立ち向かう者
──サハウェイの店・フロリアンズ
応接室に通されたミラの前にはサハウェイが座っていた。ミラは客人というのに、座ることも促されずに立たされていた。
サハウェイはというと、客を迎えているとは思えないような態度でソファーの手すりに肘をつき、物憂げにほおづえをついてミラを見ていた。その隣では、羊の着ぐるみを着せられているマテルが、せっせとお茶の準備をしている。
「それがねぇ」とサハウェイはティムを見た。ティムが黙って頷く。「あの子を買いたいってお客さんがいるのよ。それも高値でね。もう前金ももらってるから、簡単にはいそうですか、とはいかないわね」
「ちょっと待ちなよっ。あの子は借金のやり取りで店にいたわけじゃないんだっ。だからアタシだって、あの子がそっちに移りたいって言った時なにも言わなかったんだよ? あの子は商品なんかじゃないんだっ。勝手に売り買いする権限なんてないはずだろっ」
「人生というのは理不尽なものよねぇ。ただ生きているだけで、それだけで借金を背負わされることがあるんだから。場合によっては生まれながら親の借金を背負わされる子だっているわ」サハウェイは座っていながらも見下すような目つきで話す。「あの子を売買した契約書はできてるの。もうあの子には人生で背負わされた金があるということよ。まぁ、この界隈で生きていくなら、時間の問題だったでしょうけどね」
「アンタがやってるのは違法だよっ」
「
「マリンを返してもらうよ」
「私を……。」サハウェイがソファーから前に身を乗り出した。「敵に回してもそれができる?」
「表にウチの用心棒がいる。アンタの部下をチビらせたね」
「怖いわねぇ。ウチのブラッドリーでも必ず勝てるとは言えないかも」ハサウェイは不敵に笑いながら首を振った。「でも、貴方の店はそのあいだ誰もいないんじゃ? ここで暴れたら報復が怖いわよ? 何てったって、貴女の店には女しかいないんですもの」
「……く」
「ね、無力でしょ?」そう言ってサハウェイはいやらしく笑った。
ミラはドウターズに帰ると、サハウェイのもとで起きた顛末を従業員たちに伝えた。
「いくらサハウェイでも無茶苦茶だよっ」とクレアは言った。「借金のない人間を金で売るって、そりゃ完全に人身売買じゃないかっ」
「多分サハウェイのことだから、証書はでっち上げてる思う」とミラが言う。
「そんなの、きちんと調べれば……。」と、そこまで言いかけてクレアは黙ってしまった。
「サハウェイが、そんなことさせてくれるわけないでしょ」
「じゃあどうすれば」
開店前、ホールに集まった従業員たちは、何も言えずに、しかし無言でその場にとどまり続けていた。
「……取り返せばいいだろう?」
そう言って静寂を破ったのはクロウだった。
「それを話し合ってるんだよ、よそ者っ」と、アリシアが苛立って言った。
「もちろんそうだろう。しかし、お前さんたちは次の選択肢も模索していないかね?」
「次の選択肢だって?」
「そのとおり、どうやったらあの娘の悲劇を受け入れてやり過ごせるかって選択肢だ。きっと世慣れした賢い言葉が飛び出てくるんだろうな。格言にもある、喉元すぎれば熱さ涼しと」
胸中を突かれたアリシアは、怒りと恥ずかしさで頬を赤くした。
「一時の感情で動いてたら、命がいくつあっても足りないんだよっ」
「永遠の臆病さでつないだ命に何の意味がある」
「思春期のガキじゃないんだっ、冷静に物事を見極めなきゃあいけないだろうっ」
「“冷静に”、か。そう言う奴に限ってその実、問題を棚上げしてるだけだったりするもんだね」
「なんだって!? じゃあアンタはどう考えてるってのさっ」
「難しい話じゃない。あの娘が違法に奪われたというなら、違法に奪え返せばいいんだ」と、クロウは肩をすくめて言った。
「ちょっと、この状況が分かってないよそ者をつまみ出しておくれ。お竜さんっ」と、アリシアはお竜の名を呼んだ。遠くにいたお竜がぴくりと動いた。
「そこまで言うんなら、アンタにはあの子を奪い返す算段があるってことかい?」と、ミラがその場を制するように言った。「だったら聞かせてくれないかね?」
「もちろんだ」
クロウの話を聞いた面々は、静かにうなった。
「……そりゃ話としてはそうだけど」と、クレアは言った。「そんなこと誰がやるんだい?」
「それはもちろん私だよ」とクロウは言った。
「アンタが?」
「他にやりたい女がいるなら別だがね」
「ちょっと、待ってくれよ」とミラが言った。「昨日今日この街に来たよそ者に、そんなこと任せられるわけ無いだろ」
「それに、簡単にこの女の計画に乗るわけにもいかないよ」とアリシアが言った。「ひょっとしたら、サハウェイの手先かもしれないんだしね」
「なら私と一緒にあの女の店に行って挨拶してみるかい? 申し開きする間もなく袋叩きにあうぞ。まぁ、私はすでに半分袋にあったが」そう言って、クロウは顔の青あざを見せた。
「……だったら、アンタはどうしてアタシらに協力しようってのさ? 赤の他人だろ?」とミラが訊ねた。
「あの娘には恩義があるんだ。彼女がいなかったら、今ごろ街の男どもはこう囁きあってるはずだよ。“下の毛も赤かったな”と」
「……ああ、そう」
「恩義だなんて、ずいぶんと中途半端な正義で動くんだね。そういうのが一番厄介なのに」と、クロウを信用できないトリッシュが鼻で笑いながら言った。
だが、クロウもトリッシュに鼻笑いで答えた。
「何よ?」
「いや。そういうお前さんは、人生で一度でも大義のために何かやることがあるのかなと思ってね」
「はぁっ?」
「いちいちウチの女たちにつっかかるのはやめてくんないかね?」とミラが言った。
「失礼。だが、こうして口を動かしてる間にも、娘の運命は取り返しのつかないところに向かっていく。お前さんが首を縦に振ってくれれば、私はすぐにでも準備を始めるよ」
「縦に振らなかったら?」
「すぐにでも準備を始める」
「……わかったよ」
「……私も行きましょう」
一斉に女たちは声のする方向を見た。そこには階段から降りてくるハスキーの姿があった。
「あんたは……。」とミラが言った。
「リザードマンの次はミイラ男かい?」とクロウが言った。
「もしかしたらそうかもな」とハスキーは言った。「私は……貴女たちに命を助けてもらいましたからね。恩義でいうなら
「でも、その怪我じゃ」とトリッシュが言う。
「私の専門は弓と投擲武器です。弓は引けます、貴女たちの献身のおかげでね。遠くからなら援護が可能ですよ」
「それじゃあ決まりだな」
そうクロウが締めくくると、トリッシュは不安げな表情でハスキーを見た。ハスキーは包帯に覆われた顔でトリッシュに小さくうなずいた。
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