scene㊽,追跡者たち

 その晩、ホワイトは同僚を連れてクロウを襲撃した村に到着していた。モーリスたちとは別行動を取っていた彼が村に到着したのは、クロウがここを訪れた翌日の夜だった。

 旅籠屋の主人に聞き込みをしているホワイトに部下の一人が訪ねる。

「……ホワイトさん」

「なんだ?」

「あの……気になったんですが、この村って……どういう場所なんでしょうか?」

 新人の役人は、ホワイトの圧力にしどろもどろしながら違和感を口にする。地図に載っていない村が、国から承認されているとは思えなかった。

「どういう場所も何も、“村”だろ」

「ええ、そうなんですが……。」新人は周囲を見渡す。どうみても村人全員が堅気という感じがしなかった。「しかしこの事件、妙じゃありませんか?」

 ホワイトは新人を向いて腕を組んだ。「妙、とはどういう意味だ?」

「え、だって……女の強盗がひとりで村を襲うなんて……ありえるんでしょうか?」

「役人を襲うくらいだ、頭のイカれた女なんだよ。……で、その女は馬車を使って逃げたという事か」

 旅籠屋の主人は「へぇ、その通りです」と頷き、そして新人の役人を気にしながらホワイトに目配せをした。

「ん? ……ああ。おいお前、向こうで別の村人の聞き込みをやってこい」とホワイトは新人に命令する。

「え? しかし誰に……。」

「自分で考えろ」

 新人が追い払らわれると、旅籠屋の主人が小さな声でホワイトに囁いた。「旦那、女の行方ですが、生き残った奴の話しによりますと、馬車が落ちた時にあの女は怪我をしたらしいです。で、それをラガモルフのガキが引っ張っていったっていうんで、そんな遠くには行っていないはずなんですが……。」

「見つからないのか?」

「ええ……。おたくらが寄こした売人の男たちもみぃんなやられちまいましたからねぇ。人手が足りないんですわ。ここいらには野犬の群れが出るんで、それに食われちまったんじゃないかってぇ奴もいるんですが」

「それだと嬉しいが、そう考えるのは都合が良すぎるな……。」

「……どうしたホワイト? 何か困りごとか?」

 そこに現れたのはモーリスだった。ファイザーを始めとした、ならず者たちを引き連れていた。

「モーリスっ……。」

 慌ててホワイトは肥満体を揺らしながらモーリスに駆け寄る。

「何やってんだモーリスっ。お前謹慎中のはずだろ?」

「構わん。何かあったら俺が勝手についてきたと言う」

「いや、しかしな……。」

「ふたりを始末すれば真相は闇の中だ。謹慎を守らなかった程度の罰則で済む。せいぜい、減給か……もしくは降格だ」

「お前……そこまでして……。」


 村で一晩明かした役人たちは村を後にした。

 クロウを一刻も早く捕えたかったモーリスたちだったが、村人たちの証言から大破した馬車を探しだしたものの、クロウの行方を突き止める事が出来きなかった。そこで、一行はふたりの目的地であるジュナタルの該当する場所へと向かうことにした。

 先頭を行くモーリスとホワイトを見ながら、部下の役人たちは小声で違和感を口にする。

「なぁ、モーリスさんって自宅謹慎中じゃなかったっけ?」

「そうだよなぁ、謹慎が解けたとも聞いてないが」

「ドレフュス部長は何て言ってるんだ?」

「それがさぁ、俺たちが出発した日の朝、部長無断欠勤してんだよ」

「あのドレフュス部長に限って無断欠勤とかあり得るのか?」

「そうだよなぁ……それに」新人の役人は後ろのゴロツキたちを振り返った。彼の眼には真っ先にファイザーの姿が入った。「あれ、ゴブリンじゃないか……。」

「モーリスさんが言うには現地の協力者ってことらしいけど……。」

「いや、密告屋を使うってのは聞くけど……多すぎないか」

 馬で先頭を行くホワイトが、後ろの部下たちの様子を気にしながらモーリスに尋ねる。

「モーリス、一体どうしたんだ?」

「“どうした”だと? 犯罪者が逃げてるんだ。追うのが役人の仕事ってもんだろう?」

「いや、そうだが……お前室長に睨まれてるんだぜ?」

「あんな腰砕けの言うことなど気にしてられるか。室内で資料を見てるだけ、それだけで事件が分かった気になってるようなボンボンの言うことなど。現場には現場のやり方というものがある。俺たちはそうやって犯人を挙げてきたんだ。ダニエルズの秩序を守ってるのは俺たちなんだぞ」

「……モーリス、お前いったい本当にどうしたんだよ」

 だがモーリスは何も答えない。

 ホワイトはモーリスの変貌を不審に思ったが、しかしモーリスならばあり得るとも思った。そもそも薬物の横流しを始めたこと自体、彼の浪費癖を補うためのものだったのに、やがてモーリスは後ろめたさを感じる仲間たちを、何より自分自身を説き伏せるために、役人の仕事は清廉潔白では有り得ない、必要悪としてやることがあるのだと主張している節があった。そんなモーリスの欺瞞を、甘い汁に預かっている時には都合良く利用していたホワイトだったが、追い詰められた今となっては、それを厄介な重荷に感じ始めていた。


 長距離の移動が予想されたため、役人たちは水辺で馬を休ませ水の補給を始めた。新人たちは夜通しの移動だったため疲れ、木陰でぐったりと眠り落ちていた。

 モーリスが集団から離れ湖の畔で顔を洗っていると、どこからか、暗く、うごめくような声が聞こえてきた。

「……リップ、フィリップ」

 モーリスが周囲を見渡す。

「……どこですか? 

 ふとモーリスが見下ろすと、湖畔の水面にモーリスの父・エミールの顔が映っていた。

 安堵してモーリスが水面の父に語りかける。「そこにいらしたんですか、父上」

「何を……している、何故……こんなところで、油を売っている」

「申し訳ありません父上。すぐに出発します……。」

「頼んだぞ、お前には……モーリス家の再興が、かかってるんだ……。」

「分かっておりますよ……父上。奴らを始末すれば何も問題はありません」

 風がさざめき、湖の水面が波たった。顔の像が歪み、エミールが苦悶の声を上げる。

「父上、大丈夫ですか?」

「あ、ああ……く苦しい、とても苦しいよ……。」

「そうですか……。」

 苦しんでる父を見てるにしては、モーリスはとても穏やかな顔をしていた。

「なぁフィリップ……。」

「何でしょうか父上?」

「どうして……どうして……。」

「……父上、不滅を願ったのは貴方ですよ」

「どうしたんだモーリス、誰と話してる?」

 後ろからホワイトが声をかけてきた。

 モーリスがホワイトの方を振り向く。そして再び湖の水面を見ると、父の姿は消えていた。

「……ん、何でもない」

「……そうか」

 モーリスが立ち上がる。

「そろそろ出発するぞ」

「おいおい、まだ休んでる最中だ。新入りどももそうだが、馬がへばっちまったらどうしようもない」

「このままだと奴らから離される一方だ。急がなきゃならん」

「モーリス、ここでの指揮官は俺だ。俺の意見に従ってもらう」

「そうか……。」

 モーリスが湖畔を振り返る。水面の父が小さく頷いていた。


「お前たち、出発するぞ」

 モーリスは部下たちの元に戻り指示を始めた。

「え? あの、ホワイト殿は?」

 突然指揮を執り始めたモーリスに困惑して部下が問う。

「ホワイトは報告の為カーギルに戻った。これからは私が指揮を執る」

 部下たちは各々顔を見合わせていたが、黙々と出発の準備を始めるモーリスに、そういうこともあるのだろうと、その後について行った。

 彼らが去った湖畔には、ホワイトの死体が残されていた。

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