scene㊾,惜別

 翌日、マテルとクロウはネスの馬車で、ジュナタルの近くまで乗せてもらうことになった。

 馬車を前にしてクロウが言う。「結構だと言ったろう。ここまで世話になる分けにいかないよ」

「そうか、なら恩返しをさせて欲しいと言ったらどうだ?」

「恩返し?」

「そう。君のお蔭で俺は親父に一発報いる事が出来た。その恩だよ。次期領主である俺の恩返しを断るとは言うまいな?」

「……確かに、それは無理だね」

 ケリーが言う。「本当にいいのね? マテル」

「うん、僕、クロウと一緒に行くっ。父さんの故郷を見たいんだっ」

「……そう」

 御者のアミンが言う。「そろそろよろしいでしょうか、ネス様」

「ではお言葉に甘えて。……世話になったね、次期ダニエルズ侯。楽しい二日間だったよ」

「俺たちも退屈しない休暇を過ごしたよ」

 クロウは微笑んで答えると、馬車の扉を開け足をかけた。

「……なぁクロウ」

「何だい?」

「もし今俺が君を誘ったなら、答えはこの前と同じになるかい?」

 クロウは少し考えて涼しげに笑った。「閣下マイ・ロード、これからこの子を故郷に送り届けなければなりません。何より、これまで告白してきた男達が答えを心待ちにして困っております故、今度お返事をする頃にはこの恋は冷めきっているはずです。心苦しいですが、お気持ちには応えられませんわ」

 ネスが苦笑する。「これだよ。……なぁ、君ってけっこう綺麗な顔をしてるんだぜ? そんなんじゃあもったいないと思わないのかい?」

「聞き飽きたよ」そう言ってクロウは馬車に乗り込んだ。

 ネスの後ろにいたケリーが思わず吹き出した。

 御者が声をかけて手綱を振るうと、クロウとマテルの乗った馬車は地図上でジュナタルを指す場所へと出発した。

 マテルが窓から顔を出して挨拶をする。「じゃあねぇっ、おねえさん、おぢさんっ、また一緒に遊ぼうねっ」

「もちろんよ、マテルっ。また会いましょうっ」

 クロウも窓から顔を出した。「そうは言ったがね閣下っ、男としてはともかく、王としてならお前さんを愛せるかもしれないよっ」

 去っていく馬車を見送りながらネスが言う。「……褒められたのかな?」

 ケリーが笑顔で答える。「もちろんですよ」

 しばらく小さくなっていく馬車を笑顔で見送った後、ケリーが静かにネスに問いかけた。

「ネス様、あのふたり……どう思われますか?」

 馬車を眺める目を細めネスが言う。「さぁ、どうだろうね……。君はやっぱり彼女が役人を襲撃したと思うかい?」

「……わかりません」

「そうだな……わからないな」ネスはケリーに振り向いた。「だが、これだけは分かる。彼女は罪人かもしれないが、悪人じゃあないという事だ」

「はい、私もそう思います」

「……少し気になることがある。アミンが戻ったらすぐにカーギルに戻ろう。申し訳ないが、残りの休暇は返上だ。いいかい?」

「ええ」

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