放蕩息子
「まったく、息子ったらレンジャーになりたいだなんて言って聞かないんですよぉ。私と主人は勉強して役所勤めしろって言ってるんですけど、役人なんかカッコ悪いって。あんなならず者がやるような仕事を息子がやるようになんかなったら、世間に顔向けできませんわ。神父さん、息子に何か言ってやってくださいな」
その家の居間にはブラッドリー・ジョーンズが呼ばれていた。彼を挟んだテーブルの向かいには、二人の母子が座っていた。30代後半の母親は、日頃から不良連中とつるみ、家業にも勉学に精を出さない10代半ばの息子の素行に頭を悩ませていた。
「……世の中には3種類の男がいます」ブラッドリーが静かに語りだす。「ひとりは羊、ひとりは狼、そしてひとりは羊を守る番犬です。羊は善良な人々であり、狼はそれを襲うならず者、そして番犬は善良なる人々を守る者です。番犬は狼に似ていますが、決して恥じるものではありませんよ、奥様」
「それだったら、神父様だって番犬ですわよね?」婦人は息子を向く。「ねぇアンタ、レンジャーなんかじゃなくて、神父になればいいじゃないの」
「……神父はダサい」と、息子がポツリと呟いた。
「ちょっとアンタ、神父様に失礼でしょっ」
息子は不服そうに顔をしかめるが、ブラッドリーは灰色の瞳を光らせ微笑みで答えた。
「恥ずかしいったらありゃしない、神父様に対してまでこんな態度をとるなんて。どうしてこうなってしまったのかしら。ああ神父様、私はきっと子育てに失敗してしまったんですわ」
母親に失敗作の烙印を押された息子は、ふてくされてそっぽを向く。椅子に座った体は斜めに傾けられ、大人たちに対して拒絶の姿勢を示していた。
「奥様……ひとつ、お話をしましょう」ブラッドリーが鋼色の瞳で二人をまっすぐに見据えて語りだした。「昔、ある所に信心深く、周囲からも尊敬を受ける善良な夫婦がいました。中々子宝に恵まれなかったのですが、結婚して20年近く経ってから息子を授かりました。ようやく授かった子供だったので、ふたりはたっぷりと愛情を注いだつもりだったのですが、その反面、彼を甘やかして育ててしまっていたのです。やがて彼は不良とつるむようになり──」
「まぁ、ウチと同じだわっ」
話の腰を折られたが、ブラッドリーは微笑んで話しを続けた。
「そうですね。やがて彼は悪い仲間と共に盗みを働くようになり、そして度々役人に捕らえられ、ついには故郷を追い出されてしまいました──」
「何てことっ」
母親は隣に座る息子の肩を「アンタって子は!」と泣きそうな顔で叩いた。息子は「俺じゃないよっ」と声を上げる。
「彼は別の土地でもまともに仕事に就かず、酒を飲んでは人に暴力を働き金品を脅し取って生活を続けるような毎日でした。関係を持った女性がいましたが、彼は家庭を持とうとはせず、子供が出来ても省みようとはしませんでした。そんな生活も荒みきったある日、彼は故郷の両親が病床に
「なるほど、そういうことですわね? 息子もいずれは改心するというお話ですね?」
ブラッドリーはやはり微笑んで話しを続ける。
「しかし、彼も両親と同じ流行病に侵され、心半ばで息絶えてしまいます」
「まぁなんてこと……。」母親の顔はショックで青ざめた。
「奥様、話しはここで終わりません」ブラッドリーは微笑む。「彼と放蕩の時代に関係のあった女性との間に息子がいたのです。その息子はそんな父親と祖父母の話しを聞いて、自分のルーツを探るために父の故郷を訪れます。そして信心深い祖父母が熱心に通い、父が洗礼を受けた教会を訪れるのですが、彼はそこで雷に打たれたかのような天啓を受けるのです。まさに、自分はここに辿り着くために生まれたのだと。それからその息子は神の道に入り、神父として各地を周り、行く先々で人々を導く役割を担うようになったのです」
婦人はブラッドリーに遠慮がちに訊ねる。「……とても立派なお話ですが、でも……それって本当にあったことのかしら?」
「もちろん。なぜなら、その神父がここにいるからです」
母親と息子は同時にブラッドリーを見た。
「奥様、貴女は先ほど息子さんを指して、子育てに失敗したと仰いました。しかし、失敗や成功とは何でしょうか? どこからどこまでを指してそう判断するのでしょうか? 国の歴史しかり、家庭の歴史もまた、常に流れていくものです。私たちはただその過程にいるだけなのです。ですので、容易に失敗だのと落胆する必要はありません。たゆまぬ信仰を持ち続ければ、きっと神はお二人を正しい軌道へと乗せてくれることでしょう」
しばらく婦人は潤んだ目でブラッドリーを見た後、隣に座る息子に目を向けた。息子は「何だよ……。」と気まずそうに顔を背けた。
「そう……ですわね。私ったら、何て短絡的なことを。そういえば、主人の父も戦争で手柄を立てると出て行って、名を挙げぬまま帰らぬ人となりました。けれど、かと言って私たちが不幸というわけではありませんものね。何といっても、あの人は私に出会えたのですから」
ブラッドリーは婦人に小さく微笑みかけて頷いた。
「まぁ私ったら、神父様に何もおもてなししないなんて、何てことかしら。神父様、日もまだ明るいですけど、先日上等な葡萄酒をいただきましたの。一杯いかかです?」
「喜んで、葡萄酒は大好物です」
「あ、母さん俺も」と、青年が軽く手を上げる。
「アンタはまだ子供でしょっ。いきがるんじゃないのっ」
青年は舌打ちをして顔をしかめた。
「……奥様、とはいえ私は下戸なんです。きっと飲みきれないでしょうから、飲み残してしまった時は彼に与えてもよろしいでしょうか」
「それは……。」
「葡萄酒を無駄にしたくないんです。私からのお願いですよ、奥様」
「神父様にそう言われてしまったら、私も断れませんわ……。」
そう言って、しぶしぶ婦人は棚から葡萄酒を取り出し始めた。
ブラッドリーはウインクをして青年に囁く。「男ならば、悪徳にふけるのも人生で必要な経験だ」
青年は鼻を上向きにして気取ってみせたが、その鼻先はうっすらと赤くなっていた。
ブラッドリーが婦人に出された杯の葡萄酒を半分飲んだところで、保安官が血相を変えてその家の居間に入ってきた。
「神父様」
「どうしたのです、保安官?」
「それが……。」
保安官は言葉に出せず、拳を握りしめて俯いた。
「……どうやら、仕事の時間のようですね」
ブラッドリーは椅子からゆっくりと立ち上がった。立ち上がった彼の体のサイズは、座っていた時に予想されるものよりも遥かに大きく見えた。
鋼色の瞳を鈍く輝かせてブラッドリーが言う。
「参りましょう」
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