炎上

 それからしばらく、男たちは暗く狭い廃屋で酒盛りを続けた。男たちはサハウェイの店を奪ったらどうするか、サハウェイのせいでどれほど自分たちが損失を負ったかを愚痴りながら酒に興じていた。

「ところでよ、お前さんはどうして“ハート・ショット”なんて言われてんだい?」とスヴェンはハスキーに訊ねた。「やっぱり、心臓を狙い撃ちして相手を仕留めるからか?」

 ハスキーは恥ずかしげに首を振って言う。「確かに、私は弓矢に吹き矢、投げナイフと、投擲とうてき武器の扱いに長けておりますが、その名はそういうところから来てはおりません」

「ほう、じゃあ何だってんだい?」

「実は、行く先々でうら若きご婦人たちに言い寄られ、一時の情事に及ぶことが多かったかったものでして」ハスキーの表情は相変わらず気取ったものだった。「で、私をやっかむ男たちが、そういったふざけた通り名を付けたのですよ」

 ハスキーはお恥ずかしい、とフラスクボトルを口に運んだ。

「へー……。ん? どうしたんだよウィリー?」とサンジが酒場の経営者・ウィリーに訊ねた。先は手が震えていたが、今にいたっては顔色を悪くし、額から汗を流していた。

「ん? いや、何でもないんだ。ちょっと……風邪気味かもしれない」

 酒場の経営者は涼んでくると言って立ち上がり、店から出ていった。

「さっきからアイツ妙だな。震えたり顔色悪かったり」とサンジが言う。

「ヤクでもやってんじゃないか?」とスヴェンが言った。

「あ~、かもしれねぇな。サハウェイのせいでアイツんところも商売あがったりだからな。やってられねぇこともあるだろ」

「まぁすぐに戻ってくるさ」


 しかし、そう言って出て行ったきりウィリーはなかなか戻ってこなかった。

「……遅ぇな、ウィリーのやつ……。」とサンジが心配して言った。

 すると、ハスキーが酒を飲む手を止めた。そして目を見ひらき眉間にシワを寄せ顔を上げた。

「……どうしたんだい旦那?」


 ハスキーが叫んだ。

「全員外に逃げるんです!」


 しかし、酒の入った男たちはわけが分からず、おのおの顔を見合わせすぐには動かなかった。

「早く!」

 ハスキーは立ち上がり、出入り口の扉に手をかけた。しかし、扉は外から椅子が引っかけられており、ちょっとやそっとの力ではビクともしなかった。

「ど、どうなってんだ?」とスヴェンが困惑して言う。

「ハメられたんですよ!」とハスキーが言う。

 そうしていると、扉のすき間から煙がわき上がってきた。

「け、煙!?」

 煙は室内に充満し、たちどころに炎になって部屋中をつつみ込んだ。住人がいなくなって久しい、手入れのされていない廃屋はいおくだった。乾いて薪にはもってこいの木材となっていたその建物には、容易に火の手がまわっていった。

「う、うわぁ!」

 扉の真正面にいた男に炎が引火する。男はよろめいて倒れ、床の上を転がった。

「1階はダメです! 2階に逃げましょう!」

 ハスキーに促され、男たちは建物の2階へと駆け上がった。

「窓を壊してください! そこから逃げます!」とハスキーが大声で言う。

「2階から飛び降りるのか!?」とスヴェンが訊く。

「炎にまかれて死ぬよりマシでしょう!」

 スヴェンは言われるままに2階の雨戸で閉じられた窓をけ破った。身を乗り出すスヴェンは、その目にとび込んできた光景に驚愕きょうがくする。

「お、お前は……!」

 外にはサハウェイとその部下たち、そしてブラッドリーがいた。サハウェイは白い肌を炎で橙色だいだいいろに照らされながら男たちを見上げていた。その微笑みは、さながら魔女を焼き払う異端審問官いたんしんもんかんのようにおどろおどろしかった。

「サ、サハウェイ!」と別の男が身を乗り出して叫んだ。「どうしてここが……。」

 だが、男はすぐにサハウェイの後ろに隠れるようにして立っている、ウィリーの存在に気づいた。

「ウィリー……お、お前裏切ったのか!」

 ウィリーは申し訳なさそうに彼らを見ると、さらに身を小さくしてサハウェイの後ろに隠れた。

「お馬鹿よねぇ……。」サハウェイは男たちを見上げながら言った。「アンタたちみたいな三下が、私に取って代われるとでも思ったの?」

「ち、違うんだサハウェイさんっ。俺はコイツらに騙されてここに来たんだよっ」とサンジが言う。

「バカ野郎っ! 往生際が悪いぞ!」とスヴェンがサンジを怒鳴りつけた。

「騒ぐのは後ですっ。腹を決めて飛びおりてくださいっ」とハスキーが言った。

「ここから!?」

 ハスキーに尻を叩かれると、スヴェンは身を乗り出して2階の窓から飛びおりた。男たちもスヴェンに続いて飛びおりる。しかし、スヴェンは上手く飛びおりたものの、他の男たちは骨を折ったり足をくじいたりしてその場から立ち上がれなかった。脚を負傷した男たちは足を押さえうめきながら地面にのたうちまわっていた。

「う……くそ……。」スヴェンは改めてウィリーを見て非難する。「お、お前、どうして裏切ったんだ! この女の飼い犬になって恥ずかしくないのかっ!?」

「……違うよ、スヴェン」とウィリーは言った。

「なに?」

「サハウェイはもう全部知ってたんだよ。アンタが役人に話をつけたとか言ってたが、役人はその事をサハウェイに伝えてたんだ。俺はここで情報の確認をしてただけさ。分かるだろ? 俺たちはもう負けてたんだよ。だとしたら、勝ってる側につくしかないだろ」

「そんな……。」

「それで……。」サハウェイが言う。「貴方たちが雇った用心棒ってのはどこにいるのかしら?」

 スヴェンは周囲を見わたす。まだハスキーが降りてきていないことに気づくと、スヴェンは後ろをふり返って燃え上がる建物を見た。

「まさか……。」

 スヴェンはまだハスキーが炎上している建物から脱出していないことに気づいた。

 スヴェンの様子に気づいたサハウェイは怪訝けげんな顔で建物を見る。すると、建物から奇妙な音が聞こえてきた。風がうねるような音だった。音だけではない。実際に風が吹いていた。先ほどまで夜風など一切吹いていないはずだった。にもかかわらず、風はそよ風から次第に大きくなり、周囲に砂塵さじんを巻きおこす旋風となった。そして、建物の内部から吹くその風は、建物をおおう炎をうねらせ、小さな炎の竜巻を形作りはじめた。

「……サハウェイさん。私の近くへ」とブラッドリーが言った。

「どうしたの?」

「何か……。」

「YHAAAAAAAAAAAAA!」

 すると、奇声と共に建物の窓から炎を突き破るようにして、数本の光の糸が発射された。糸は曲線を描いてサハウェイたちをひゅるりと取り巻くと、意志を持つかのようにサハウェイの部下たちの体に襲いかかり、彼らを次々と射抜いた。足を、腹を、頭を射抜かれた男たちは叫び声を上げて倒れた。

「こ、これはなんなの!?」とサハウェイが戸惑い声を上げる。

 さらに一本の糸がブラッドリーを襲う。だが、ブラッドリーは自分に刺さる寸前で、その糸を右手でつかんだ。ブラッドリーの手には、細かく震える矢が握られていた。

「それは……矢?」と、ブラッドリーが手にしている物を見て、サハウェイが訊ねる。

「ふぅむ、どうやら法術のようですな」と、ブラッドリーはまじまじと手にした矢を見つめて言った。「風を操って矢の軌道を変えているのか。ならば……。」

 さらに建物を取り巻く炎が大きくなると、炎の中からハスキーが飛び出してきた。地面に落ちる瞬間、ハスキーの足元に風が吹き上がって落下のスピードが遅くなり、ハスキーは音もなく着地した。あれだけの炎に巻かれていたにもかかわらず、ハスキーの衣類にはまったく炎は引火していなかった。

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