scene⑰,ランペイジ
その頃、クロウはレグに教えられた、ラウルフのコミュニティに向かっていた。そこはカーギルの貧民街の一角にある、老主人の経営している漢方屋だった。棚には“ユニコーンの角”や“バジリスクの瞳”と札が貼ってある壺など、真贋定かではない怪しげな物ばかりが並んでいた。雨戸を閉め切った室内は暗く、ラウルフの老主人以外には人の気配はなかった。
サロンではあるまいし昼間から悪党が
「ねぇマスター。ここにユニコーンの角があると聞いたんだけど、本当かしら?」
壺は確認済みだった。
老人は死んだように返事をしない。黄ばんだ白い毛は、使い古された筆先のように荒れている。
「マスター、どうしてもユニコーンの角が必要なの。貴方の言い値で買いますから──」
老人が動いた。動いたというより、揺れた。
だが揺れたきり返事はなかった。
「……ねぇ、ユニコーンの角を売ってくださいな。おいくらかしら?」
「……ニセモンだよ」カウンター越しの店主は白く長い眉毛(に当たる毛)の下から、白内障で白んだ瞳を覗かせて言った。「ここにあるもんは皆ニセモンさ」
クロウが黙っていると、店主は「帰んな」と呟いた。
クロウは単刀直入に聞くことにした。
「“ブロード一家”がここにいると聞いたんだが?」
それでも老人はピクリとも動かない。
「……奴らが探してるブツの行方を知ってる」
老人が、顔を上げた。
「あるラウルフが役人から盗んだ10000ジル相当の阿片と5000ジル。その在り処を知っていてね。どうだい、この話はお前さんの興味を引かないかね?」
突然、老人は立ち上がった。そして白く濁った瞳で、見えているかどうかも定かではないがクロウを睨んだ。
「……続きを話せ」
「ギブアンドテイクと行こうか。ブツはあるが、私の方は盗んだラウルフの男の所在が知りたくってね。どこにいる?」
「小娘、質問をするのはワシだけだ。お前は答えるだけ。いいな」
老人の声は、さっきまでの掠れた声から一転、途端にドスの効いた低い声になった。
「答えるだけでいいのかい? おおっと失礼、質問してしまったよ」クロウはわざとらしくオデコを叩いた。
「……お前の言うブツはどこにある?」
「知らないよ。すまないね、実は嘘をついたんだ」
老人がクロウを睨む。毛が薄ければ、額に浮き出た血管見えていただろう。
「ご老体、取り引きができないなら駆け引きといくかね?」
「引き返せんぞ小娘」老人は天井から垂れ下がっている紐を指差す。「ワシがこれを引っ張るとどうなると思う?」
「そうだな、義理の娘がお前さんのおしめを取り替えに来るとか?」クロウは左腰の刀の鞘に触れる。「ちなみに、私がこれを握るとどうなると思う?」
「見当もつかんわ小娘」
見つめ合うふたり。老人が紐を握る。クロウは左手の逆手で抜刀。宙で回転させ順手に持ち替え横に刀を薙いだ。
老人が力を込めて引っ張る前に、紐は切断された。
老人は手中で切断された紐を見て呆然とする。
クロウはせせら笑いながら納刀する。「おっと、すまないね。もしかして漏らしてしまったか?」
「……何者だ? なぜあの男を探してる? ブツは本当に持ってるのか?」
「質問が多過ぎるよご老体。ひとつはこちらから答えよう。ブツは持ってる、ここにはないがね。で、男はどこだ?」
「……知らん。ワシらも探してる」
「じゃあ次に行こう。あの男を探す理由だが、故あって彼を助けなけらばならないんだ。私はどうだっていいのだがね」
「アレを探しとる奴らを知らんのか。どうせお前らは終わりだ。相手はチンケな売人とは違う」
「終わりかどうかは私が決めるよ。では私の質問だ。奴が行きそうな場所を知ってるかい?」
すると、遠くから男三人の足音がするのが聞こえた。
老人がシワを弛ませて言う。「こちらから呼ぶまでもなかったな。……逃げ道はないぞ」
クロウはドアを指差し痴呆老人に諭すように言う。「おじいちゃん、出口はあそこにあるでしょ?」
ドアが開いた。ラウルフの男が三人、クロウが旅籠屋で見た男たちだった。
「よぉジイさん、やっぱりアイツ──」
クロウは老人の手首を掴みカウンタにー押し付け抜刀した。
真っ黒な毛並みのラウルフが言う。「な、何だお前!」
「見て分からないか?」とクロウが答える。
「分かるか!」
「先客だよ。今日は店じまいらしい」
老人が言う。「こいつ、ブツの在り処を知っとるぞ」
「なにぃ?」
「おおっと動くな。でないとせっかく最期まで付き添えそうだったおじいちゃんの指が、体とお別れすることになる」
男が迫りクロウにすごむ。「やってみやがれ!」
老人が仰天して白内障の瞳を見開いた。
クロウが老人を見て肩をすくめる。「だとさ。敬老精神ってもんがないね。もしかして嫌われてないか?」
「お、落ち着けお前ら!」
しかし男たちは命令とは全く逆にクロウに襲い掛かった。
納刀し迎え撃つクロウ。クロウは先頭の男に、納刀したままの刀で棒術のように中段の突きを入れる。男のみぞおち鞘の先端がめり込む。次に苦悶で腰を曲げた男の顎を、刀の前後を入れ替えながら回転させ柄でカチ上げた。
次の男には前後開脚のように体勢を低くして迫り、そして鞘の先端で膝の皿を痛打。そして下腹部、みぞおち、喉元と連続して打突。男はもんどりを打って倒れた。
最後の男にはスライディングで股の間を通過。背後に付くと、振り向かずに背中越しから背骨を強かに打った。
十分に自分の技量を見せつけてからクロウは抜刀した。
「どうする? こっちはまだ抜いてすらいないんだが?」
室内には女は全くの無傷の女が立ち、男たちのか細い呻きが響いていた。
「取り引きも駆け引きもダメなら……幕引きと行こうか」
「ま、まて……。あの男の行方なら……コイツらも探して来たばかりだ」老人が若い衆に訊ねる。「おいお前たち、クレイの阿呆はどこだ」
呻きながら白い毛の男が言う。「亜人の森の酒場で飲んだくれてるって話だ」
老人が呆れたように訊く。「この状況でか? いくらアイツが阿呆だからってそんな目立つところで……。」
「なぁ、お前さんたちは一応奴の同族だろう? アイツをどうするつもりなんだ? その様子じゃあ匿おうってわけでもなさそうだが」
「当たり前だ、奴がブツを盗んだことはもう知れ渡ってる。庇い立てなんぞしたら、ワシらが危ないんだ」
「冷たいもんだな。フェルプールなら、もうちょっと同族のために協力しあうが」
老人が黄ばんだ牙をむき出して怒る。「クレイの阿呆がどうしてブツを盗んだのがバレたかわかるか? アイツが方々で自慢話をしたからだっ」
黒い毛のラウルフが口を挟む。「黙って騒ぎを見てるのが出来なかったのさ。自分のやったことだって、どうしても周囲に知って欲しかったらしい。奴ぁこう前置きすれば大丈夫だと思ったんだ。“ここだけの話だけどな”と」
クロウは言う。「確かに……度し難い馬鹿だな」
クロウは漢方屋の外に出た。日は沈み始め空は雲が覆い空気が重く湿っていた。ここから都合良く辻馬車がつかまえても、カーギルの中央を挟んでほぼ真反対にある北部の山の酒場に着く頃には日が完全に落ちてしまう。クロウは親指の爪を噛んだ。
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