scene54,血煙

 手紙を渡されたケリーは、奇妙に思いながらもダニエルズ家の蝋印が施されている手紙を開き内容を読み始めた。

 手紙を読み始めてすぐ、ケリーの呼吸が止まった。

 ケリーが手紙から顔を上げる。怪しげな眼光を放つモーリスと目があった。

 見つめあう二人。お互いが事態を察した。

 クロウを見るケリー。クロウの背後にはゴロツキふたりが不自然に立っていた。

「クロウさんそいつらから離れて!」


 その場にいる全ての男たちが、一斉に抜刀した。


 お互いがお互いに斬りあう男たち。ならず者が正面の役人を斬ったと思いきや、そのならず者を背後から役人が斬りつけ、その役人のわき腹をまた別のならず者がナイフで刺した。一瞬のうちに男たちの斬撃で周囲に血煙が舞い上がっていた。混戦で男達が揉み合うその河原は、蛇がお互いに喰い合い絡み付く地獄と化していた。

 ケリーも抜刀していたが、ならず者の攻撃を細身のレイピアでは防ぐことができず、肩口に斬撃を喰らってしまった。

「ああああああ!」

 悲鳴を上げて倒れるケリー。幸いならず者の片手剣がなまくらで、かつ彼女が革の鎧を着用していたおかげで致命傷にはならなかったものの、ケリーは激痛で立ち上がる事が出来なかった。

 さらにケリーに追い打ちをかけようとするならず者だったが、地元の老練な役人がそれを食い止め逆に袈裟で斬り伏せた。

「ケリー執務官! アンタだけでも逃げなさい!」

「で、でも……。」

「応援を呼ばなければ収拾がつかない! はや……うぐぉ!」

 役人の背中にならず者がナイフを刺していた。

「は……はや……。ぐふぅ!」

 さらに、別のならず者が役人に抱き着くようにして短剣を腹部に突き刺す。

「こぉなくそぉ!」

 役人は正面から自分を刺しているならず者の両目に親指を容赦なく突っ込んだ。両目がえぐられ、ならず者の眼窩がんかから血が溢れだした。

「ぎゃあああああああ!」

「おおおおおおおお!」

 さらに役人は眼窩に指を引っかけたままならず者の頭を振り回して自分から引きはがした。

 鬼神の如く立ち回った役人ではあったが、その間に背中をナイフでめった刺しにされていたため、腹部の短剣が抜かれたものの、彼はその場でこと切れてしまった。

「あ……あ……。」ケリーは肘を立てながら前進した。しかしそれは逃げるためではなく、手を封じられているクロウを助けるためだった。危機を察し、転げるようにならず者たちから距離を取った際、辛うじて立ち位置が役人に守られるようになっていたクロウだったが、役人たちの形勢は芳しくなかった。

 数が多く、さらに装備に有利のあった役人たちのはずだったが、形勢はファイザーとダッチによって逆転されつつあった。

 クロウに傷を負わされた片腕が回復しきっていないファイザーだったが、飛び込むようなさいの突きで役人の人中じんちゅう※を貫き始末し、さらに別の役人の股の間に滑り込むと、すれ違いざまに逆手に握った釵で両膝の裏を貫き、膝が崩れた役人の肩に飛び乗ると左右の釵で役人の喉を交差して貫いていた。負傷を思わせない立ち回りだった。(人中じんちゅう:鼻と上唇の間にある急所)

「はっはー! やっぱりこうでなくっちゃなぁ!」

 戦闘が始まったことを喜んでいるダッチに役人がバスタードソードで斬りかかる。ダッチが腕に巻きつけた鎖で突きを防御すると、剣は鎖に絡まり抜けなくなった。

「何!?」

 そしてダッチが馬鹿力で腕を振り回すと剣は役人の手から離れ、さらに剣を絡めた状態のまま腕を振り回し、ダッチは丸太のような剛腕で役人を吹っ飛ばした。

「くそぉ!」

 また別の役人が槍を突き立てるが、ダッチの胴体に巻かれた鎖のせいで、槍の穂先は皮膚には届いたものの深手を負わせる事が出来なかった。

「かゆいなぁ」

 不敵に嗤うダッチがローブローのように役人の下腹部を打った。

 強烈な打撃が来ると思っていた役人は、思いのほか攻撃が軽かったことを意外に思う。しかし、すぐに役人はダッチの狙いが打撃ではないことを知った。彼の腰のベルトには鋼鉄のフックが取り付けてあり、フックはダッチの腕の鎖と繋がっていた。

「な、なにを……。」

 ダッチは役人の両脇を抱えて言う。「ガキの頃、“高い高い”してもらったことあるか?」

「え?」

「そぉうるぁ!」

 ダッチは役人を上空に放り投げた。大の大人の男が、ボールのように空に舞い上がった。

「うわぁああ!」

「はっはぁー!」

 そしてダッチが舞い上がった役人に取り付けた鎖を思い切り引っ張ると、役人はグンッと引っ張られ地面に叩きつけられた。叩きつけられた役人の口から異様な声が漏れていた。

「これがホントの“他界他界”ってなぁ!」

 高笑いしながらさらにダッチは役人を分銅代わりにして振り回し、周囲の役人を吹っ飛ばした。何もかもが規格外の戦い方だった。それは闘争というよりも災害だった。

 クロウにもならず者が襲い掛かっていた。クロウは何とか振り下ろされた剣を木製の手枷で受け止めたが、背中の負傷も相まって簡単に押し倒されてしまっていた。

「……くそっ」

 剣を振り上げるならず者。あわやというところだったが、武器を振り上げているならず者に渾身の力を込めてケリーが体当たりをかました。

「クロウさんこれをっ」

 そしてケリーはクロウに手枷の鍵を投げ渡した。

「こぉんのアマァ!」

「きゃぁ!」

 ならず者はケリーを蹴飛ばし河原に倒すと、馬乗りになって胸に剣を突き立てた。

「女ごときが役人気取ってんじゃあねぇぞぉ。こうやって男に乗られちまえば何もできねぇメスの分際でぇ」

 ケリーは呻きながら両手をならず者の前に差し出した。

「何だぁ? 許してくださいってかぁ? ふひっ、可愛いじゃねぇかぁ! でも殺すよぉ!」

 ケリーの両手の甲で、魔法陣が形成されていた。

「゛も゛え゛ろ!!」

 ケリーが叫ぶと両の掌から激しい炎が噴き出した。

 炎はならず者の顔を包み込み、男は悲鳴を上げながら河原の上をのた打ち回った。熱よりも顔を炎で覆われたことによる呼吸困難で男は絶命した。

 しかし詠唱抜きで、かつ種火もないまま無理に法術を使用したケリーもまた、体内のオドを急激に消費し、ありえないほどの疲労状態で動けなくなっていた。

 乱戦と混戦の末、無事に立っているのはファイザーとダッチと、そしてモーリスだけだった。

 他の役人は、ケリーのように息はあったが戦闘不能となっており、勝負は決したかのように見えた。

「でかしたぞ」モーリスが上機嫌に言う。「追いつめたと思ったら、逆に追いつめられてしまったな? ケリー執務官」

 ケリーは起き上がろうとするが四肢に力が入らず、立ち上がろうとしては倒れていた。

「さて、残るは君ひとりだな、ファントム」

 確かに、残っているのは手枷がはめられ、そうでなくても松葉杖が必要なクロウだけだった。

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