ハウンド

 ──三カ月後、サハウェイの娼館


「サ、サハウェイさんっ」

 サハウェイの部屋に部下の男が駆け込んできた。

「どうしたの? 騒がしいわね」

 朝食を終えたサハウェイは、メイドに紅茶を淹れてもらっている真っ最中だった。朝の優雅な時間を破られ、サハウェイは不機嫌に部下を睨む。

「大変ですっ。スヴェンの奴らがっ」

「あら、何のご用かしら?」

「どうやら奴ら……。」

「分かってるわよ、全部言ってくれなくても」苛立ってサハウェイが言う。「……ブラッドリーを呼んでちょうだい」

「……え?」

「二度も言わせないで」

「は、はい……。」


 サハウェイが表に出ると、スヴェンが手下を集めて店の前に集まっていた。

 男たちを前にしてサハウェイが堂々と語りかける。

「随分と穏やかじゃないわね? まだ営業前だし、そんな団体客、ウチの店に入りきれなくってよ?」

「とぼけんじゃあねぇよっ」スヴェンはいきりだっていた。「お前のおかげで、俺は自分の店から締め出されたんだぞ!」

「貴方の店?」サハウェイは高らかにわらった。「笑わせないで、貴方の店なんてハナっからありはしないわ」

「なんだと!?」

「調べはついてるのよ。貴方、アンデルセンさんと奥との子供じゃあないんですって?」

「そ、それがどうしたって言うんだよ!?」

「貴方にはそもそも財産分与の権利がない。つまり、貴方に店を継ぐ権利なんてなかったの。他の兄弟たちは娼館の経営には乗り気じゃあなかったから、私が彼らから店の権利を正当な手続きで買ったのよ。それにケチをつけようっての?」

「お、お前……。」スヴェンが呆然と歩み寄る。「知ってたんだな……最初から。最初から俺を蹴落とすつもりのくせに、俺に……親父を……。」

「妾腹の貴方がお父様を恨んでいたのは知っていたけど、あんなにやすやすと口車に乗るなんて……。あまりにも簡単すぎて張り合いがなかったわぁ」

 激昂したスヴェンがサハウェイに詰め寄る。すると、一斉に建物の窓から男たちがクロスボウでスヴェンたちを狙った。

「……なめんなよ」スヴェンが包囲網を見渡して言う。「例え矢がいくらでも刺さろうと、お前も地獄に道連れだ」

 サハウェイは不敵に笑う。「まぁ、地獄行きかどうかを貴方何かが決められるのかしら。聖職者でもない貴方が……ねぇ?」

「テメェ──」

 スヴェンがサハウェイに何かを言い返そうとした瞬間、背後で悲鳴のようなうめき声が聞こえた。男たちが振り返る。

「あ……が……。」

 大きな黒い猟犬が、スヴェンの部下の首に喰らいついて引き倒していた。そして猟犬の背後には、ブラッドリー・ジョーンズの姿があった。

「ブラッドリー!」

 男たちがやにわに騒がしくなった。

「なんと騒がしいことでしょう。神は静謐を愛します。みなさんも素敵な朝なのですから、静けさを知りましょう」ブラッドリーは穏やかに言う。「まもなく祝日の礼拝が始まりますよ。さぁ、皆さん教会へいらしてください」

 何の変哲もない、神父の礼拝への誘いのようだった。ただし、彼の足元に痙攣して絶命しかけている男がいなければ。

「テメェ、どういう状況でモノ言ってんだ……?」 

「祝日の朝、これから神を称えようという時に不必要な争いを起こしたくはないのです」ブラッドリーの目が鋼のように鈍く輝いた。「あちらで街の人々が待っています。聖歌隊の子らが高らかに歌い、礼拝の後にはご婦人がたが焼いたケーキが、サハウェイ殿が寄与していただいた葡萄酒が待っていますよ。もしよろしければ、建築中の教会の作業を手伝ってください。男手が足りなかったところなんです」

 ブラッドリーの口調とは裏腹に、彼に寄り添っている二頭の猟犬は牙を剥き出し唸っていた。

「なぁあいつって、もしかして“ハウンド”か?」

 スヴェンの手下の一人が、隣にいた仲間に訊く。

「ああ……。神父のくせに始末屋やってるってぇイカれた野郎だ。よりによってあの女、とんでもねぇの呼び寄せやがったぜ」

「噂には聞いてたが、……だが奴の犬って4匹じゃなかったか?」

「なんでも、“アンチェイン”に挑んで2匹やられたらしい。まぁ相手が悪いわな」

「あんなでかい犬を2匹も……。どっちもバケモンだな……。」

 スヴェンは犬とブラッドリーを交互に見る。そして、自分たちに向けられているクロスボウを見ると、手下たちに「帰るぞ」と合図を送り、サハウェイの店の前から去っていった。


 スヴェンたちがいなくなると、サハウェイはブラッドリーに話しかけた。

「お疲れ様ブラッドリー、助かったわ」

「とても残念です……。」ブラッドリーが小さく首を振る。

「残念って……彼らが簡単に帰ってしまって暴れ足りなかったのかしら?」

「まさか」ブラッドリーは目尻を弛ませて答える。「彼らが礼拝に参加してくれないからですよ」

 その答えに対しては、サハウェイこそが「まさか」と言いたかったが、ブラッドリーは至って本気のようだった。

「どうですサハウェイさん、貴女も礼拝にお越しいただけませんか?」

「……え?」

「そうです、そうしましょう」

「でも、私は……。」

「何をおっしゃいますか。教会の設立に多大な寄付をしていただいているサハウェイさんじゃあありませんか」

 サハウェイは教会に行くどころか神に祈ったことすらなく、教会の建設に寄付しているのもブラッドリーを雇うため、また町の人間の人望を得るための手段だった。しかし、ブラッドリーの口調には有無を言わせないものがあった。世慣れたサハウェイでも、世間ずれしているブラッドリーのこういったところは苦手としているところだった。

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