scene㊻,夜の談義
その後、四人は
「悪いね、この体じゃあ満足に薪も拾えない」
「構わないさ、君とふたりきりで話をしたかったしね」
ネスは得意気に笑いながら枯れ木の枝を拾う。
「なにか訊きたいことがあるのかい?」
「なに、あれからレンジャーの登録は上手くいったのかなって」
「ああ……ダニエルズでレンジャーになるのは諦めたよ。ここのお役人さんの仕事を奪うのも心が痛むからね」
「そうか……ではどうやって生活を?」
「……なぁ、お役人さん。これは取り調べかね? 私が何をして生活してるなんてのを、洗いざらい話さなきゃらないのかい?」
「いや、失敬。どうも職業病が出てるみたいだ。少し気になっててね。レンジャーでもない君が、傷だらけで道端に倒れてたことが」
「ああ、同僚の彼女にも言ったが、強盗に襲われたんだ」
「……それは役人としては気になるな。どんな奴らだい?」
「下品なツラしたヒゲ面の男たちだ。全員人間だったね」
「……何人くらいだ?」
「マテルを抱えて無我夢中で逃げてたから覚えてないよ。四人以上はいたかな」
「……襲われる心当たりは?」
「女ひとり子供連れで旅をしてるんだ。襲われるには十分な理由さ」
「そうか……。あの坊やを連れてどこまで?」
「あの子を親父さんの故郷まで」
「どこにあるんだい?」
クロウは懐から地図を取り出した。
「この……地図にある、ダニエルズの端にある“ジュナタル”というところまで……。」
「ジュナタル? 聞いたことがないな。どれ……。」
ネスは地図を受け取り、印の箇所を見た。
「ここが……ジュナタル? 少し遠いな……。危険な旅だ、何なら馬車で途中まで送ることもできるが?」
「
「そうか……。」
「それに無頼の身といえ、この国の王に世話になるというのは恐縮して仕方がない。あのダニエルズ侯となるとなおさらだ」
ネスは首を振り苦笑する。「あの親父は剛健質実※を絵に書いたような男だからな。その上、小魚をさばくにも牛刀を使うような人でね。息子の俺だって一緒にいて息苦しいくらいさ」
(※剛健質実:真面目で飾り気がなく、心身ともに強くてたくましい様子。)
「確かに、私も今朝ダニエルズ侯と話したが、正面に立つだけで何か重りを乗せられてるような気分になったよ」
「だろう? 子供の頃からあんな風だったんだからな。少しは同情してくれ」
「お前さんに至っては、実際に殴られてるわけだからな」
「……見たのか?」
「失礼、のぞき見するつもりはなかったんだ。ただ、マテルをトイレに連れて行こうとして偶然ね」
ネスはしばらく黙々と薪を集めた。そして左の脇いっぱいに枝を抱えるとクロウを振り返った。
「父上はずるいよ、防具をつけないんだ。あんなことをされたら、俺だって存分に打ち込めない」
「……しかし、ダニエルズ侯も手加減をしてるようだったがね」
「なに?」
「傍目から見てると、ダニエルズ侯は数回お前さんの顔面に強打を打ち込むチャンスがあった。だが、そうせずにわざと大振りで防御を間に合わせたり、かすめるだけに留めていたよ」
「……それはそうかもしれないが」
「条件は同じだ。それで遅れを取ってる。多分、防具をつけても、体重差を考えたらお前さんの左突きじゃあ親父さんは止められない」
「じゃあどうしろと? 毎回俺は打ちのめされなきゃならんのか?」
「そうは言ってない。戦術の問題さ。気づいたんだが、お前さん、右を打つときに左のガードが下がってるよ」
「ああそうかい、ご指摘ありがとう。じゃあ下がらんように気をつけるよ」と、ネスはぶっきらぼうに言った。
「違う、逆だ。もっと下げるんだ」
「……何だと?」
「ダニエルズ侯は無理に突っ込んできてるようで、きちんとお前さんの動きを読んでるんだ。それなら、その読みの裏をかかないと」
薪を集め終えた一行は原っぱの真ん中で火をおこし、夕食の準備をし始めた。
「マテルはいい子にしてたかい?」と、クロウがケリーに訊ねる。
「ええ、とってもいい子っ。もう私たち、すっかり仲良しだもんね」と、マテルを抱っこしながらケリーが答えた。
「うん、僕、おねえさん大好き!」
もっとも、それはケリーというおねえさんが好きなのか、それともおねえさん全般が好きなのかは測り難かった。
「……しかし火が小さいな」
クロウが心配していると、ネスはケリーに「頼む」と火のついた枝を一本近づけた。するとケリーは両手を広げて左右の手の甲を合わせた。ケリーの左右の手の甲に半分づつ彫られた半円のタトゥーが合わさりひとつの円を形成する形になった。そして火の前でケリーが詠唱をし始めると、火が少しづつ風に吹かれたようにボッボッと強くなった。さらにケリーが口をすぼめて風を送り込むと、枝の炎が火炎放射器のように勢いよく焚き火に発射され、焚き火の炎は肉を焼ける程に大きくなった。それからネスは火の強くなった焚き火に鹿の肉をそえ丸焼きにし始めた。
炎に顔を照らされるネスが言う。「転生者様々だな。人間なら誰でも燃料なしで火を起こせる時代だ」
「……そうだな。ところでそれ、魔法陣かい?」
「ええ、直接彫ったほうが、いちいち魔法陣を作る必要がなくなるから。特殊なインクで入れた刺青よ」
「どうして半分づつ何だい?」
「ファッションよ」
無言でしばらく火を囲み肉が焼けるのを待っている最中、クロウが口を開いた。「……これ、どうやって食べるんだい?」
葡萄酒を瓶でラッパ飲みにしていたネスが言う。「うん、順番にかぶりつこうかなって。ワイルドでいいだろう?」
「ワイルドというか、原始的な気が……。」
「まぁまぁ、まだパンの残りもあるし、ソーセージだってあるんだ。あくまで肉は面白半分さ……。そろそろ焼けてきたんじゃないか?」
ネスは肉を取ると匂いを嗅ぎ、アツッアツッと言いながら口先で肉を食いちぎった。
「あつぅ!」
口に肉を含みながらネスが上を向いて言う。
「……無理なさらないでくださいね」
もう一口かじってからネスはケリーに肉を差し出した。
「え?」
口を開けるようにネスが促すが、ケリーは自分で食べられますと、肉に刺した棒を受け取って自分で食べた。
「あっつぅい」
ケリーも数口食べた後にクロウに手渡そうとする。
「申し訳ないが猫舌でね」
ケリーはああ、と納得してマテルに手渡そうとする。
「ふーふーして」
「はぁい」
ケリーは口で冷ましてからマテルに食べさせた。
「おいおい羨ましいな、俺にもやってくれないか」
しかしケリーはひと吹きしただけでネスの唇に肉を押し付けた。
「あづぅ!」
食事を終える頃、マテルがウトウトとし始めたのでクロウがマテルを揺さぶり注意をする。
「ほら、眠いならその前におしっこだ。最近おもらしが多いんだからな」
「うう~ん」
クロウはマテルの手を引いて茂みに入っていった。
戻ってきてすぐにクロウの膝の上で寝付いたマテルを見て、ケリーがクロウに訊ねる。
「……この子、おもらしが多いの?」
「ん? ああ、まだ小さいからかな」
「失礼だけど、親御さんは」
「……つい先日亡くなってね。この子を両親の故郷に送り届けてる最中なんだ」
ケリーとネスは顔を見合わせた。ふたりの中で、殺害されたラガモルフの子供だという可能性が高まっていた。
ケリーが言う。「その……おうちにいた頃はお漏らしとかは?」
「そういえば、家にいた頃はそんなことはなかったな……。どうしてだい?」
「……私ね、役人になる前は孤児院で勤めようかとも思ってる時期があって、しばらくの間、孤児院で研修をしてたことがあるの。それで……孤児院に来たばかりの子供たちの中には、結構な数でおもらしをしちゃう子がいるのよ」
「元々そういう癖のある子たちじゃないのかい?」
「違うの。親元を離されたり慣れない環境に移されたりすると、表面上は平気でも、潜在意識では不安が強くて、それがおねしょやおもらしになって出てきたりするのよ」
「……そうなのか」
「クロウさん、さっき言ったわよね? 親御さんは亡くられてるって。その向かってる故郷だけど、この子の親戚はいるの?」
「……聞いてはないな」
ケリーはネスの顔を伺ってからクロウに言う。「ねぇクロウさん、この子のこれからのことを考えない? 何も分からずに故郷に行くのでは、この子がその先どう生きていいのか分からないわ。貴女がこの子に一生つきそうわけでもないでしょう? だとしたら……。」
「だとしたら何だい?」
「だとしたら、この子を確実に安全なところで保護してもらったほうがいいんじゃないかしら?」
しかしクロウは何も答えない。
「さっきも言ったけど、私、過去に孤児院で研修をしてたから、信頼できる孤児院を知ってるのよ。……ねぇどうかしら?」
クロウは小さくため息をついて言う。「保護といえば聞こえが良いが、ただ単にゴミ箱に厄介払いしてるだけだろう? お前さん、私に一生この子につきそうのかと言ったが、お前さんだって孤児院に預けたあとに、足繁くこの子を見に行くのかい? 貴族様的な発想だな。哀れな下々の者に、慈悲を示して自己満足に浸りたいだけなんじゃないのかい」
「そんな言い方ってないわ……。」
「私はこの子の父親と約束したんだ。彼に何かあったら故郷にこの子を連れて行くと。約束は守る。昨日今日、ほんの少しの間過ごしただけの人間に指図を受けるいわれはない」
ネスが口を出す。「しかし、もうこの子の父親は亡くなってるんだろう? 約束を果たす相手がいないじゃないか」
「約束はな、けれど花は捧げられる。……遺骨の一部を持ってるから、彼の故郷にそれを埋めるのさ。そしてこの子が自分の手で父親の骨に土をかけるんだ。彼の安らかな眠りにはそれが必要なんだ」
「……それが何の意味になる?」
「意味なんてないさ。けれど、私のような無頼者は誰かとの約束の中に生きるしかないんだよ」
「それにこの子を突き合わせるのかい、それこそ自己満足というやつじゃないか?」
「じゃあ、この子に選んでもらおう。故郷に帰るか、お前さんたちの言うとおりに孤児院に行くか。言っとくが、みんなと仲良くできるとか、毎日美味しいご飯をいっぱい食べられて暖かい布団で寝られるだなんてペテンにかけるような真似はしないでくれよ。もしそうするなら、この一言を添えてくれ。“ただし、誰も会いに来る人はいない”と」
「そんな……こんな子供に決められるわけないわ」
そう言うケリーに対し、意外にもネスが意見した。「いや、俺はそうは思わないな」
「ネス様……。」
「もちろん、この子が子供だということは認める。だがね、クロウが気を失って野犬に襲われていた時、この子は彼女を守ろうと野犬に立ち向かっていたんだ。しかもただ泣き叫んで暴れてたわけじゃない。俺たちに上着を使って体を大きく見せるようアドバイスすらしてきた。この子は犬が自分より大きい動物を襲わないと知ってたんだ。それに、担架を作って彼女を運んだりと、中々見た目よりはしっかりしてる」
ネスの話を聞いてクロウは自分を恥じた。マテルに決断させると言ったものの、実際は自分もマテルを子供扱いしていたのに気づいたからだった。
「だがねクロウ、俺も基本的にはケリーに賛成なんだ。確かにこの子の幸せなんて、俺たちが責任を取れるものじゃあない。だが俺はあくまで役人であり、やがては国を統治しなければならない人間だ。まず国全体の秩序を考えたいんだ。ダニエルズには法の下の平等がある。だからこの子にもそれには従って欲しい。孤児院で戸籍を登録して、学校に通わせダニエルズの国民として権利を得るんだ。もちろん義務もね。それが秩序というものだよ」
「必ずしもそうしなければ生きていけないわけじゃない」
「かもしれないな。しかし、その場合どういう生き方になる? 道を踏み外せば、いとも簡単に窃盗や犯罪に巻き込まれる。亜人たちのコミュニティが何をやってるか俺たち役人が知らないとでも? 違法酒場の営業や、近隣の田畑から作物を盗んで生活してるだろう? この子に同じ道を歩ませるのか? 未来のある子どもを闇においてはいけない、光を当てなければならないんだ」
「モグリの酒場なのは亜人がそこでしか飲めないからだ。人間やエルフの店じゃあ、亜人お断りの所なんてざらにあるし、たとえそうでなくても亜人が飲んでるだけで眉をひそめられ喧嘩をふっかけられる。場所だって人間が捨てていった建物を使ってるんだぜ。農作物だってそうさ。農家が作りすぎて捨てようってのを頂いてるんだ。誰からも奪っちゃいない。言うなれば落ちてるものを拾ってるんだ。法の下の平等ってのはなかなか立派だが、法ができる前から人は生きてきたはずだし、そういう場所でしか生きられない奴らだっている。お前さん、光といったな。だがね、無理に世界中のすみずみまで照らす必要があるのかい? 光が強くなれば、闇だって強くなるもんだ」
「……じゃあ、不正を放っておけと?」
「何とはなしに見て見ぬふりをすればいいじゃないか。必要があれば取り締まればいいだけだ」
ケリーが言う。「それじゃあダニエルズの理念を捨ててるようなものだわ」
「“平等”の見解の違いだね。犬にも羊にも草を食わせるのか、それとも各々に合った餌を与えるのか、ということさ」
「……なるほどね。中々興味深い意見だな」
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