ホワイトナイト
──ドウターズ
日も十分上がったというのに、従業員用の寝室ではミッキーが大口を開け、よだれを口角から流しながら
「何かマジ腹立つわこの顔」と、ミッキーを起こしに来たリタがその寝顔を見ながら言った。
「幸せそうなツラしてるのがまた何とも」とトリッシュも同意する。
昨晩のミッキーは、なぜか接客が神がかっていた。次々と自分が飲むための酒を客に注文させることに成功し、店が閉まる頃には普段よりはるかに泥酔し前後も分からなくなっていた。
「ちょっと調子が良かったからって飲んだくれやがって」とリタが言う。
「昨日調子よくったって、今日二日日酔いで店に出るんなら元も子もないってのにね」
「うふふふふ……。」
寝言で笑うミッキー。
「うわ、笑ってるし。こわっ」とリタ。
「このまま観察するのも面白そうだけど、早く起こさないとね。仕事あるし」
「そだね」そう言って、リタはミッキーの体を激しく揺すり始めた。「おい、いつまでも寝てんじゃねぇよっ」
体はがくがくに揺れているものの、ミッキーは一向に起きない。
「起きろっての雌豚っ。おらっ」
とうとうリタはミッキーの頬に軽いビンタを入れ始めた。ぺしりぺしりとリタの手のひらがミッキーの頬を赤く染める。
「おらっ、おらっ、……マジかよ起きねえ」とリタは呆れて言った。相変わらずミッキーは幸せそうな笑いを浮かべていた。
「あんまりやり過ぎると、顔がはれて仕事に支障でるかもよ」
「まったく……。」
「腹立つからいたずらしちゃおうよ?」そう言って、トリッシュは机の上のペンを取った。
リタがにやりと笑う。「いいね」
リタとトリッシュは、ミッキーをうつ伏せにするとシュミーズの裾をめくって尻をあらわにした。
「これで起きないなんて、いよいよすごいよね」とトリッシュ。
「何て落書きしよっか?」とリタが訊く。
「そりゃあ、尻に書く落書きだから……。」
そう言って、トリッシュはミッキーの尻にペンを走らせ始めた。
「……こんなんどう?」
“叩かれると感じるの”
「いいじゃん、ぶっ飛んでる」リタが笑い声を必死におさえて言う。「尻だからね、ミッキー客取るまできっと気づかないよ」
「反応がみものだね。客が引かなきゃいいけど」
「……ちょっと、トリッシュ」
そうしている所へミラが入ってきた。
「あ、ミラ姉っ」
慌ててふたりはミッキーのシュミーズを戻した。
「……何やってんだい?」とミラが不思議そうに訊ねる。
「あ、いやなんでもないよっ」とトリッシュが言う。「で、何か用?」
「ああ、アンタが運んできたあのあんちゃん、目ぇ覚ましたみたいだよ?」
「え?」
「……入るよ?」
トリッシュがその部屋に入ると、ベッドの上の包帯づくめの男は視線をトリッシュに遣った。酷い怪我で男は動けないようだった。
「起きたみたいだね」とトリッシュは言った。
男は無言で目を反らした。もとい、怪我のせいで話すことも難儀するようだった。
トリッシュは洗面器を机に置くと、ベッドの横に立った。
「包帯を取り替えるから、体を起こして欲しいんだけど……動ける?」
体を起こそうとすると、男は痛みでうめいた。特に脇腹が良くなかった。慣れない
「無理しなくってもいいよ」
男は小さくため息をついて、ベッドに身を沈めた。
男の腕の包帯を取り換えながらトリッシュが言う。
「ほとんど火傷なんだけど、けっこう打ち身とかもあるみたいだね。なによりその目……。」
男の右目は潰れていた。酷い打撲のため、顔は原型が分からなくなっている。男は潰れた目を隠すように顔をそむけた。
「ま、しょうがないよ。うなされてたくらいだから、相当ひどい目にあったんだろうね……。」
「……違う」
「え?」
「うなされてたのは怪我のせいじゃない」
「……そう。ところであなた名前は? 私はトリッシュ」
「……ハスキー」
「ハスキー? 変わった名前だけど、エルフだもんね。ここいらじゃあ珍しいよ。私、エルフを見るのはこれまでで数えるくらいだし、話すのなんてのこれが初めて」
しかし、ハスキーは何も答えなかった。
トリッシュは包帯を変え終わると、洗面器を持って部屋を出た。部屋の外にはリタとミッキーがいた。
「あら、あんたたち……。」
ふたりは意味深な顔でトリッシュを見ていた。
「……なによ?」
「いやぁ、とうとうトリッシュ姉さんも男に目覚めたのかなぁって」とミッキーが言う。
「顔に傷のある男が好きなんだ?」とリタ。
「顔に傷って……程があるでしょ」とトリッシュが言う。「それにそんなんじゃないよ。ただ、死にかけてたから可哀想だなって」
「拾ってきた犬っころみたいな言い方じゃん」とリタが言う。
「まさにそんなもん」
「おうふ、男嫌いは変わんないか」そう言って、リタはミッキーと顔を見合わせた。
「ていうかさ、あんたたち、わざわざのぞき見に来たわけ?」
「まさか、そこまで悪趣味じゃないよ」とミッキーが言う。「また妙な客が来てるから、教えようと思って」
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