scene㉓,蛇と烏と女

 翌朝、カーギルの郊外。手配した辻馬車の前でクロウたちを待っていたリザヴェータだったが、現れたのがクロウ一人だったのを見て、キョトンとした表情で首を傾げた。

「あれ~? クロウさんお一人ですかぁ? 他の皆さんは?」

「……予定は変更だ。私はここに残る」

 昨日とは打って変わったクロウの表情だった。静かさの中に、明確な殺意があった。リザヴェータはふと周囲を見渡す。先ほどまで地面をついばんでいた小鳥たちが姿を消していた。リザヴェータはのっぴきならない事態が起こったことを察した。

「分かりました……。じゃあシャチョーにはわたしが直接伝えておきます……。」

「リザヴェータ嬢。ヘルメスに帰る手配はもういいが、代わりに頼みたいことがあるんだ」

「なんでしょ?」

「……この街、カーギルでヤクを売りさばいてるゴロツキどもの情報を仕入れてくれないか?」

「……イチオー頼んでみますけど、シャチョーが首を縦に降るかは分かりませんよ?」

「……頼む」

「……分かりましたぁ」

 クロウはそれを聞くと踵を返し帰っていった。

 リザヴェータは「結局シャチョーの言うとおりになったなぁ……。」と、ため息をついて辻馬車に乗り込み、ヘルメスへと走らせるように御者に命じた。

 そんな彼女たちの動向を後方で監視している男たちがいた。ラウルフのブロード一家だった。彼らはクロウに報復をしようと街をうろついていたところ、運良くクロウを発見していたのだった。

 しかし、彼らはクロウ相手に正面から挑んでも歯が立たないことを知っていた。なので、クロウの関係者と見られるリザヴェータの後を追うことにした。

 

 リザヴェータを乗せた馬車がヘルメスへ向けて森の中を走っていると、ラウルフを乗せた1頭の馬が馬車を追い越した。そして馬車の行く手を阻むように馬が止まると、御者は慌てて手綱を引いて馬車を停車させた。馬車の後方には二頭の馬が付けていた。

「何だお前らは!? 危ないじゃないか!」と、御者が叱責する。

「黙ってろ!」

 ラウフルは馬から降りて腰から短剣を抜き出した。そして後ろの二人に合図を送ると、彼らも馬から降りて得物を抜いた。馬車はゴロツキ三人に囲まれていた。

「騒ぐなよ……。」先頭のラウルフが御者に剣を突きつけて脅しつける。

「ちょっとぉ、どうしたんですかぁ? まだヘルメスについてませんよぉ?」緊迫した馬車の外の調子を外すように、リザヴェータが気の抜けた声で馬車のドアを開け顔を出した。

「あれ?」

 血気盛んな男達に囲まれていることを知ったリザヴェータは、首を傾げて馬車から降りた。

「えーと……アナタたちはどちらさまでしょー?」

 ラウルフは短剣の刀身で手のひらを叩きながらリザヴェータに迫る。「よぉネエチャン。アンタ、あの女とお友達みてぇだな?」

「あの女、ですか?」

「馬車に乗る前に話してた女だよ。雑種の牝猫だ」

「友達じゃあありませんよ。友達ってほどの仲じゃないというか、知り合ったばかりですからね。そりゃあクロウさんは面白そうな人ですけど、あんまりクロウさんはわたしのことを好きじゃあないみたいですし。でもアナタの言うお友達のキジュンがどういうものかとういうのにも寄りますけど、人によっては一回お茶しただけでもう友達っていう人もいるし、それに友達の友達はみんな友達みたいな、ハクアイシュギなこと言う──」

「あぁ、もう、うるせぇっ! んなこたぁどうだっていいんだよ! 取りあえず顔見知りなんだろ? 俺らはあの女に借りがあるんだ! ちょっとツラァ貸してもらうぞ」

「ツラァカシテモラウゾ? 何語ですそれ?」

「お前のガラをさらうってことだよ……。」ラウルフがリザヴェータの喉元に短剣を突きつけ囁くように脅した。

 ようやくリザヴェータが事態を把握して目を見開いた。しかし、それは驚愕のためではなかった。潤んだように不思議な光彩を放つリザヴェータの灰色の瞳は、ラウルフたちを睨んでいるようでもあり、観察しているようでもあった。

「何だぁ? ビビって固まっちまったか?」

 すると、奇妙なことにリザヴェータは朱色の革のコートをおもむろに脱ぎ始めた。コートの下は、白粉をかけた真っ白い地肌の上に、直接ベストを着用していただけだったので、リザヴェータの胸元が露わになっていた。さらにリザヴェータはベストの胸元のファスナーに指をかけ、胸の谷間を男たちに見せつける。

 そんなリザヴェータの行動にラウルフの男が苦笑する。「おいおい、ネエチャン。色仕掛けかよ。確かにアンタいい体してるが……あいにく、異種姦には興味ねぇんだ」

 リザヴェータが微笑んだ。しかしその唇は怪しく濡れ、瞳は不気味に光を放っていた。

 そして次の瞬間、男の目の前に褐色の影が飛びかかってきた。

「なん……うおぉお!? い、痛ぇえ!」

 男の唇と目元に、二匹の蛇が噛み付いていた。リザヴェータのベストの中に蛇が隠れていたのだ。それもただの蛇ではない。一噛みで12万5千匹のマウスを葬り去るという、最も強い毒を持つ猛毒蛇の内陸タイパンだった。

「あ、あああああ、ちきしょう!」 

 男は錯乱して蛇を引きはがす。

「お、おい! 大丈夫か!? 」

 男たちが慌てて近寄るが、既に毒は体内に回っていた。男は泡状の唾液を口から吹き出し体を痙攣させ地面に倒れた。

「サイモン! しっかりしろ!」

 しかし、仲間たちがそう声をかけた時には、男は白目を向いて絶命しかけていた。

「大丈夫か!? おい!」

「無駄ですよ。もうその人死んじゃいます」

 リザヴェータは気の抜けた笑い声を上げる。だがこれまでとは違い、その声には毒気があった。

 男たちは獲物を構えて叫んだ。「テ、テメェ!」

「おやおや~? たった三人でわたしたちの相手ができるんですかぁ?」

「わたし……だと?」

 突然、奇怪な音が男たちの頭上で響いた。男たちが仰ぎ見ると、森の木々には異常な数のカラスが止まっていた。すべてのカラスたちが、あたかも示し合わせたように男たちに視線を送り、その鳴き声はまるで男たちをどう攻撃するか相談しているかのようであった。

「……へ、へへ、カ、カラスかよ。ふざけやがって、焼き鳥にしてやるぜ……。」手斧を携えた男が声を震わせ虚勢を張る。

「じゃあそう伝えますね」

「なに?」

 リザヴェータは空を仰ぐと、喉を震わせ奇妙な声を上げ始めた。まるでカラスの鳴き声のようだった。そしてそのリザヴェータの声を合図にするように、一斉にカラスたちが男たちに襲いかかった。

「うおおおおおおおおおおお!」

 想像を超えたカラスの大群。男たちの視界は黒に染まった。大量のカラスの羽ばたきで旋風が巻き起こり、すれ違うカラスの爪が男たちの皮膚を切りつけた。

「クソックソ」手斧を振り回しカラスを落とそうとするラウルフの男。だが、闇雲に振り回した手斧はまったくカラスに命中しない。

「落ち着け! たかがカラスだ! それよりコイツらを操ってるあの女を殺るんだ!」

 確かに、カラスの大群と、彼らが巻き起こす風には圧倒されるものがあり、体は絶え間なく傷つけられてはいる。しかしそれは致命傷を負わせるほどではなかった。男たちはカラスをかき分けリザヴェータに歩み寄った。

「ダメですねぇ。お友達がどうなったか忘れたんですか? 足元がお留守ですよ?」

「なに? ……あ! 痛ぇ!」

 男たちはカラスに気を取られ、地面を見ていなかった。先ほど仲間を殺めたタイパンが彼らに這いより、足首に噛み付いていた。

「ああああ! ちきしょおう!」

 男たちは足首を抑え地面を転げ回った。

「クソ! クソ! 死ぬのか? なぁネエチャン、俺は死ぬのか!?」

 リザヴェータはカラスの渦の中心に立ち、そんな男たちの様を見ながら気の抜けた高笑いを上げていた。

 一方、一部始終を見ていた御者は、信じられない光景に体を震わせながら神に祈り続けていた。

「終わりましたよ、御者さん。ではヘルメスにレッツゴーです」

 そして男たちの始末を終えたリザヴェータが馬車に乗り込み全てが終わったことを知ると、御者は震える手で懐から顧客リストを取り出し、今日の客の名前を確認した。リストにはこう書かれていた。


“リザヴェータ・マツシタ”

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