきた。

「な、なんや!?」

 店の中から、立て続けに男たちの悲鳴が響いた。加勢しようと男たちが次々に店に入っていくが、店に入るたびに男たちの悲鳴がこだました。

「お、おい……。」

 悲鳴はすぐに止んだ。そしてしばしの沈黙の後、店の出入口からお竜が出てきた。お竜の白い着流しは返り血で真っ赤に染まり、白銀の刃は男たちの鮮血でぬらりと照かっていた。

 お竜は琥珀色の瞳でティムたちを睨み喉を鳴らす。

 その様は、屍を踏みしだき狂乱する、まさに竜そのものだった。

 男たちは、そんな様相のお竜を前にして、呼吸をすることを忘れていた。


──悪くない。あの娘たちのためなら、一度は捨てた男に戻り、刃を手にするのも……悪くはない。


 お竜は構えた。右手に刀を持ち、両手を大きく広げるお竜の構えもまた、翼を広げて威嚇する竜のようだった。

「お、お前ら、ぼさっとしとらんと早ぉ殺らんか!」

 ティムにけしかけられ、雄叫びを上げて一斉にお竜に襲いかかる男たち。だが、男たちの雄叫びは再び一瞬で悲鳴に変わった。

 お竜の剛剣に、男たちはなす術なく、調理される素材のように順番に切り伏せられていった。腕が落ち、首がはね、剣はへし折られた。戦いですらなかった。それは、淡々と作業のように進められる、一方的な殺戮さつりくだった。

「あ、あ、ああ……。」

 暴竜がごとき立ち回りに、わずか数秒で男たちに恐怖が伝播していた。


「……我はヌシらの敵にあらず。我は斬首の執行人。ヌシらは刑に処されるのを待つとが人。これより起こるは戦いにあらず。ただ殺す者と殺される者のあるのみ。抗わなくば痛まず冥府に送り届けてやるが故に」お竜は八相※に構えた。「死にたき者から前にい」

(八相の構え:刀を立てて右手側に寄せ、左足を前に出して構えるもの。この構えを正面から見ると前腕が漢数字の「八」の字に配置されている)

 その声もまた、竜の唸り声のようにおどろおどろしかった。

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