scene②─2,バンダム

 その夜、盗賊団は森の中で野営を組んでいた。焚き火を真ん中に、男たちは酒を飲み、干し肉といった保存食を口にしていた。役人の規模が大きいダニエルズでは農村ひとつ略奪するのも容易ではない。彼らは略奪で得た金を散財するではなく、保存食を購入するなどして、強盗とはいえ指に火を灯すような生活をしていた。

「あの赤ん坊どうするんだ?」と、バンダムが頭に訊ねる。

「ああ……。」かしらは酒をひと飲みしてから言う。「ラガモルフってのはいい毛皮が取れるそうだな」

「……なんだと?」

「今じゃあもちろん違法だが、戦前はラガモルフの毛皮は高級品だった。今でもブラックマーケットでは奴らの毛皮が出回ってる」頭は籠で寝ている赤ん坊を見た。「ある程度でっかくなったら皮をはぐのよ。いい金になるだろうぜ」

「……本気か?」

「当たり前じゃねぇか」頭は首を傾げてバンダムを睨む。「オメェ、まさか散々人間殺しといて、今さら同族は殺せねぇ何てこと言わねぇよな? 俺らからりゃあよ、オメェに同族を殺されてきたようなもんだぜ?」

「別に……それは問題ない……。」

「そうか……なら良いんだ」

 すると、突然赤ん坊が目を覚まして泣き出した。

「おいおい、さっきまで黙って寝てたのにいきなりだなぁ……。おいバンダム」

「俺にどうしろと?」

「同族だろ? あやしてこい」

「関係あるのか?」

「赤ん坊だって、同じ種族の奴に抱っこされた方が落ち着くだろう?」

 バンダムは不満げにため息をついて赤ん坊のもとへ行った。そして、赤ん坊を抱え上げると体を揺らしながらあやし始めた。

 バンダムにとって全く不慣れな赤子の扱いだったが、赤子はそんなバンダムの拙い接し方でもキャッキャと笑いながら手を伸ばしてきた。

「どうした? 何がおかしい?」

 バンダムが顔を近づけると、赤ん坊はバンダムの顔の毛を掴んで引っ張った。

「いたたたたたっ、こいつっ」

 バンダムが赤ん坊の手を振り払い叱ろうとすると、赤ん坊は笑いながら手足をバタバタさせた。

「……まったく」 

 すると、赤子は何かを思い出したようにまた泣き始めた。

「今度は何だ?」

 バンダムは、ふと自分の手が濡れ始めているのに気づいた。

「あ~~~~~~~~~」


 川辺で赤ん坊のおしめを取り替えたバンダムだったが、それでも赤子は泣きやもうとはしなかった。

「何なんだよ、いい加減にしてくれ……。」

 途方に暮れてるバンダムに、仲間が遠くから声をかけた。

「よぉ、そりゃあガキが腹を空かせてんじゃないのかぁ?」

「なに? しかし、赤ん坊は干し肉なんぞ食わんだろう」

「そりゃオメェあれよ、女の乳を飲ませるのよ」

「女? そんなのどこにいる?」

「山を降りて下の村の奴らに頼んできな」

「……本気か?」

「もちろん」


 結局、バンダムはひとりで赤ん坊を抱えて山の下の村まで下りていった。

「……まったく、お前のせいで散々だよ」

 もちろん、それでも赤ん坊は泣くだけだった。

 村に入るとバンダムは耳を澄ませ、赤ん坊の声が漏れている民家のドアを叩いた。

「何だい? こんな遅くに……おやラガモルフじゃないの、どうしたの?」

 出てきたふくよかな三十路の女は最初は不審に思っていたものの、バンダムの姿を見ると一転して幼子に話すように甘く甲高い声になった。バンダムはこういう、他種族の自分たちを見下すような接し方にいつも苛立ちを覚えていた。しかし、今はそういうことを言ってる場合ではなかった。

「申し訳ないが、が腹を空かせてしまってね。この村に母乳の出る女性がいたら分けてもらいたいんだ。代わりにこれを……。」

 そう言ってバンダムは50セル硬貨を取り出した。

「いいのよぉ、ウサギさんからお金なんて取れないわ」

「しかし……。」

「いいのいいの。どれ、貸してごらんなさい」

 そう言って女は赤ん坊を抱きかかえ、シャツの胸元の紐を緩めて片方の乳房を出すと、赤ん坊の口を乳房に近づけた。赤ん坊はすぐさま女の乳房に食いついた。

「おやおや、お腹がすいていたのね。すごい吸いつきよう」

 泣き止んだ赤ん坊を見てバンダムは胸をなでおろす。

「……ところで貴方、奥様はどうしたの。お乳が出ないの?」

「あ……いや、それが……先日先立たれて……。」

「あら、悪いことを訊いたわね。ごめんなさい」

「いや、いいんだ……。」

 女は赤ん坊を抱えながら笑みを漏らす。「それにしても、ホント可愛いわねぇ……。この子、名前はなんていうの?」

「え? 名前?」

「そうよ、な ま え」

「あ、ああ……“マテル”というんだ……。」

「そう、マテルちゃんなのぉ。いっぱいおっぱい飲んでねぇ。で、の名前は?」

「……“レグ”だ」

 バンダムはとっさに訊かれ慌てて言ってしまった。

 レグとマテル──それは先日バンダムがクロスボウで射殺いころした、商人の親子の名前だった。

 赤ん坊が満足すると、女は赤ん坊をバンダムに返し、「ちょっと待ってて」と部屋の奥へ入っていった。戻って来た女の手には小袋が握られていた。

 手渡された袋を見てバンダムが言う。「……これは?」

「お米よぉ。もしまたマテルちゃんがお腹を空かせたら、重湯を作って飲ませてあげなさい」

「そんな……そこまでしてもらうわけには……。」

「遠慮しなぁいの。困ったときはお互い様よ。こんな可愛いマテルちゃんを泣かせてたらバチが当たるわ」

「……申し訳ない」


 赤ん坊を抱えてバンダムは盗賊団の野営場所に戻っていった。

 盗賊団の仲間の一人が訊く。「よぉバンダム、どうだった?」

「ん? ああ、村の女に乳をもらった」

「で、村はどうだった?」

「どうって……何の変哲もない村だったよ」

 盗賊団の頭が言う。「そうか……だが最近は収穫が少ない。今日だってとんだ骨折り損だった。明日はあの村を襲うぞ」

「……なんだと?」

「そうだ、そこの偵察を兼ねてお前をそこにやらせたんだ」

「聞いてないぞ」

「言ってなからな」頭は肩をすくめた。

「言っただろう、何もない村だと」バンダムが頭に食ってかかる。

「言っただろう、最近は収穫が少ないと」めんどくさそうに頭が言う。「あんな村でも食いもんぐらいはあるだろう?」

 頭は「夜が明ける直前に村を襲うぞ」と団員たちに告げると、酒を煽ってテントで眠りについた。団員たちも見張りを残して、地面の上に敷いたシーツの上で次々に寝入り始めた。


 夜がいよいよ明けようとしていた頃、見張りの順番が回ってきたバンダムは静かに赤ん坊の所まで忍び寄ると、赤ん坊を抱き上げた。

 赤ん坊は穏やかに眠っていた。独り身な上に、子供などできたことのないバンダムだったが、この赤ん坊を見ていると心の奥底から抱いたことのない情が湧き出るのを感じていた。

 今さら命を奪いたくないという想いが身勝手なのも知っている。今さら村人を助けたいという気持ちが欺瞞に過ぎないことも分かっている。だが湧き上がる気持ちから、バンダムはそうせざるを得なかった。

 バンダムは赤ん坊を抱えて村に盗賊が迫ってる事を伝えに、山を駆け下りていった。このあどけない赤子を、あの親切な村の女を救わんがために。

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