打って出る女たち

 その後、執務室に戻った三人は、執務机のミラを囲むように相談を始めた。

 クレアが言う。「おねえさん、この街のことを嗅ぎまわってたんじゃないのかい? サハウェイは役人と繋がってるんだよ?」

「ちょっと待ちなよクレア」ミラはクロウを見て言う。「アタシらより情報を仕入れてるアンタのことだ、そんなことは承知の上なんだろう?」

「もちろん。私が訴えを起こそうってのは彼女と繋がってる役人じゃあない。狙いはその背後だ」

「理想論としては分かるけど、どうやってそんなこと実行しようってのさ。こっちにはツテなんかないよ」とクレアが言う。

 ミラは注意深くクロウの表情を探って言った。「でも、おねえさんにはあるってことかい。ツテが?」

「そのとおり。さすが経営者は違うね」

「悪うござんしたね、平の従業員で」とクレアが言う。

「ふてくされなさんな。でも、そんなに太いツテなのかい? それに、あのホートンズだって、木っ端役人じゃないよ?」

「ダニエルズの役人に知り合いがいるんだ。信頼できる男だ。“誠実な役人”というのは、何もおとぎ話の中でのことじゃあないんだよ」

 ミラとクレアは「ダニエルズ……。」と口をそろえて言った。

「それに役職だって、に並ぶ奴なんてそうそういない」

「……手はずは?」とミラが訊ねる。

「まず、使い鳩を使って連絡をする。その後、マリンを買った奴が持っていた人身売買の証書、そして借金で売られた女を連れて彼らに訴えるんだ。役人がらみの違法行為が行われてるってね」

「それだけで動いてくれるかねぇ……。」とミラは言った。

「確かに、それだけじゃあ心許ないな。サハウェイの所にある書類もいくつか持ってこよう」

「これから忍び込もうってのかい? 流石に無茶じゃあ……。」とクレアが言った。

「もう忍び込んである」

「用意は万端ってわけだ……。」クレアは感心を通りこして、あきれたように肩をすくめた。

「じゃあ上手くいけば……。」ミラは言った。

「役人は罷免、そうでなくとも移動はまぬがれない。そしてサハウェイは後ろ盾を失うばかりではなく、違法行為を咎められるだろう。そうなれば、あいつらもこちらになんて構ってられなくなる」

「うまくいくかね……。」クレアが言う。

「やるしかない」クロウは言った。「失うものはないだろ? もう全部奪われてるんだ」

「そうだね。もうこれ以上、こちらとしてはやられようがない」

「……ん?」

 クロウの猫耳がぴくりと上がった。

「どうしたんだい?」とミラが訊ねる。

 クロウは素早く、足音を立てずにドアへと向かった。そして勢いよくノブを掴んでドアを開けた。

「……あ」

 そこにいたのはマリンだった。

 ミラが訊ねる。「マリン……聞いてたの?」

 マリンはうなずいた。

「……マリン、このことは他の子たちには内緒にしててね。アタシらが対策を練ってることくらいは言ってもらっても構わないけど」

「……分かった」

 各々顔を見合わせてから、ミラは言った。「善は急げだ。夜が明けたらすぐにでも行動を起こそう」


 翌日、クロウは使い鳩をダニエルズに送り、さらにクレアに用事を頼んだ。

 頼まれたクレアは街に買い物へ行った際、サハウェイの店・フロリアンズのそばの廃品置き場に捨てられている、ブリキの空き缶の中に手紙を入れた。

 しばらくすると、ごみ捨てを装ったマテルがその手紙を探し出して内容を確認した。マテルは手紙を読むと、すぐに破ってゴミに紛れ込ませた。

 マテルはクロウと旅をする最中で、いくつかの特技を仕込まれていた。そのひとつに、ピッキングがあった。クロウよりもさらに感度に優れたマテルの耳は、ピンを差し込むと音だけで鍵穴の構造を見たかのように解析し、そして開錠することができた。

 そしてそのやり取りを数回繰り返した後、クロウたちの手元にはマテルによって調達された書類があった。そのいずれもが、本人ではなく、親や人さらい業者の名義での借り入れや貸付けのものだった。


「これだけあれば、訴えを起こすには十分かね」と、執務机の上に並べられた書類を眺めながらミラは言った。

「借金を被せられた女より、人さらいに売られたのがいればベターなんだが」とクロウが言う。「証言だけでも、より考慮してもらう材料になる」

「ひとり、ちょうどいい子がいるんだけど……。」そう言って、ミラとクレアは顔を見合わせた。「でも、あの子にこんな大役任せるのも……。それに、その話を役人にするのだって」

「わたしは大丈夫だよ」

 そう言って、マリンが執務室に入ってきた。

「マリン……。でも……。」

「わたしもみんなの役に立ちたいよ。ここに来て、ミラ姉たちに助けられてばかりだったから」

「決まりだな」クロウは言った。「私とその娘、そしてこの店の代表と共にダニエルズとの国境くにざかいへ向かおう。先方がそこで待ってる」

「マリン……。」ミラがマリンを心配そうに見る。

「任せて。ぜったい成功させるから」

 意を決した少女の緑色の瞳は、燃えるように輝いていた。

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