出発

 明けて翌日、クロウたちは準備を終え、今まさに国境くにざかいへ旅立とうとしていた。目的地に向かうのは、役人たちと連絡をとったクロウ、人身売買の被害にあったマリン、そして店の代表としてクレアと護衛のお竜だった。

 ミラが言う。「すまないね、クレア。こんなめんどうな役まかしちまって」

「なぁに、言ってんだい」クレアは言った。「アンタに店を空けさせる訳にはいかないし、アタイはこの店のナンバー2なんだから、当然の役割さね」

「違うよ」

「うへ?」クレアはずっこけそうになった。

「アンタはアタシの親友だ。だから……必ず無事に帰ってきなよ」

「……分かった」

 お竜がハスキーに言う。「アチシがいない間、ここのことは頼んだわよ。強い子たちだけど、戦えるわけじゃあないんだから」

「任せてください」とハスキーが言う。

「まぁ大丈夫だろう」とクロウが言う。「なにせお前さんときたら、畑に立ってるだけでカラスが逃げそうなんだから」

「……。」

「冗談だよ。気を悪くするな」


 クロウたちは荷馬車に乗り、国境を目指した。


 道中は晴れていたが、女たちの表情は硬かった。特にマリンは自分で申し出たものの、その大役に緊張しているのか、顔が曇っていた。馬車を運転しているクレアが、そんな隣に座るマリンの様子に気づき、少女の肩を小突いた。

「なぁに今からそんな顔してんだい。まだ国境は先なんだよ?」

「うん、でも……。」マリンが言う。

「なんだい?」

「今のうちに、表情を作る練習をしとかないと。お役人さんが同情してくれるような」

 女たちは顔を見合わせた。

「かぁ~、したたかな女だねぇ」クレアは呆れて言った。「もうすっかり“ドウターズ”の女のひとりってわけかい」

「へへへ……。」マリンは照れくさそうに笑った。「……ねぇ、クレア姉」

「なに?」

「ミラ姉と付き合い長いんだよね?」

「まぁ……一緒にいたって意味ではアリシアの方が長いけど、話した時間とかじゃあアタイだろうね。何か訊きたいことでもあるのかい?」

「……どうしてミラ姉はあんなに自信を持ってるんだろう?」

「そりゃあ……ミラは持ってるからね」

「自信でしょ?」

「違うよ、自分で手に入れたものをさ。生まれついての見てくれとかじゃあなくって、自分で築き上げたものってことさ」

 荷台に座っているお竜が言う。「そういうのを持ってれば、男でも女でも強くあれるものよ。自分の生きてきた道が自身の根拠なんだから。迷った時は振り返ればいいんだもの」

「じゃあ……サハウェイさんとはどう違うんだろう」

「……まぁ、あの女もたいしたもんだよね」クレアは言った。「こんな目にあわされててなんだけどさ。アイツだって、一介の娼婦から成り上がったんだ。そりゃあアタイらとは見えてるもんが違うさ」

「でも……たまにとても哀しそうにしてる時がある」

「それは彼女が奪い続けてきた者だからさ」と、荷台にいるクロウが言った。

「奪い続けた?」とマリンが訊ねる。

「そう、奪うことで手に入れてきたから、新しいものを得ようとする時にはまた誰かから奪おうとする。自分がそうするから、他人も自分から何かを奪おうとするんじゃないかと疑ってかかってしまうのさ」

「じゃあ、ミラ姉は?」

「彼女は受け継いだ者なんだろうな。そして自分がそうしてもらったから、人にも何かを受け継いでもらおうとするんだ」

「ふぅん……。」


 一行は、国境の途中にある村を通りかかった。

「……あれ、ここは廃村だったかね?」とクレアは言った。

 クロウは注意深く周りを探った。廃村にしては人の気配が漂っていた。

「ん? ああ、人がいるじゃないか」そう言って、クレアは体を伸ばした。「馬宿※だね。ちょうどいい、お馬ちゃんの水をわけてもらおう」

(馬宿:旅人が宿に泊まる際、馬を預かってもらうための設備がある場所)

 クロウは馬宿をにらみ、再び周囲を見渡した。

「アンタどうしたのよぉ、険しい顔してぇ?」と、お竜が訊ねる。

「妙だぞ。あの馬宿以外、この村は住民の姿が見えない」

「そういえば……。」

 クレアは馬車から降りると、馬宿の主人に事情を話して馬を水飲の桶のところにつないだ。

「アタイらも食事にしようじゃないか」

「それだったら、すぐそこに食堂がありますよ。ぜひ利用してくださいな」そう言って、馬宿の主人は斜向かいの建物を示した。営業しているとは思えないボロボロのあばら家だった。

 クロウが言う。「けっこう、すぐに出るんだ。食料はこちらで用意してある」

「ちょいとお待ちよ」クレアは言った。「食料も水も、なるったけとっときたいんだ。ここで済ませられるなら、そうしたほうがいいんじゃないかい?」

 クロウは馬宿の主人を見た。そして再び食堂と教えられた建物を見る。

「……わかったよ。だが、食堂へ入るのはお前さんたちだけだ。見張りがる」

「ねえさん、馬はあたしが見ときますよぉ」と、馬宿の主人が苦々しく笑った。しかし、クロウは真顔で主人を見遣って、クレアたちに「そうしてくれ」と告げた。


 一行が食堂に入ると、そこの女将が三人を迎えた。三人は食堂というよりも、ただ広いだけの台所に案内された。

「しかし、あのねえさん、軽口たたくと思ってたら、急に用心深くなるんだねぇ」と、席に着くなりクレアが言った。

「用心に越したことはないわ」とお竜が言う。

「そうだけどさ……。」


 クロウが外でパンをかじっていると、村の外から馬に乗った一団がやって来るのが見えた。

 彼らは馬宿の前で止まると、主人と会話して馬を馬宿に預け始めた。クロウはそんな一団の挙動を観察し続けた。いったん視界に入ったならば、その男の体格と得物を常に観察するのはクロウの癖でもあった。

 すると、そんなクロウに気づいた男のひとりが言った。

「ねぇちゃん、何見てんだよ? もしかしてオメェかい?」

その男につられて下卑た笑い声を仲間たちが上げる。クロウはうんざりして目を背けた。

 クロウがしばらく目を背けていると、さらに村の外から旅の一団が来るのが見えた。ここはよく旅人が訪れるのだろうか、それにしては廃れている。不思議に思いながらクロウは馬宿に視線を戻した。

「……おい、何やってる!?」

 馬宿の男たちは、クロウたちの馬から荷台を外していた。

 だが、再びクロウを見た男たちは下卑た笑いを浮かべていなかった。全員の目に、暗い殺意が宿っていた。

 しまった! クロウは食堂の閉じられていた雨戸をひじ打ちで破壊した。雨戸の向こうにはクレアたちがいた。

「な、何やってんだい!?」と、食事の最中だったクレアが驚いて言った。

 クロウが叫ぶ。「待ち伏せされてる! 逃げるんだ!」

「何だって!?」

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