手に負えない女

 クロウはそのまま男たちに地下の倉庫へと連行された。娼館なので手枷てかせといった拘束具がなかったため、クロウは椅子の上で縄で縛られているだけだった。

「うっかり死ぬっちゅうことはなかやろな」と、ティムが薬の準備をしている薬師に訊ねた。

「レンジャーをやっているような女です。体力に関しては問題ないかと」そう言って、薬師は注射器をカバンから取り出した。

「なぁ……。」とクロウが言う。

「なんや?」

「もしかしてその怪しげな薬を私に打ち込むつもりかい?」

「もしかせんでもそのとおりや」

「自白剤っていうと、嘘がつけなくなる薬なのか? 生きているといろんなものを目にするな」

「正確に言うと、そんな魔法のように如何わしいものではない」と薬師が言う。「きちんとした科学の賜物たまものだよ」

「人に糞尿を垂れ流しさせるのに、科学もへったくれもあるもんか」とクロウは言った。

 薬師は笑うと(頭巾で見えなかったが目は笑っているように見えた)、注射器を携えてクロウの横に立った。

「動かないほうがいい」薬師はクロウの腕を取って言う。「血管を下手に傷つけるぞ」

 クロウが言う。「雑種だから、もしかしたら妙な病気を持ってるかもな」

「いい加減黙らんか」

 薬師はクロウの腕に注射針を刺し、薬を注入した。薬が入ると、クロウは「あ、ああ……。」と白目を向いてうめき始めた。

「さて、色々と訊くとするかのう。どうしてこの街に来たかを……。」

「……実は、ギルドの仕事を……嘘をついて報酬を受け取って……。それがバレて逃げてきたんだ……。」意識を朦朧とさせながら話し始めるクロウ、頭が前後にゆらゆらと揺れていた。「他のレンジャーに追われて……どうにもならなくなって……。そこでこの宿場町の噂を聞いて……。素晴らしい女主人だという噂を……。」

「薬の効果が出るには早すぎます」と薬師が言う。

「小芝居はやめんかい」とティム。

 白目を向いていたクロウの目が戻った。ちっとクロウは舌打ちした。


 しかし、すぐにクロウの体には薬が回り始め、クロウはぶつくさと独り言を言い始めた。

「そろそろかと……。」と薬師が言った。

「そうか」とティムが言う。「おい、お前は何でこの街に来たんや? 目的を話さんかいっ」

「もく……てき?」と、クロウが頭を回しながら言った。

「せやっ」

「あ……あにょ男……。」

 クロウのろれつは回っていなかった。

「“あの男”? 誰や?」

「ハウンド……アイツにぃ……。」

 クロウは椅子の上で身悶えした。

「ブラッドリーのおっさんか? あいつに何の用や?」

「アイツに……会いに……。」

「“会う”? 会ってどうするつもりやったんや」

「会って……。確きゃめる……。」

「確かめる? 何やわけ分からんな。会うだの確かめるだの。それやったら、誰の依頼でお前は動いとるんや? お前、レンジャーやろ? それともモグリの仕事を請け負ったんか?」

「仕事……でゃれ……。」

 クロウは眉間にしわを寄せてうめき始めた。

「薬が回り切るまでにはもう少し時間がかかります」と薬師が言った。「それに、複雑な質問や本人が答えづらい質問は、少しづつ薬の投与を重ねなければ答えさせるのは難しいかと……。」

「まどろっこしかのう……。そうかっ、お前はブラッドリーのおっさんに用があったんやなっ?」

 クロウは白目を向いて頷いた。

「まぁ、とりあえずこんだけでもサハウェイさんに報告ばしとかんといかんなっ」ティムは薬師に言う。「俺はいったんサハウェイさんの所に行くけぇ、お前は俺が戻ってくるまで薬を追加で射っとけや」

 そう言い残すと、ティムは地下室から出ていった。


 ふたりきりになると薬師が言った。「……まったく、お前も愚かな女だよ。よりによって、あのハウンドをターゲットにするとは。自殺行為もはなはだしい」

「そんなことあ……ないら……。」

「“そんなことはない”だと? お前はこれから洗いざらい白状することになるんだ。自白した内容によっては、生きてこの館から出られないかもしれないんだぞ?」

「生きて……出て行ってみせる……ろ」

 新たな注射器を用意して薬師がクロウの前に立つ。

「ほう? どうやって出ていくと言うんだ?」

「お前を……てゃおして……、あの扉から……逃げるろ……。」

「私を?」薬師は笑い声を上げた。「その縛られた状態でか?」

「縛られ……ら?」

「そうだ、後ろで手を縛られてるだろう?」

「そりは……。」

「何だ?」


「外した」


 クロウは拘束を解いた両手を薬師に差し出した。


「……え?」


 クロウは薬師におどりかかった。

 朦朧としながらも、薬師の注射器を掴んでいる腕の手首を握るクロウ。さらに、手首を返して腕の関節を逆にひねった。

「く、こぉの雌猫!」

 クロウは薬師に注射器を握らせた状態で腕をねじり、薬師に自身の腕に注射針を刺させた。

「自分作った薬んにゃもろか……。」

 クロウは注射器を押さえた。

「テメェで体験してみなぁぁぁぁ!」

 そして薬液を薬師の体に注入した。

「あ、あ、あ~~~~~!」

 クロウの体に入れらたのはわずかな薬液だったが、クロウは中身の全てを薬師に注入した。

「だめぇ! 入れすぎぃ!」

 薬師に薬を注入すると、クロウは千鳥足で室内を歩いてから、「おろろろろ?」と尻餅をついた。

「あ、あ、あ……。」とあえいで薬師も倒れると、うつろな目で天井を見上げた。

 女と男の、間の抜けたうめき声が室内に響いていた。

「うぁああ……。」と、クロウはこする様に床に手をつき起き上がった。

「うひぃ、うひぃ、うひぃぃぃ……。」薬師は奇っ怪な笑い声を上げて、地面を泳ぐように手足をばたつかせていた。

「くそ、足が……。」

 なんとかクロウは立ち上がったが、足がわらっていた。

「ま、まへぇ……。」薬師ははいつくばったまま、ほふく前進の状態でクロウの足首をつかんだ。

「あれぇ?」とクロウが振り返る。

「へ、へ、へへへへ……。」

「ほひょひょひょひょ……。」

 クロウと薬師は、弛緩しかんした顔で笑い合った。

「ぶごっ!」

 倒れざま、クロウは薬師の顔面に右の拳を叩き込んだ。

「あが、あは、あはははははは」鼻血を流しながら笑う薬師。

「ふひ、ふははははは」クロウは笑いながら、再び左右の拳を薬師の顔面に叩き込む。

「あばっ、あばっ」と、殴られる度に薬師が奇妙な声を上げる。

「ひっひ~~っ」

「は~~は~~は~~~」

 ふたりは再び顔を合わせて笑いあった。

 クロウは笑顔のままで、薬師の襟を掴んで鼻っ柱に頭突きを入れた。

「ぎゃぶ!」

 クロウは立ち上がると足を引いて、掴まれた足首を振りほどいた。

「ひ~~~」と、薬師はクロウの足に再び手を伸ばす。

「あは、あは……。」

 クロウは部屋の隅に置いてあった壺を取って、薬師の頭上で持ち上げた。

「へぇ~~~~?」と、薬師は笑顔でその壺を見上げる。

「へへへへへ」

 クロウは笑顔で壺を薬師の頭に叩き落とした。

「ごへぇ!」

 薬師が気絶すると、クロウは太ももを拳を何度も叩いて脚の感覚を呼び戻し、壁伝いに体を預けながら出口を目指した。

 クロウが外に出ると、折り悪くティムが戻ってきているところだった。

「おんしゃぁ……。」驚いた様子でティムが言う。

 クロウは壁に立てかけてあった木の棒を取った。

「こいやぁ……。」

 クロウは弛緩した笑顔で、よだれを垂らしながらティムに啖呵たんかをきった。

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