scene㊿,故郷まであとどれくらい
ダニエルズの西の国境に近い、目的地近くと思われる場所でクロウたちは馬車を下りた。
御者のアミンが言う。「地図だと大体この辺りがジュナタルだと思うよ。印が大きいから何とも言えないが」
馬車から降りたクロウが言う。「ありがとう、ミスター」
アミンが少し不安げに言う。「ただねぇ、私は御者としてダニエルズを色々回ったが、ジュナタル何て場所は聞いたことがないんだよ」
「もしかしたら、ラガモルフたちの呼び名方なのかもしれない。ここの住民から話を聞いて回ることにするよ」
「そうかい、じゃあ達者でなお嬢さん」
「ご主人もな」
アミンは手綱を振って馬車を走らせた。
「ばいばーいっ。ありがとうおぢさん!」
マテルが飛び跳ねながら手を振る。
「ラガモルフの坊やもなぁ!」
馬車を見送ると、クロウは周囲を見渡した。そこは野原や森林が広がる未開拓の土地だった。野草は茶色く秋の色に変色し、木々は葉を落とし痩せていたが、時期が時期ならば木々が美しく彩られ、レグの語っていたようなジュナタルの姿が現れるのではないかという希望を抱かせた。
「……さて、確かに親父さんの地図じゃあ範囲が広すぎるからな、近くの村でも探すか」
舗装された道は見当たらなかった。なので、クロウは馬や人間が多く通り、自然と広がった道を探し、周囲の探索を続けた。中々人の住む場所が見つからず、クロウは松葉杖をつきながらだったので、村を探し当てた時には日は傾きかけていた。
三日前に旅籠屋を借りた所とは違い、その村は農業を生業としているまっとうな村のようで、村人は畑で玉ねぎの植え付けの最中だった。
球根の束をせっせと運んでいる泥まみれの女にクロウが訊ねる。
「忙しいところ申し訳ないんだが奥様、この村で屋根を借りれるところはないだろうか?」
「え? 屋根? アンタら旅人かい?」汗にまみれた女は面倒くさそうに答えた。
「ああ、そうなんだ……。もちろんタダってわけじゃない。川で魚を取ってきてもいいし、農作業だってこの体だが、簡単なものなら手伝えるよ」
「ふぅ~ん……」そう言いながらクロウの身なりをじろじろと見る女だったが、クロウの後ろにいるマテルを見つけると声色が変わった。「あら~、ラガモルフじゃないのぉ、珍しいっ」
「……珍しい? 最近は見なくなってしまったという事か?」
「最近も何も、ここら辺じゃあ昔からラガモルフなんて見ないよ」
「……そう、なのか」
その後、クロウたちはその女のはからいで、収穫したネギを積み荷に運ぶだけの簡単な仕事の手伝いだけで、村の寄合所に泊めてもらえることになった。
村人たちは遠方からの客だという理由で、クロウを不自然なまでにもてなした。彼らがそうする理由は何とはなしに分かっていたクロウだったが、確証がないためそれを言うタイミングを逃していた。
クロウの杯に酒を注ぎながら、村人が訊ねる。「へぇ、じゃあアンタ、竜人の国にも行ったのか?」
「ああ、旅のついでだったからそんなに長くは居なかったがね」と、クロウが言う。
別の村人がクロウに訊ねる。「アイツらあれだろ? 体中が鱗に覆われてて、オークよりもデカいんだろ?」
「いや、彼らは普段は人間とほとんど同じような外見をしてるよ。ただ、彼らの中で戦闘種族の奴は竜の姿に変身できるんだ。一度見たが、そうなると確かにオークよりもデカいし、どんな種族もあれに
「いや~そんな奴らがあの戦争で敵だったらヤバかったよなぁ」
「あいつら自分らの小競り合いで忙しいらしいからなぁ」
「で、アンタはそこを通ってどこに行ったんだ?」
「ああ、竜人の国のさらに東にある、リザードマンの国だ」
「リザードマン?」
竜人を知る者は少なからずだがいるものの、さらにその果ての島国にある、リザードマンのこととなると五王国の人間はほとんど知らなかった。稀に放浪している個体が現れることもあるが、それでも彼らに関する情報は無いに等しかった。
「亜竜人とも言うんだ。竜というよりトカゲに近い外見をしているがね。竜人よりも小さいし変身もしない。彼らはここいらの国とは全く違う文化を持っていて面白いんだよ」
「へぇ~~」
村人はクロウの旅の話しで盛り上がっていた。娯楽の少ない辺境の村にあっては、こういった旅人の話しはひとつの楽しみでもあった。
クロウが言う。「……ところで、昼間もこの村の女性に聞いたんだが、ここら辺でラガモルフの集落があるって話しを聞いたことはないか?」
「いや……聞かねぇなぁ」そう言って村人は酒を飲んだ。「ただよぉ、ここの村は戦後に移住してきた奴がほとんどでな。森を抜けた原っぱにエルフのババアが住んでるから、そいつなら何か知ってんじゃあねぇのか?」
「エルフ……。」
「もっともババアっつってもウチのカミさんより若く見えるがなぁっ」
そう言って男は大笑いをした。
夜も深まる中、クロウがちびちびと酒を飲んでいると、両脇に妙齢の女ふたりが座った。ふたりとも化粧を施し、艶めかしい様子でクロウに微笑んでいる。
──まずいな
「わぁいっ。おねぇさんたち、とってもきれいだねっ」
気まずくなっているクロウなどどこ吹く風、マテルは両脇の女にすり寄って甘える準備をし始めた。しかし、女たちはマテルよりもクロウに興味があるようだった。自分が女の興味を惹かないことに驚いて、マテルは目をぱちくりさせる。
クロウの正面に村長の妻が現れた。こういうのは女が一番よく知っているという事だろう。
「お食事は如何だったでしょうか?」老婆は皺だらけの顔を弛ませて笑う。
「ん? ああ、凄い御馳走だったよ。こんな旅の者にこんなにももてなしてくれるなんて、本当に申し訳ない。感謝するよ」
「そうですかそうですか」老婆が頷くと、さらに皺が震えた。
老婆の笑顔があまりにも不自然で、思わずマテルはクロウの上着の服の裾を掴んだ。
「こちらはお召し上がりにならないので?」そう言って、老婆はテーブルの上の小皿の煮物を指した。「こちらはウチの村の特産品ですよ」
しかしそれは、精力増強で有名な鳳仙ニンニクだった。船の貿易で取引される代物なので、特産品のはずがなかった。
「あ、ああ、そうらしいな。ただ、あまり食べると口が臭くなってしまうよ」
老婆は皿をクロウに押し出して微笑む。「いえいえぃ、大切なお客様の臭など私たちはちぃっとも気になりませんよぉ」
「じゃあ僕が食べるねっ」
そう言ってマテルが煮物に手を伸ばし口に放り込むが、不可思議な味に「うぅん?」と表情をしかめた。
「ではでは、今晩のお客様の寝床は、あちらに用意してあります。お食事がすんだら、どうぞごゆっくりしてくださいな……。」
「ああ……ありがとう……。」
──深夜
「何よ馬鹿にして! 女だったならそう言いなさいよ!」
「いちいち人に会うたび“女です、よろしく”とか挨拶するか!? そっちが勝手に勘違いしたんだろ!」
怒声が響き、女がクロウの寝ている場所から飛び出していった。
「まったく……。」
辺境の村ではこういう風習があった。血が濃くなるのを防ぐため、旅人が村を訪れると村の健康な女を差し出して、血が薄まった子どもを作るのだ。
「くそ、やっぱり男だと思われてた……。」
「クロウ?」と、別室で寝ていたはずのマテルが目をこすりながら部屋に入ってきた。
「何だ?」
「どうしてあのおねえさん裸だったの?」
「寝てなさい」
「でも、何だかドキドキして眠れないんだ」
マテルは体をモジモジさせながら言う。子供には鳳仙ニンニクの精力作用は効果があり過ぎるようだった。
「……やれやれ」
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