夜が終わるまでに

 三人が一階の応接間をのぞくと、そこにはミラとクレアが、テーブルを挟みクロウと向き合って座っていた。

「……誰、あの女?」とトリッシュが訊ねる。

「何か、マリンの知り合いみたいなんだけど……。」とミッキーが言う。

「勝手に出て行って、サハウェイの丁稚奉公になったやつだろ」と、リタが機嫌悪そうに言った。

「そう言いなさんなって、難しいお年頃なのよ」とミッキー。

「お年頃? こちとらいくつになっても月いちで気難しくなるっつぅの」


「サハウェイのところからあの子が戻るって? そんな話は聞いてないよ。初耳だね」と、ミラは言った。

「そうか、だとするとまずいかもな」とクロウが言う。

「……どういう意味さ?」

「あの主人、あの娘に客を取らせるつもりだ」

「だって……まだマリンはまだ子供だよ。確かなのかい?」

「昨晩、あの娘のことを買ったという男がいた。その後、主人が何かの間違いだと濁していたが、あの時の周囲の様子を見る限り、他の奴らも承知の上だったようにみえたがね」

「……そんな」

「あの娘をあのままあそこに置くなら、それ相応の運命を覚悟しとくべきかもな。ちなみに、幼女じゃないが、むかし客を取らされたホビットの女の末路を見たことがある。アソコが中まで裂けてて、医者の手当が遅かったら死んでたほどの怪我を負ってたよ」

 ミラはクレアを見た、クレアは含みのある表情でミラを見るばかりだった。クレアとしては、サハウェイの不興を買うのは避けたかった。しかしドウターズはミラの采配のもとで大きくなった。女たちの活気も彼女の指揮あってのものだということをクレアは分かっていた。

「けどさ、あの子は自分から望んでサハウェイのところ行ったんだよ? それで困ってるんなら、悪いけど自業自得だよ」とアリシアが応接間に入ってくるなり口をはさんだ。「サハウェイとこれ以上問題を起こすなんて、冗談じゃない」

「アリシア……。」ミラが言う。「確かにあの子は何も言わずに飛び出していったけど、それはアタシが……。」

 ミラはクレアを見た。従業員たちから、ふたりはマリンが出て行った経緯を聞いていた。

 アリシアが言う。「この業界、女の引き抜きはトラブルの元だ。それが分からないアンタじゃないだろ。それがサハウェイならなおさらさ」

「そりゃそうだけどさ、あの子は借金のかたに取られたわけじゃないんだ。サハウェイだって、拒む理由はないんじゃないかね?」とミラは言った。

「理由はね、でも感情はあるだろ。自分の所の女を引き抜かれて、いい気持ちのする奴なんていないよ」

「いい気持ちね」そう言って、クロウは鼻で笑った。

「何さ?」とアリシアが訊ねる。

「まるで、主人にしっかりと躾された犬っころみたいだな。相手の見えていないところでさえ、平身低頭するなんて」

「……アンタに何がわかんのさ?」アリシアが言う。「このイリアでサハウェイに逆らうのがどれだけヤバイ事か、よそ者のアンタにさっ」

「人間というのは長いこと一つの仕事を続けてると、ものの考え方までその仕事に支配されてしまうものだ。お前さん、売ってるのは体だけじゃないんだよ。気位まで売り渡してるのさ」

「何だってっ?」アリシアはクロウに食ってかかった。

「好き勝手言ってくれんじゃないのさ、お姉さん」ミラが言う。「あの子はアタシらの仲間だ。これまでもこれからもね。ちょっと行き違いがあったけど、すぐにサハウェイと話をつけて来るさ。アンタに煽られなくったって、そうするつもりだったよ」

「ちょっとミラ、待ちなよ」とアリシアが言う。

「アタシはここの女たちに気位まで売らせた覚えはない。ドウターズは女たちが自分の人生の舵取りをするための店だ。ビビって寄り添ってんじゃない、集まって助け合う場所なんだよ」

「綺麗事かい?」とアリシアが言う。

「パルマからもらった金で、女に惨めな想いをさせる場所は作りたくないんだよ」

「アンタ……。」

 ミラはクレアに訊く。「アンタはどう思う?」

「ここはアンタの店だからね」と、クレアは肩をすくめて言う。「そりゃ、個人的にはアリシアと同じ意見だよ。でも、アンタがそう言うなら、アタイとしては言う事がないね」

「馬車を用意して」とミラは言った。

「行くのかい」とクレア。

「ああ。念のため、お竜さんにも声をかけといて」

「分かったよ」


 ミラが店の外の荷馬車に乗り込むと、お竜が遅れて現れた。

「“お竜”……なるほど、リザードマンか」と、お竜をみるなりクロウは言った。

「あら、アンタ新しい従業員かしら?」と、お竜がクロウを見て言った。

「いいや、野暮用でお邪魔してるだけだ」そう言って、クロウはお竜の腰の一本差しを見た。「なるほど、リザードマンが同行するなら安心だな」

「なによぉ、何だかずいぶんと持ち上げてくれるじゃない?」

「リザードマンの武芸者の腕が確かなのは、身をもって知ってるからね。何年も向こうにいた」

「あらやだアンタ、ヒヅガにいたことあるわけ? どこよ? どこの藩にいたのかしら?」

「センシュウだ。そこに行き着いたのはたまたまだったんだが」

「ちょっとぉ、隣じゃなぁい。アチシがいたのはヤエガキよぉ?」

「ちょっとさ二人ともっ」とミラが口をはさんだ。「一応急ぎなんだよ。地元トークは別の日にやっとくれ」

「やだもうアチシったらっ」そう言って、お竜は恥ずかしそうに口を手のひらで抑えた。

「……ところで」クロウが言う。「ちょっと気になることがあるんだが、聞いても良いかい?」

「何かしらん?」

「私の記憶違いかもしれないし、あの国の文化をすべて知ってるわけじゃないから失礼に当たるかもしれないんだが……その、お前さんの着流し、それ女ものじゃないのかい?」

「……アチシが女に見えないってのかい?」

「……すまない、ご婦人にとんでもない無礼を」クロウは、ヒズガ式のお辞儀で深々と頭を下げた。

 お竜の表情は相変わらずで分かりづらかったが、クロウを見る眼光は、ミラたちも息を飲まずにはいられなかった。


 馬車が出発したあとふたりは沈黙していたが、しばらくしてミラが口を開いた。

「もしかしたら……てこともあるかもしれない」

「分かってるわよ」お竜は腰の一本差しに触れた。「それでもあのにこれ以上失望されたくないものね」

 ふたりはもしかしたら、無事に帰ったとしても、マリンと共に大きなトラブルを連れてくるかもしれない。そんな覚悟を持ってフロリアンズへと馬車を走らせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る