第二章 Express Yourself
二人目の女
「……どういうことだ?」
ガロは自分の前にいる少女をリストと照らし合わせながら見ていた。
「どういうことって……私が“ミラ”だからよ」
そう答える“ミラ”に、ガロはため息をつく。
「お前、17歳なのか?」
「……そうよ?」ミラはそう言うと、腰に手を当て胸を張った。
そんな彼女をガロはシラケたように見る。どう見ても少女は10歳を少し過ぎたくらいにしか見えなかった。真っ直ぐな赤毛はか細く、釣り目がちな目も上向きな鼻も成長過程といった様子だった。
「何かの手違いだな」ガロは自前の馬車の荷台の扉を閉じた。「引き返すぞ……。」
「ちょっと待って!」
「何だ……?」
「その……本当は私ミラじゃないわ……。」
「見れば分かる……。」
「でもお願いっ。私を連れてって!」
「……何か事情があるようだな」
少女は頷いた。
「だが、俺が事情を考慮する男に見えるか?」
少女は頷いた。
ガロはため息をつく。「言ってみろ……。」
「“ミラ”は私のお姉ちゃんなの……。でも、お姉ちゃんは体が弱くって……きっと娼館なんかで働かされたらすぐに体を壊しちゃうわっ」
「……それで、お前が身代わりにか?」
少女は頷いた。
「……お前の姉に頼まれたのか」
少女は首を振った。
「自分で決めたというのか?」
少女は頷いた。
「お前の姉がどこに売られるのかは知っていたようだが、どういうところかは知ってるか?」
「……知ってる」
「これから行くところには、希望なんてありはしないぞ。お前の少女時代はそこに着いた時点で終わる。それでも行くのか?」
少女は頷いた。
「いま手にしているのが片道切符だとしてもか?」
やはり少女は頷いた。
しばらくガロは少女を見ていたが、荷台の扉を開くと「乗れ」と促した。
長い間女衒として生きてきたガロには特別な目が備わっていた。農村の女や街にいる女、ましてや貴族の女には通じないものだったが、殊、娼婦になる女に関してのみ、彼にはその目が働いた。
それは、その女が娼婦としての過酷な環境を生き抜ける才があるかどうかというものであり、体はもちろんのこと、心を壊さないか、運が女に向いているかといったことを、ガロは女の瞳の奥を見た瞬間に分かるようになっていた。もっとも、それが分かったからといって、彼が娼婦として既に売られている女に対して何かをするということはではなかった。彼はただ歯車として生きていたに過ぎなかった。
ガロが到着したのは王国領カッシーマの自治区、イリアの娼館だった。
ガロは“ミラ”を荷台から下ろすと、「ついてこい」と娼館の中へと連れて行った。
ガロは建物の奥へたどり着くと、娼館の主の部屋をノックした。
「……誰だ?」
「ガロだ」
「おお、お前か。入れ」
ガロが扉を開けると、机の前には片目を包帯で覆っている初老の男が座っていた。年齢の割に男の肌艶は良かったが、びっしりと生えた短髪は完全な総白髪だった。
ガロが訊ねる。「……どうしたんだ、その顔?」
男は忌々しそうに眼帯を押さえて答える。「ヒョードルの奴んところの若いのにやられてこのざまだ……。」
「そうか……まだひと悶着ありそうだな……。」
「いや……組合の奴らに手打ちにされたよ。クソッタレがっ」
「そうか……円満に越したことはない。こちらも仕事がやりやすくなる」
男は机から前のめりになって言う。「握手はした。だが、ハグまでした覚えはない。分かるな、この意味?」
歯をむき出しにして男が言う。激情のあまり、包帯で抑えていた右目の部分から血が滲みだしていた。
「ここだけの話にしとこう……。」と、トラブルを避けたいガロは本心で言った。
ふたりの会話で、娼館に来たばかりののミラは既に恐怖で身を強ばらせていた。
「おいおい、新人を怖がらせるな」と、ミラの様子に気づいたガロが言う。
「うん? そいつが新人か?」唖然として男が言う。「どういうことだ? ガキじゃないか?」
ガロが肩をすくめる。「手渡されたリストが間違っていた。仕方ない、この業界よくあることだ」
「ワシはお前の仕事を信頼してたんだぞ? なのに……。」
「分かってるよ、ホールデン。俺の落ち度だ。今回は頭金だけで良い。それに、どうせすぐに客も取れるようになるさ。他人のガキの成長は早いんだからな」
ホールデンは不満そうに呻くと、「女どもに引き合わせといてくれ」と手を振って人払いをした。
「俺はお前の小間使いじゃないが……。」ガロが言う。「今回の俺の手落ちを考慮して使いっぱしりになってやるよ」
女たちに控え室に向かう途中、ガロとミラの前を、四十手前くらいの女が通りかかった。
女はミラを見ると足を止めてガロに声をかけてきた。
「あら、ガロじゃない? どうしたのその子? 娘さん?」
「……そんな歳に見えるか?」
「いやぁ、アンタの歳、分かりづらいから……。」
不満げにガロが言う。「今日連れてきた新人だ」
女はミラを見ながら困惑して訊ねる。「新人って……どういうことよ?」
「新人は新人だ。ここで新人と言ったらひとつしかないだろう」
「こんな子供……。」
しばらくミラを見ていた女は、ガロに「私が連れてく。アンタは小間使いじゃないでしょ」と伝え、ミラを娼婦たちの控え室とは別の、洗濯物置き場へと連れて行った。
物陰に隠れるようにして女はミラに訊ねる。「私はパルマ。貴方……名前は?」
「……ミラ」
「それ、本名?」
「これからそうなる」
「そう……。」
パルマは一旦目をミラから背けると、再び彼女を見て言った。
「初潮は?」
ミラは首を振った。
「……もし来ても、私以外、絶対に教えちゃあダメだからね?」
真剣なパルマの眼差しに、ミラは頷きだけで答えた。
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