ある証言

【phantom】

名詞:幻影、幽霊、神出鬼没、くせ者

形容詞:外見上の、見せかけの

phantom killer 通り魔


 アントニオ・ロッカ(72歳/牧場主)


 テンガロンハットを被ったその老人は、カードを高速のシャッフルで切っていた。カット、オーバーハンド、リフルシャッフル、そしてそこからのブリッジ※、皺だらけの指だったが、動きは瑞々しさを感じさせるほどに軽やかだった。

(※いずれもシャッフルの種類)


──お上手ですね。


「ありがとよ。昔はもっと上手くできたんだが、やっぱり歳だな……。」

 そう言って老人はカードをまとめて、その束をカーキ色のコートのポケットにしまった。


──以前はカジノディーラーをやられていたということですが。


「ああ。だからあの日も、フロリアンズの隅で来客たちのポーカーゲームの世話をしてたんだ」


──それで、あの決闘の一部始終を見ることになったと。


「そのとおり」


──彼女は剣を鞘から抜かずに男の首を切ったとも言われていますが。


「おおげさだ」と老人は首を振って笑った。「奴はきちんと剣を鞘から抜いたさ。だが、何とも妙な抜き方だったからな。女の動きを最初から見てたとしても、理解できる奴はおらんだろうよ」


──しかし、あなたは何が起こったか見えていたと。


「俺はディーラーだからね、高速でシャッフルされるカードの動きが見えてないといかんし、何よりゲーム中のイカサマを見破らなきゃならん。目に関しては、あそこにいた誰よりも確かだったと思うよ」


──いったい、あの時なにが起こったんですか?


「簡単に言うと、男が不意打ちで剣を抜いて襲いかかった。女は遅れて剣を抜いた。しかし、先に届いたのは女だった。そういう顛末てんまつさ」


──遅れて抜いたのに、女の方が先に届いたという事ですか。


「そのとおり」


──どうしてそんなことが?


「男は普通に剣を抜いたんだ。左の腰に差してある剣を、右手で抜いて、そして振りかぶった。まぁセオリー通りの抜き方だ。それが俺たちが普通に考える、最短のやり方だよ。その点に関しては男は間違っちゃいない。だが、女の方は妙な抜き方をしたんだ。左の腰に差してある剣を、左手で抜いたのさ。しかも、親指をこうして……。」そう言って、老人は親指を下に向けた。「ねじるように掴んでから引き抜いたんだ。無茶苦茶な抜き方に見えるが、抜き終わると剣は水平になって相手の喉元にあたるようになる。つまり、抜いたと同時にそうなる分、振りかぶるよりも早く剣が届くってわけだな」


──しかし、それだと勢いがありません。しかも片手です。届きこそはすれ、斬ることができないのでは?


「それだけだとな。そこで女は右手の拳を剣の背にあてがったんだ。そして足を回転させ、腰をひねり、背中をねじって肩を突き出し、右の拳に勢いをつけて、剣を当てた状態から切り抜けたんだ。刃の背に女の体重が乗ったようなもんさ。振りかぶらなくても十分に斬れる。もちろん、剣がかなりの業物っていうことが条件だがね。周りには、まるで女がバランスを崩してよろめいたように見えただけだったろうよ」そう言って、老人はテンガロンハットを取って、首を振りながら髪をなでた。「あんな剣の使い方は他に見たことがない。最大限の力に最大限の速さ、それが剣の常識だが、あの女の剣は違うんだ。最小限の力に最小限の動き、遥か東方の剣術って話らしいが、考え方がまるで違う。だがな、あの女のしたたか、、、、な所はそこだけじゃあないんだよ」


──と、いいますと?


「あの女、切り抜けた後に、つかを持つ手を素早く右に替えたのよ。そして右手で剣を振って納刀したんだ。すると周りには、ように見えるってぇわけよ」


──それに……何の意味があるんですか?


「まずは、自分の剣の正体を見やぶられないためだろうな。もし次にあの中の誰かとやりあうことになっても、また同じ技が使えるように。後はまぁ、ハッタリを効かすためだろう。ファントムってぇ自分の名も売れる上に、おいそれとちょっかいを出してくる奴もいなくなる」


──なるほど、それゆえの見せかけファントムなんですね。


「まぁ、それもあるだろうが、奴の本質はそこじゃあねぇだろうな」


──どういうことです?


「奴の剣を解説して見せたが、じゃあ俺が奴とやりあうことになったとして、見えてたからってあれをどうこうできたとは思えん。そもそも、奴が何をやったのかは、全てが終わった後じゃなきゃあ分からんのだからね。俺にしたって、決闘が終わったあと、さらにしばらくして気づいたのさ。最初から勝負が決まっていたと」


──最初から決まっていた? それほど両者には差があったということですか?


「力に関してはもちろん違うよ。おそらくあの女は、普通の女よりもちょいと力が強えってだけだろう。ただ命のやり取りの意識には差があったといえる。あの女は、最初から構えてたんだ。外套マントに隠していた左手は、おそらく最初から握られていた。つまりだ、男と対峙した時、その時にはもう、剣を抜く準備が出来てたのさ。あとは男が隙を見せる瞬間と、切っちまう大義名分ができる瞬間を待ってたんだよ。構えていた女と構えていなかった男、その時点で差は開いていた。そして、奴がファントムってぇ言われてんのはまさにそこなのさ」


──、というと?


「おかしいじゃないか、速くて見えないってんなら閃光フラッシュでもいいんだ。攻撃が当たらないってならスモーキーでもいい。それなのに、どうしてファントムなんだい? だがあの決闘を見た時、俺は分かったね。奴はな、あの男がああ動くように、最初から仕向けてたんだよ。そうして相手を動かして、するりと意識の隙を抜けて男の命をかすめ取ったのさ。いうなれば呪いだ、だからこその幽霊ファントムなんだよ」老人は前のめりになり、目を見開いて笑った。「幽霊の剣をどうこうしようと思えるかい? あの女の剣はな、

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