嫌いな男

 ──数日後


 サハウェイの部下のティムは、矢傷を受けたあと、治療を怠ったために傷の治りが悪くなっていた。流石の非情なサハウェイも、そんな彼を働かせるわけにもいかないので、ここ数日、ティムの仕事は自分の部下に指示をする程度に留まっていた。

 その日も、ティムは主人のサハウェイが留守にしている執務室で、書類整理などの事務仕事をしていた。黙々と雑務をこなしていたティムだったが、傷がうずいてきたので、包帯を取り替えるためソファに座りズボンを脱いだ。

「あちゃあ、固まっちょるわぁ」

 ソファに座り大股を広げ、ティムは包帯を恐る恐る解いた。血液と体液で、包帯が瘡蓋かさぶたのようになっていた。するとそこへ、ノックをしてキャサリンが入ってきた。

「失礼しま……きゃ!」

 ズボンを脱いでいるティムを見るなり、キャサリンは持っていた書類を床に落とした。

「おお、すまんのう」

「あの……その……。」

 キャサリンは慌てて書類をかき集める。

「遠慮せんでも良か。入ってこんね」

 遠慮するなとか……こっちの問題なのに、と思いながらキャサリンはサハウェイの執務机に書類を置いた。顔は露骨にティムからそらされていた。

 ティムは、そんなキャサリンをいやらしい薄笑いを浮かべながら眺めていた。

「……のう」

「……何です?」

「悪いが、包帯を取り替えてくれんかの?」

「ご自分でおやりになればいいじゃないですかっ」とキャサリンは強く目をつむって言った。

「俺ぁ不器用じゃきぃ、上手くできんのよ」とからりとした笑顔でティムは言う。

 キャサリンは横目でティムを見た。確かに、包帯は無茶苦茶な巻き方をされていた。荷造りの梱包の方がまだましなくらいだった。

 キャサリンはため息をつくと、ふんぞり返っているティムのもとへ行き、膝まづいて包帯を取りかえ始めた。テキパキと包帯の結び直しをするキャサリンに、ティムは小さくうなり声を上げて感心する。

「ほう……見事なもんじゃのう」

「別に……大したことありません。ただ包帯を結んでるだけです」

「いんや、お前の指のことよ。ええ形しちょる」

「……え?」

 キャサリンが顔を上げると、ちょうど目にティムの局部が目に入った。下着越しだったものの、頬を赤らめてキャサリンは顔を背ける。

いのう。男のマラを見るのは初めてか?」とティムがからかう。

「そんなわけないでしょっ。お仕事の時に見てますっ」

「何じゃ? もう客を取っちょるのか?」

「そうじゃなくて……客室のお掃除の時とかに」

「そげか、そりゃ良かった」

「……良かったって?」

「酔っぱらいなんぞに初めてをくれてやるには惜しい女いう意味じゃ」

「お世辞は良いです……。」

「お世辞やなかって。見てみぃ、俺のせがれ,,,を」そう言って、ティムは自分の股間を指さした。

「せがれ?」

 キャサリンはティムの局部を見た。ティムの性器は勃起していた。

「ッ!」

 座っていたキャサリンの上半身だけが跳ね上がるようにのけぞった。

「ここは嘘をつけんきに」ティムはからからと笑った。「その歳で俺のせがれ,,,ばここまで反応させるたぁ、末おそろしか娘やね」

「ふざけないでっ」

 キャサリンは包帯の上から矢傷を叩いた。

「あぐぅ!」

 ティムはうめいて悶絶した。

「良かったわね、痛いってことは治り始めてるってことらしいわよ?」

「俺ん場合は怪我したばかりじゃけぇ……。」

「そうだったわね」

 そう言ってティムを見下して、キャサリンは執務室から出ていった。残されたティムは、痛みにのたうちまわっていた。しかし、うめき声の中に小さな笑い声も混じっていた。


 部屋を出たキャサリンが廊下を歩いていると、出先から戻ったサハウェイがやって来るのが見えた。隣には連れられて出かけていたマリンもいた。

「おはようございます、サハウェイさん」とキャサリンは言った。

「おはよう、キャサリン」とサハウェイが言う。マリンも小さくおはようと言った。

 キャサリンはサハウェイたちとすれ違う際に、マリンに近づいて耳打ちをした。「……気をつけなよ、ティムさんが中にいるから」

「あ、ああ、そうなんだ?」マリンは立ち止まって訊ねた。「でもどうして?」

「どうしてって、あの人ぜったいヤバイ奴だよ」

「あ~何かそんな感じするねぇ」

「気を付けないと、マリンも何かされるかもよ」

「分かったよ。たぶん大丈夫、私は何かあったらサハウェイさんに言うようにしてるから」

 キャサリンはそう、と言って去っていった。マリンにはキャサリンが上機嫌なように見えた。そしてサハウェイの部屋に入る寸前、“何かされる”という言葉に違和感を覚え、キャサリンを振り返った。

 サハウェイが部屋に入ると、執務机の前では気難しい顔をしたディムが書類の確認をしていた。先ほどまでキャサリンにちょっかいを出していたとは思えない変わり身の速さだった。

「おかえりなさい、サハウェイさん」とティムが言う。

「ただいま、ティム。変わりはないかしら?」とサハウェイが訊く。

「ええ、いつもどおりの支払いやら請求書が来ちょるだけです」

「そう……。」

「ところで、さっきキャサリンとすれ違いませんでしたかね」

「すれ違ったわ。それがどうしたの?」

「いえ……。そういえばマリンちゃん」と、ティムはマリンに話しかけた。「窓が汚れちょるけぇ、掃除婦にここに来るよう言うてくれんか」

「はい」

 そう言って、マリンは部屋を出ていった。

 執務机についたサハウェイが言う。「で、何なの?」

 ティムがサハウェイを見る。

「窓は汚れてないわ。人払いした理由は?」

 ティムは意味深な笑いを浮かべてサハウェイに近づいた。

「実は、キャサリンのことですけど……。」

「ああ、言ってたわね。私、そろそろあのコに客を取らせようと思ってるんだけど、どうかしら?」

「ええ、それなんですが……。」

「……なにかしら?」

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