企て

 一ヶ月後、サハウェイの娼館の彼女の部屋では巡察役人の男が招かれていた。

 金髪の細い端正な顔立ちの貴族然とした男だったが、青い瞳は狡猾に光っていた。左手には薬指以外に三つの宝石入りの指輪がはめられており、おおよそ巡回で侯国内を動き回る役人らしくない羽振りの良さが伺えた。

 そんな役人がソファにふんぞり返って言う。「確かに、魅力的な話ではあるが、いかんせん王都の連中が何と言うか……。」

 机の前に座るサハウェイが言う。「あら、貴方がこの地区の担当になってから、ほとんど人事異動のお話は聞きませんけど?」

「まぁ、美味しい思いは他にはさせたくないからね」

「ならば心配はありませんよ。それに私たちは一蓮托生ですわ。貴方から出る蜜を、私たちから出る蜜を、お互いにすすり合う仲じゃあありませんか」

 役人が苦笑する。「君が言うと、いやらしさが増すなぁ」

「そして、私はより多くの蜜を貴方にご提供できると提案させていただいているのですよ?」

 役人は、「むぅ」と腕を組んだ。

「貴方と私が手を組めば、より一層この事業を手広くできるはずです。中央だけではなく、やがてはヘルメス、ダニエルズ、さらにはアルセロールにウォルタートまで……。」

「大した野心家だな君は。初めて見たときは、見てくれが綺麗な娼婦程度だと思っていたが、今じゃあここいら一帯で一番大きな店を構えるほどになってる」

「ホートンズさんのお力添えのおかげですわ」

「ふむ。で、今回はどんな頼みごとなんだ? こうして私を呼んだんだ、それは今後のビジネスの展望を語るだけじゃああるまい」

「ええ、その通りです。実はご相談があって」

「むぅ、できる限りのことは協力したいが……。」

「ホートンズさんにしか出来ないことですの」

「つまりは役人にしか、ということか」

「ええ」

「とりあえず、話だけは聞こうか」

 サハウェイは椅子から立ち上がり、ソファのホートンズの隣に座った。

「……実は、いま組合で私とは正反対に、娼館の事業を縮小しようとしている男がいまして……。」

「誰だい?」

「ホールデンさんよ。覚えてらっしゃらないかしら? ほら片目のおじいさん」

「ああ、彼か。しかし何でまた?」

「さぁ、それを今度の寄り合いで話すらしいのですけど、随分と勝手な話じゃあありません? 自分は若い頃、散々汚い手口で肥え太っておきながら、老境にさしかかって丸くなったか信仰に目覚めたかは分かりませんが、急にしおらしくなるんですもの」

「なるほどね……。」

「彼に好き勝手させては、ホートンズさんも甘い汁を吸えなくなります。そう思いません?」

「まぁ……しかし双方の言い分は聞かないとな……。」

「もちろんですわ。……それで今夜はどうします? とっておきの子たちを用意してますが?」

「ほぉおお」

 サハウェイが手を叩くと、三人の娼婦たちが入室してきた。サハウェイの店でもよりすぐりの三人だったので、ホートンズは笑顔を抑えきれずに顔を崩す。

「誰にしようか……。」

「誰に? 何を仰ってるんです?」

「え?」

「ホートンズさんには、この子たち全員のお相手をしていただくつもりですわ」

「い、いいの……か?」

「もちろん、日頃から、そしてこれからも懇意にしていただくホートンズさんですもの。よもや、三人は体がもたないというほどお年でもないでしょう?」

「まさかっ」

「ではごゆるりと……。」

「行きましょう、閣下マイ・ロード」と、プラチナブロンドのエルフの女が甘く切ない視線を向けてホートンズの手を引いた。

 そうしてホートンズは三人に導かれ客室へと去っていった。

 その後、ホートンズはベッドの上で三人の美女を同時に相手にしながらこの世の極楽を味わっていた。


 ホールデンの秘書になってから、ミラは金の流れを管理するだけではなく、新しい試みに次々と手をつけ始めていた。中には娼館とは関係ないと思われることも多く、今日に至っては娼館で女たちを集めてパッチワークの教室を開いていた。娼婦の中に、故郷でパッチワークを習っていた女がいたのだ。

「おい、いったいお前ら何やってんだ? ミラ、縫い物なんぞ娼館でいったい何の役に立つ?」

 奇妙な光景に、ホールデンは針と糸を持つ女たちの輪の前に立ちミラに訊ねた。

「勘違いしないでよ。これも経費削減のための仕事なんだから」と、ミラが答える。

「なに? これが?」

「そう。毎月のシーツ代がかかり過ぎてる。だからこうしてダメになったシーツは端材を合わせて縫い合わせてるのさ」

「単に縫うだけじゃあダメなのか?」

「別にいいけど、それだと客をみすぼらしいベッドで迎えることになるじゃない。質の悪い娼館だって知らず知らずのうちに客に思われることになるけど、良いわけ?」

「むぅ……。」

 しばらく女たちの様子を見ていたホールデンだったが、ミラの言うことにも一理ある上、やめさせる理由などどこにもないことから、何も言わずに去っていった。

 ホールデンが去ったことを確認してからミラが言う。「別に……店のためだけじゃないさ。もしアタシらが自分を買い戻すとき……それがいつになるか分からないのなら、少しでも何かができるようになっておかないと……。若い内に自由になれるとは限らないんだ」

 ミラは経費削減という名目でホールデンを説得し、娼婦や従業員にはそれ以外の様々な理由をつけて彼らを説得していた。

 台所の動線を見直して料理人や給仕のオペレーションの効率を上げて、かつメニューを減らし簡素化して薄利多売を目指し、経費削減で料理の質が落ちることを不満に思った料理人には人件費削減に比べればマシだということで説き伏せた。そして娼婦たちには店の酒を飲むことを禁じ、もし飲みたいのなら客に出された酒だけを飲んでいいことにした。そうすることで酒が飲みたい女たちは積極的に客に注文をさせ、結果酒の売上も伸びるようになっていた。


 半年に一度の娼館の寄合の日がやってきた。ホールデンは自分を見送るミラに行ってくると一言だけ残して馬車に乗ろうとしたが、何かを思いミラを振り返った。

「……なにさ?」

「いや……留守の間、ここを頼んだぞ」

 ホールデンの顔は変に神妙だった。

 ミラは肩をすくめて言う。「留守っても、別に何日も空けるわけじゃないだろう?」

「……まぁ、そうだな」

 それでもホールデンの顔は浮かなかった。

「ちょっとぉ勘弁してよ、とっつぁ~ん」ミラは手のひらでホールデンの胸元を押す。「今生の別れみたいにさぁ。いちいち些末なことに感慨にふける歳だっけ?」

「ふん、言ってろ」

 ホールデンは苦々しく笑うと馬車に乗り込んだ。


 動き出した馬車の中、揺られながらホールデンは物思いにふけるように目を閉じた。

「生きていれば……確かにあれくらいか」

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