scene㉔─2,ディアゴスティーノ、かく語り

「……ケッ」

 ディアゴスティーノが椅子に戻り、つまらなさそうに右手人差し指の指輪をいじっていると、また別の部下が入室してきた。

「社長」

「何だ?」

「リザヴェータさんが戻りました」

 部下の後ろには楽しそうな顔をしているリザヴェータが立っていた。

「ふふふ~。相変わらずシャチョーは見てて飽きませんね」

「リーズ、いつ戻ってきた?」

「ついさっきですよ」

「……ひとりのようだな」

「そおなんですよぉ。結局クロウさん、あそこに留まるってことらしいです」

「……俺の言ったとおりだったろ」

 ディアゴスティーノはまるで独り言のように言った。

「違いますよぉ。ホントはもう少しでここに来るはずだったんですっ。なのに寸前でトラブルが起きたんですよっ」リザヴェータは不服そうに反論する。

 ディアゴスティーノは立ち上がって机の前に回り、机に腰をもたれかけさせた。

「分かってねぇな……。」

「何がです?」

「クロウはな、馬鹿なんだよ」

 リザヴェータがキョトンとした顔をする。「……そう、なんですか?」

「ああ。……だがここで言う馬鹿ってのは広くて浅い意味での馬鹿だ。伝言ゲームが下手な奴みてぇなもんよ。普通のことを普通に反応しねぇ奴らさ。俺もそういう馬鹿は嫌いじゃあねぇんだ。身近に置いときゃあそれなりの見識を与えてくれる。……ひとりふたりならな」ディアゴスティーノは懐からナイフを取り出した。「だが、多勢集まると厄介なのよ。伝言ゲームが下手くそな奴らが巡り巡ってとんちんかんな事をやらかしやがる。愛情を与えたら憎悪で、恩を売れば仇で返す。本人たちは大真面目にやってるもんだからなおタチが悪い。今回の件だって、馬鹿な役人が大勢の馬鹿とつるんでその中の際立った馬鹿がやらかして、人のいい馬鹿が何とかしようとしたって話だろ。馬鹿が集まって知恵絞ったら、たいてい物事の手順を間違えるもんよ」

 ディアゴスティーノはナイフを投げた。ナイフは壁に掛けたダーツの的の真ん中に突き刺さった。リザヴェータが「お~」と口を丸く開いて感心する。

「クロウは知らず知らずのうちにそいういう馬鹿の集まりに身を寄せちまうんだ。居心地が良いんだろうな。だからよ、アイツがどんなに大真面目に奔走しようと、結局しょうもねぇ結果になっちまうのよ」

 リザヴェータがダーツの的のナイフを抜きに行く。

「でもですよ、それって結果論じゃないですか」

 リザヴェータはナイフを抜くと、ディアゴスティーノの隣まで下がりナイフを構えた。

「やっぱり、もうちょっと上手くやって運が良ければ、結果は違ったと思うんですよねぇ……。」

 リザヴェータがめちゃくちゃなフォームでナイフを投げた。ナイフは、的の隣の馬の油絵に突き刺さった。

「おぅい!」ディアゴスティーノの声が一オクターブほど上がった。

「あちゃ~」

 リザヴェータが小走りで油絵に駆け寄りナイフを掴んだ。

「大丈夫ですよシャチョー。これくらいの小さな傷なら、すぐにホシューできますって」

「まったくよぉ……。」

 リザヴェータは力を込めてナイフを抜こうとする。しかし、思いのほかナイフは深く刺さっており、中々引き抜くことができない。

「あれ~?」

「無茶すんなよ」

 業を煮やしたリザヴェータは、まっすぐ引っ張ってダメならと、両手で上下に揺らしながらナイフを抜こうと試みた。

「えい!」

 あらぬ方向に力を入れたせいで、ナイフは油絵をざっくりと縦に切り裂いてしまった。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~~~」ディアゴスティーノの声がまた一オクターブほど上がった。

「……やっちまったぜ」

「オメェ……。」

「大丈夫ですよシャチョー。これくらいの絵ならわたしだって描けますって」

「そういう問題じゃねぇだろ……。」

 慌てながらもマイペースにリザヴェータが話題を変える。「ああ、それでですね。実はクロウさんからお願いをウケタマワッタんです」

「……オメェが処理しろ」

「え?」

「俺は関わる気はねぇ。オメェがオメェの裁量でやれ」

「ふふふ~」

「何だ?」

「そうおっしゃると思って、あの子たちにお仕事をしてもらってます」

「そうか……。」ディアゴスティーノは自分の意図を言わずとも察する秘書に微笑んだが、すぐに何かに気づき真顔になった。「おい、仕事した後のを俺のオフィスに入れんじゃねぇぞ、てか建物に入れるな」

「失礼ですねシャチョー。あの子たちはお仕事が終わるたびに、わたしが綺麗にしてあげてるんですよ。ねぇ~?」

 そう言ってリザヴェータは肩にかけた鞄を軽く叩いた。

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