第六章 Strange Fruit

嵐の中で

 翌週、夕方の開店前、ドウターズに役人の使いが訪れた。使いは、店に通されることも断り、玄関で要件を簡潔に伝えると、ミラに書状を渡して去っていった。


「ふざけんじゃないよ……。」

 手紙を読むなりミラは執務室で絶句した。内容は、ドウターズが不法営業であるため、営業の停止を命じるというものだった。

「どうして、今さら……。ていうか、このカッシーマに不法営業の店なんてどれくらいあると思ってんだい? 娼館だけじゃない、酒場や食堂だってろくに営業許可なんてとってないだろ?」慌てふためきながらクレアが言った。「いったいどうしてこんなことが……。」

「……サハウェイの仕業だろうね」と、ミラが言う。

「サハウェイの? でもどうして……もしかしてマリンの事?」

「いや、もうお金は受け取ってるって言ってたから、あの件に関しては彼女にもう損得はないはずだよ」

 マリンの件の可能性もあったが、ミラはそれを女たちに勘ぐって欲しくなかったし、仮にそうだとしても、今マリンを返したところでサハウェイの気がおさまるとも思えなかった。

「じゃあどうして……。」

「分からないよ。アタシらの知らないところでサハウェイが何か企んでるのかもしれないし……。」

「やっこさんも、ケツに火がついてるみたいだ」

 そう言って、クロウが執務室に入ってきた。

「どういうこと?」とクレアが訊ねる。

「彼女、役人にケツモチを頼んでいるのは良いが、その役人がでね。彼女に献金を度々要求してるんだ。彼女が強引にことを進めようとしているのは、それが理由だと考えていいかもな」

 ミラが言う。「アンタ、どうしてそんなことまで知ってるのさ?」

「……このイリアにとどまってるだけなら、狭い世界の情報しか来ないだろう。でも、私はカッシーマだけじゃなく各地を回ってるからね。彼女周辺のきな臭い噂は頻繁に耳にするんだ」

「そうじゃないよ」ミラが言う。「どうしてそんなにあの女に執着してるのかってことさ。アンタいったい何者だい? 何しにこの町へ来たのさ?」

 しかしクロウは答えない。

「ミラ、気をつけたほうがいいよ。この女、サハウェイとは繋がっていないかもしれないけど、別の奴らと繋がってる可能性だってあるんだ。サハウェイに反感を持つ奴らも多いからね。アタイらのことを利用しようとしてるのかもしれない」

 ミラはクロウをしばらく見てから言った。「おねえさん、アンタがマリンを連れ戻してくれたことには感謝してるけど、もし腹の内を見せてくれないってんならすぐにでも出ていってもらうよ」

「……そうか。確かに、正体の分からない女を置いとくわけにもいかないだろう」クロウは言った。「お察しの通り、私は彼女に用があるんだ。正確には彼女の所にいる用心棒にだがね。だが、依頼主の名は明かせない。すまないが、レンジャーとはそういうものだ」

「用心棒って、ブラッドリーのことかい?」とクレアが訊ねる。

「そのとおり」

「まさか、あのバケモンを殺ろうってんじゃないだろうね?」

「場合によってはそうなるかもしれないが。もしかしたら、何もせずこの町から去ることもある」

「出てってよ」とクレアは言った。「冗談じゃないよ。ミラ、やっぱりこの女は厄介ごとの種だよ。サハウェイとこと、、を構えようって奴と一緒にいられるもんか」

 ミラは無言でクロウを見る。

「厄介ごとの種というがね、もうすでに厄介ごとは始まっていないかね? 彼女はお前さんたちを狙い始めてるんだぞ」

「それでも、アタイらはあの女と共存していく他ないんだ。よそ者にゃあ分からないだろうがね」

「奴隷と主人が共存していると?」

「誰が奴隷って言いたいのさっ」

「もちろん、そう思ってる方だよ」

「もういいよ、クレア。……おねえさん、マリンの件はありがとう。その事に関しては、さっきも言ったように感謝してもしきれないよ。でもね、やっぱりアンタをここに置いとくわけにはいかない」

「しかしね、もう向こうの干渉は始まってるんだ。私たちは利害が一致してるともいえないだろうか」

「ここではここの生き方があるのさ。アンタに心配されなくても大丈夫だよ。元々アンタはうちとは関係がないんだ。仕事があるなら、おねえさんひとりでやっとくれ」

「……そうか」

「まぁ、いきなり今から引き払えとは言わないよ。もう日が落ちるしね。明日の朝までに荷物をまとめてくれないかね」

「……そうしよう」


 その夜の営業は、目に見えて客足が減っているのが分かった。ドウターズが不法営業であることが公になったからだった。クレアの言うように、モグリの酒場や娼館は珍しいものではなかったが、役人から目をつけられたという事実は痛手となっていた。来店中に役人の手入れがあるとも限らない事に加え、サハウェイに睨まれているという噂も客足を遠のかせる理由になった。イリア一帯の店はサハウェイの息がかかっている。来客たちの中には、彼女の傘下の店の経営者や従業員も多くいた。

「まいったねぇ……。女目当で来れなくなるだけだと思ってたけど、ここまで客が減るなんて……。」と、二階からフロアの様子を見てクレアは言った。その隣には平静を装うミラが立っていた。

「ねぇ? 今からでも娼館の営業許可取れないかな?」

「難しいよ。てか、無理でしょ」ミラは言った。「まず組合に加入しなきゃいけない上に、役人にも話を通さないといけない。こっちを潰しにかかってるサハウェイが、まず邪魔をするに決まってる」

 クレアは深く、苦々しいため息をついた。

「……あれ? あいつ確か」そう言って、クレアは二階の木の柵から身を乗り出した。クレアの視線の先にはティムがいた。

「どうやら、思った以上にあちらさんはことを進めたいみたいね」とミラは言った。


 ティムは執務室に通された。入室するや否や、ティムは横柄な態度で室内を見渡す。

「おにいさんの主人の部屋に比べりゃあ、そりゃみすぼらしい部屋だろうさ」とミラは言った。

「おお、すまんの~。そう思っちょるように見えたかぁ」

 ミラは鼻で笑うと、ティムに椅子に座るよう促した。

「で、何の用なんだい?」

「おう、単刀直入に言うわ。お前んとこの女、ウチの店で働かせてみんか?」

「おや、ウチの子たちを引き抜きに来たってわけ?」

「引き抜きねぇ」と、ティムは暗く不敵な笑いを浮かべた。

「何さ?」

「聞いちょるぞ? お前んとこ、営業停止命令受け取るそうやないか。もうこの店は店のをなしちょらん。行き場のない女たちを、ウチで預かっちゃる言うとんのじゃ」

「尊大なもんだね、やり方が汚いくせにさ。このために、ウチのことを役人にチクったんだろ?」

「何ば言うちょるがか?は、公正明大にお仕事を成さりようだけじゃ。不正を取り締まって、なぁんぞおかしかことがあろうもんか?」

「確かにウチは不法営業だったさ。けどね、数あるモグリの店の中から、アタシらを狙って役人が動くなんて変じゃないのさ」

「俺はお役人じゃなかけぇ、そげなこと聞かれても分かるわけがなかろうもん。あん人らはあん人らの考えがあるんやろうが、じゃっどんここでそんことを言うても仕方なかろうて」やたら大きな声で話すティムには、まるで恐喝しているような圧があった。「妙な腹の探り合いはやめにしようやぁ? 経営者やったら損得勘定で考えんとなぁ」

「もし、断ったら?」

「どっちにしたって潰れる店や。泥船が沈没してから鉄の船に乗るんか、沈没する前に乗るかの違いじゃ。今やったら、そこそこの金ば出してやれるんやぞ?」

「ウチの女たちを評価してくれてるのは光栄だけど、あいにくあの子たちは借金をカタに取られたってわけじゃあないんだ。なかには自分から進んでここに来た子もいるんだよ。おにいさんの言ってる鉄の船は奴隷船さ。乗ったが最後、永遠にこき使われる。たとえ泥船でも、アタシらは自分たちの旗の船を選ぶよ」

 ティムは椅子の肘掛に肘をつき体を傾け、指をこめかみに押し付けて不敵な笑みでミラの話を聞いていた。

「……泥船は、鉄の船にぶつかりゃ沈む運命じゃ。そうでなくとも、ちぃと強い波で揺れる程度でどうなることやら。なにせ、海の嵐っちゅうんは突然来るけぇの」

「……どういう意味だい?」

「大変だよ、ミラ!」

 そう言って、突然クレアが執務室に入ってきた。


 ミラが階段の上から一階をのぞくと、男たちがフロアの中央で暴れている最中だった。男たちはテーブルを蹴り上げ、酒瓶をひっつかんでは床に叩きつけた。叩きつけられた酒瓶は砕け、中の葡萄酒が絨毯を黒々と汚す。男たちと無関係な客たちは、支払いもせずに慌てふためいて店から逃げていった。

「ちょっと、アンタたち何やってんだい!」

 ミラが声を上げると、男たちはミラを見上げたが、いやらしく笑うとすぐに店内を破壊し始めた。

「クレア! お竜さんは!?」

「それが……。」

「ええんかいのう?」後ろに現れたティムが言う。「不法営業しとる店で、さらに刃傷沙汰にんじょうざたまで起こそうゆうんやったら、もう明日にでもここは閉鎖の命令が出るやろうなぁ」

「……アンタが」

「指くわえて見とけや」ティムは肩を揺らして笑った。「お前の泥船が沈むところをな」


 男たちは、自分たちの力が尽きるまでドウターズを破壊し続けた。女たちはあばら家で嵐が過ぎるのを待つの家族のように、身をすくめその様を見るばかりだった。

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