ハート・ショット

 ──その夜


 とあるイリアの外れの廃屋には、8人の男たちが集まっていた。そこは閉店したかつての娼館で、集まっていたのはサハウェイの成り上がりを快く思わない面々だった。ある者は競合に破れ店をたたみ、ある者はサハウェイに殺された人々と親交があり、またある者はサハウェイが女だということが気に食わなかった。さらに、サハウェイが別の店をひいきにしたために収益が減った雑貨屋や、物見遊山ものみゆさんで何となくサハウェイが気に食わないという酒場の店主もいた。そして、サハウェイに店を追い出された、雑貨店の店主のサンジの姿もあった。

「あの魔女にいつまでも好き勝手やらせるわけにゃあいかねぇ」

 そして、発起人となっているのはアンデルセンの息子のスヴェンだった。かつてサハウェイと共謀きょうぼうし、自分の父を亡き者とした男だったが、サハウェイから店を乗っ取られてからは、内なるどころか、普段から表だってサハウェイへの恨みをあらわにしていた。当初はそんな彼に、自業自得だと賛同する者は少なかった。しかし、サハウェイの力がもはや無視できないものにまでなっている今、反旗の旗手にするには適当だと、次第に娼館の主たちが彼に賛同しはじめていた。

「だが、そうはいってもどうするんだ?」とヒョードルの友人だった酒場の経営者が意見する。「あの女は巡回監査の役人ともつるんでるんだぜ?」

「問題ないさ、実はもう役人には話しはつけてあるんだ」とスヴェンが言った。

 周りの男たちがほぉ、と感嘆かんたんの声をあげる。

「こっちがあの女を始末して上手く処理しちまえば、追求なんかしてこない」とスヴェンが続ける。「だいたい、王都の外で人間が、しかも女がひとり消えたからって誰が騒ぐ? 役人からすれば金づるが消えるのは痛手だろうが、この中からまたサハウェイの代わりが見つかれば、役人も文句は言わんさ。何てったって、奴らも賄賂のために巡回監査をやってるんだからな。それに、アイツに不満を持ってるのはここに集まってる奴らだけじゃない。女にでかい顔をされて不満なのは大勢いるんだ。おなじ女だってそうさ」

 酒場の経営者が言う。「そりゃそうかもしれんが、なら、どうやって始末するってんだ? 誰が手を下す? 向こうには男衆も多いし、何より“ハウンド”がいるんだぜ?」

「……遠方から始末屋を雇った」とスヴェンは部屋の奥を見て言った。「入れ」

 すると、部屋の奥の暗闇から、羽根つき帽子をかぶったエルフの男が現れた。帽子から垂れる髪はプラチナブロンドで、肌は絹の織物ように白く上品で、瞳は涼しげに青く光っていた。その場違い感はまるで絵本の中から飛び出てきたような印象さえあった。

 男は微笑むと、帽子を取って面々に挨拶をした。

「ごきげんよう、紳士諸君ジェントルメン

 あまりの物腰の柔らかさから、男たちはそれがスヴェンの雇った秘書なのかと思い、何も言わずにエルフを見つづけていた。

 スヴェンが言う。「……噂を聞いたことはないか? “ハート・ショット”の」

「こいつが……。」と、テーブルについていた男の一人が言った。

「そのような通り名もありますね」エルフは不敵な笑みを浮かべると、帽子をかぶり直した。「しかし、あまりその通り名は気品がない。私の通り名には“静かなる射手”“影を撃つ白銀の閃光”などあるのですが……。ま、それだと言いにくい。私のことはハスキーと呼んでください」

 エルフの男、ハスキーは懐からトランプを取り出して高速のシャッフルをしだした。困惑してハスキーを見る男たち。そして一枚を取り出すと、ハスキーはそれをかかげてスヴェンに質問した。

「カードの数字を言ってみてください」

「……見えないぞ」とスヴェンが言う。

 だが、ハスキーは首を傾けてうながす。仕方なく、スヴェンは「ハートの5」と答えた。ハスキーがカードを裏返すと、数字はハートのエースだった。

「上々ですな」とハスキーはカードを束に戻し、それを懐に入れた。

「上々?」

「ハートであることは当たった。運気はそこそこ悪くないということです」

 男たちは感心するでもなく、呆けた表情でハスキーを見ていた。

「ま、まぁこれから世話になる奴だ」と、微妙な雰囲気を察したスヴェンが言う。「みんな仲良くやってくれ。どうだ、一杯?」

 スヴェンがテーブルの上の瓶を取ってハスキーにさし出した。しかし、ハスキーは小さく首を振ってそれを断った。

「ここにある酒はどれも粗悪です。私は王都での生活も長いものですから、とてもとても口には……。」

 そう言って、ハスキーは懐からフラスクボトル※を取りだした。そしてボトルの蓋を開けると、乾杯とボトルをかかげて酒を飲み始めた。

(フラスクボトル:金属製の蒸留酒を入れる小型の平たい水とう。)

「気取ってんなぁ、おい」と男の一人が言った。

 ハスキーはそれに反応すると、懐から真っ白いハンカチを取りだし口の周りをぬぐい、その男にほほ笑みを向けた。

「な、なんだよ?」

「このイリアの大きさはおおよそ14万平方キロメートル、人口は1500人、実にカッシーマの三分の一を占めます」とハスキーは説明を始めた。「主要産業は牧畜ということになってますが、実際は娼館の事業でうるおっています。娼館の数はモグリを含めると16軒です。他の街に比べると特に多い。で、さっきの話に出た巡回審査の役人が訪れるのはふた月に一回、先日訪れたため向こう一ヶ月はこちらに来ることはないでしょう」

「……何が言いたいんだよ? 戦後の計量で言われてもわかんねぇし」と廃館した娼館の主が言う。

「ハンターは獲物を仕留めるとき、むやみやたらに森に入り込むわけではありません。時期を、天気を、森の様子を読み、慎重に仕事をこなすのです」

「狩りじゃねぇぞ」

「同じことです。ターゲットを仕留めるため、いくつもの展開を予測し、先んじて罠を仕掛ける。私は仕事に関しては常にこだわりを持っています。仕事はうけ負った時点で入念な下調べをするのです。そして自分自身は常に平常心を保つため、日常のルーティーンワークを欠かしません。身につけるもの、使う道具、飲む酒に至るまで。……いかなる不測の事態にも対応できるようにね」

 お分かりですかと言って、再びハスキーは得意気にフラスクボトルを口に運んだ。その一連の会話は、まるで役者の口上のようだった。よどみなく、滑舌の良いハスキーの話しぶりは、男たちに自分たちが舞台のセリフ合わせでもやっているのかと戸惑わせるほどだった。

「まぁ良いさ」とスヴェンは言った。「要するに、サハウェイの始末をこいつに頼もうってことよ」

「私は女性に手をかけることはしません」とハスキーが言う。「私がハウンドを始末したならば、後は貴方たちの仕事です」

「……そういうことだ」

「まぁ、面倒な奴をやってくれるってんなら、こっちとしても良いんだが……。」

 そう言って納得したような素振りをしていた酒場の経営者だったが、テーブルの上に置かれている彼の手が細かに震えているのに隣に座っている男が気づいた。しかし男は、それは酒場の経営者だからアルコール中毒にでもなっているのだろうと気にも留めなかった。

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