scene㊴,深化する怪物

 翌朝、勤務前のホワイトの自宅をモーリスが訪ねてきた。

「おお、どうしたんだモーリス? お前自宅謹慎中のはずだろう? それに何だか顔色が悪いぞ。鏡を見てみろ」

 ホワイトの言うように、モーリスの顔は青白く、髪は乱れ、ひげは剃り残しが多く、目に至っては充血していた。普段の自己愛に支えられた端正な顔色はなりを潜めている。自宅謹慎に加え、クロウが逃げたという報告がさらにモーリスを追い詰めていた。

「チクったのはヴィロンだった……。」

「何だと?」

「ヴィロンの奴が、部長たちに俺たちの事を教えたんだ」

「まさか……。」

「やばいぞ、ヴィロンはラガモルフのガキの事も部長と“腰砕け”にも教えてる。ガキが見つかったら俺たちは終わりだ」

「だが、どうするってんだ? お前は謹慎中で家からは表立って出られないし、俺だって好き勝手には動けないぞ」

「俺がガキを探す。お前は部長たちにばれないように俺をサポートしてくれ」

「しかし、家から出られないお前が一体どうやって……。」

「ガキは役人殺しの女と一緒にいる。お前は追跡の名目で女を追え。まだ女がガキとつるんでることは知られてないはずだから、別の事件を追ってると思うだろうよ。俺は俺で売人どもの手を借りる。奴らとは一蓮托生だからな」

「おいおい、大丈夫か?」

「身内といえど、証言だけで本格的な処分なんて下せるわけがない。俺が自宅謹慎で済んでるのも、他に確固たる証拠がないからだ」

「そうかもしれんが……。」

「頼んだぞ。俺たちの運命がかかってるんだ」


 正午、フェルプールの老人がフリーマーケットでの買い物を終えて帰宅すると、隣人に客が来ていることを教えられた。

「……客?」

 怪訝に思いながら老人が長屋の前にはゴブリンがいた。そして老人が長屋に入ると、そこにはモーリスとヤクの売人たちが、老人と付き合いのある近隣住民の子供たちと一緒に彼の帰りを待っていた。見知らぬよそ者のはずだったが、モーリスは子供たちが普段食べられないような菓子を与え、すっかり彼らを手なずけていた。

「お帰り。待っていたよ、ご老体」

 ある程度は覚悟していた老人だったが、想像以上に早くモーリスたちに嗅ぎつけられたことに動揺を隠せなかった。しかも、血は繋がっていないものの、彼が普段から可愛がっている近所の子供たちも一緒にいるというのも彼を恐れさせた。

「……何か、御用かな?」

「ラガモルフの子供の行方を探してる。ご老人、貴方が知ってると聞いたのでね、こちらにうかがったんだ」

「さぁ……なんのことやらな」老人は子供の背中を叩いた。「さぁ、ワシはこの人らと大切な話があるから、外へ行きなさい……。」

「おいおいおい、そりゃあないだろう。この子達のためにお菓子をいっぱい買ってきたんだ」

 モーリスが目配せすると、売人たちはバスケットからタルトケーキを取り出した。例え小汚い売人であっても、見たこともない色鮮やかなお菓子を差し出す彼らは、子供たちにとっては気のいいおじさんにしか見えない。普段はその手で合成阿片を売っているなどと夢にも思わないことだろう。子供たちは目を輝かせ彼らに近寄っていく。

「その子たちは……関係ないだろう」

「ああ、関係ないな……。全く関係ない。

 モーリスは3歳くらいのフェルプールの子供を抱え上げて作り笑いで微笑んだ。

「しかし心が痛むよ……。この子達、役所に出生届は出してるのか? 孤児だった子も大勢いるだろう? もし役人に知られたら、きっとパパやママと離れ離れになってしまうんだろうな」

「お前ら……。」

「孤児院に上手く引き取ってもらえればいいがな。下手したら浮浪児コースかもしれない。路上に眠りゴミ箱を漁って……やがて男子は窃盗団の下っ端に、女子は安宿の売春婦か……。」モーリスは演技臭い悲しげな顔で老人を見る。「まったく……心が痛む」

 今さら惜しいものなどない、昨日はそうクロウに強がった老人だったが、モーリスは彼の想像するところを超えていた。

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