scene②─1,善人はなかなかいない

「信じられん! ラガモルフだと思って優しくしてやったのに! ……ぐぅえ!」

 商人の男は喉をクロスボウの矢で貫かれて体を痙攣させた。彼の正面には、淡々とクロスボウの矢を装填するラガモルフの姿があった。

「残念だが……厄日だったとあきらめるんだな」

 ラガモルフは冷静に絶命しかけている男に標準を合わせると、額に矢を放った。商人の男は既に死んでいる自分の息子にもたれかかるように息絶えた。

 額に矢が立ち男が完全に死んだことが分かると、ラガモルフは眉一つ動かさずに矢を男の喉と額から抜き、血糊を男の服で拭き取ると収納ケースに矢をしまった。

「どうせ死ぬんだ、わざわざ止めささなくったって良かったろう?」

 ラガモルフの後ろにいた仲間の盗賊が、そんな彼をせせら笑った。

「別に……無駄に苦しめる必要もないと思っただけさ。何の恨みもないんだからな……。」

 馬車の積荷を略奪する盗賊団の一人が死んだ商人を見て言う。「まさか、ラガモルフが強盗団のメンバーだとは思わなかったろうな」

 また別の盗賊が言う。「ああ、なんてったって見た目は可愛いウサギちゃんなんだから──」

 ふたりの間を矢が横切った。

「う、うぉっ、危ねぇ! 何するんだ!?」

 新しい矢を装填しながら、静かにラガモルフが言う。「ああ、すまん。うっかり殺そうと思った」

「こ、こいつ!」

 強盗団のかしらがラガモルフをたしなめる。「まぁ落ち着けよバンダム。オメェらもオメェらだぞ、今回の仕事はバンダムのおかげで上手くいったんだ。おちょくるんじゃあねぇよ」

 殺された商人は強盗に遭わないために、輸送経路には万全を期していたはずだった。にもかかわらず、彼の馬車が盗賊団“夜鷹”の襲撃にあったのは、輸送中に乗せた旅のラガモルフが強盗団の構成員で、彼が経路を仲間に密告していたためだった。

 ダニエルズ全域で強奪を働いていた“夜鷹”は、人間と亜人で構成されていた。構成員がお互いの持ち味を活かし、チームワークで効率的に仕事に取り掛かり、そして彼らは獲物に対して容赦がなかった。特に構成員のひとりであるラガモルフのバンダムは、仲間内では“ハリネズミ”とあだ名され一目置かれていていた。彼の前に立てば、老若男女問わず冷静にかつ冷徹にクロスボウで射抜かれ、死体が矢だらけになっていたからである。

「……しかし、オメェを使っての仕事もこれまではずいぶん役に立ったが、これからはそうはいかねぇかもな」と、盗賊の頭が言う。

「どういう意味だ」

「知らねぇのかい。どうも生き残った獲物が、役人にウチらの中にラガモルフがいるってチクリやがったらしい。人相書きなんかは出回らんだろうが、ラガモルフってだけで用心する奴らが出てくるだろう」

「そうか……。」

「なぁに気にするな。それならそれで、別の仕事を任せればいいんだ」

「もしくは、足を洗うか……。」

「おいおい、本気か? 今さらオメェのような亜人がカタギに戻れるとでも? ドブさらいでもやるつもりか? 惨めな人生しか残ってねぇよ」

「まぁ……そうだな」


 それから三日後、夜鷹の一団は斥候せっこうが見かけたという神官の馬車を襲うことになった。斥候曰く、神官の馬車だといのに護衛が見当たらない絶好のカモだということだった。

「……本当だ、ロクな護衛がいねぇ」

 森の不安定な山道を走る馬車を、高所から見下ろしながら頭が言う。確かに、神官の馬車だというのに騎士の護衛もなく、それどころか武装した人間すら見当たらなかった。全員が手ぶらだった。

「しかし……ありゃどこの教会だ? あんな馬車見たことがないが?」

「言われてみれば……。」 

 神官の馬車と斥候が判断したのは、貴族王族の馬車ではないものの、かといって商人のものでもなく、なんとはなく世間離れしている装飾が施された馬車だからという理由だった。しかし、見れば見るほど不可思議な馬車ではあった。

 エンブレムはどこの宗派のものでもなく、馬車の色も金と白と青の目立つものだったが、その色をシンボルとして使う貴族は近隣にはいない。周りを歩く僧侶たちも、同じ色のローブを纏っているが、修道僧にしては派手すぎるし、神官にしては女の肌の露出が多かった。

「まぁいい……行くぞ」

 しかし、目の前を走っているのは輸送用の後ろ扉付きの馬車。金目のものを積んでいないわけがなかった。頭が合図を送ると、一斉に盗賊たちが馬車に襲い掛かった。

 強盗団の突如の出現に戸惑う神官? たち。強盗団は最初こそは馬車の周りの彼らを矢や剣で殺したが、すぐに妙な違和感に気づいた。誰もまったく抵抗しないのである。

 怪訝に思いながら頭が馬車の先頭にいる男に指図する。

「動くなよ? 言うとおりにしてれば命だけは助けてやる」

 しかし実際は目撃者は全員殺すつもりだった。しかし、そんな頭の信用ならない命令に対し、神官は妙に冷静な顔で頷くだけだった。

──なんだぁ?

「頭ぁ!」

 馬車の積荷を物色していた構成員が大声で頭を呼んだ。

「なんだ!?」

「この馬車……何もありませんぜ!」

「なにぃ!?」

 頭は大股開きで馬車の後ろの扉に歩み寄ると、馬車の中を見渡した。

「……どういうことだ?」

 馬車はカラだった。これだけ大きな輸送用の馬車を使っているというのに、荷物一つ見当たらない。

 剣で神官を脅している構成員が恫喝する。「おい、なんで何も入ってねぇんだよ? この馬車は何のための馬車なんだっ?」

 だが、その問いに神官たちは汗を浮かべ、引きつった笑いを浮かべるだけだった。

「頭ぁっ……これっ」

「なんだよっ?」

 頭が馬車の奥へ入る。馬車の台座の上には、乾燥させた蔓で編んだ籠があった。籠の中には蠢く何かがいた。

「これは……。」

 陽の向きが変わり馬車の鎧戸から光が差し込んできた。斜光が籠を照らす。籠の中には、青みがかった灰色の毛並みのラガモルフの赤ん坊が眠っていた。外が大変な喧騒だというのに、赤ん坊は何か信頼できる保護者に守られているかのように安らかに眠っていた。

 頭は赤ん坊の入った籠を抱えて馬車の外に出ていった。

「頭……それは?」

「馬車の中にあったのはこれだけだ」

「え? 亜人の赤ん坊ですか? そんなのどうするんです?」

「……帰るぞ」と、籠を抱いた頭が言う。

「え?」

「ここにはこれ以外何もねぇ。これをいただいて引き上げるぞっ」

「へ、へぇ……。」

 強盗団は馬に乗り込み引き上げていった。神官たちの馬と、籠の赤ん坊のみを収穫にして。あまりにも不可解なため、団員たちは彼らを殺す気にもなれなかった。

 去っていく途中、奇妙に思ったバンダムが神官たちを振り返った。結局、彼らは最初から最後まで全く抵抗しなかったのだ。

 しかし、振り返ったバンダムは彼らを見て背筋の毛が逆立った。

──笑ってやがる……。

 神官の顔に恐怖の色はあった。しかし、その一方で彼らは安堵しているようでもあった。あたかも、元々恐怖にさらされていた者が、それよりも下位の恐怖によって救い出されているような、そんな不可思議な表情だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る