scene⑮,リザヴェータ
「役人は優秀なんだろ?」
「ヘルメスは最近とてもフアンテーなんですよ。それでお先真っ暗なお役人さんたちが、シャチョーにお小遣い稼ぎのジョーホーをくれてるんですけど、中にはダニエルズのお役人さんのフセーに関するのもあるんです。シャチョーがおっしゃるには、組織が大きいほど腐敗も大きいってことらしいです」
クロウは参ったな、と呟いた。持ち主に返す方法が思いつかない。役人の誰が不正に手を染めているのかも分からなければ、返したところで罪をなすりつけられ捕まる可能性も高い。逃げようにも、役人の情報網では簡単に行方を掴まれてしまう。
「ヒジョーにユユシキジタイです。で、シャチョーからの伝言ですが、とっととダニエルズから離れろバカってことです」
「バカは余計だよ」
「ごめんなさい。ゲンブンママです」
「……なぁリザヴェータ嬢、頼まれてくれないか?」
「なんでしょ?」
「ある親子と男をヘルメスの……ディエゴの所で匿ってもらいたいんだ。あいつにしたら大した仕事じゃないはずだ」
リザヴェータは下を向いたあと口調を改めた。もっとも、相変わらず気の抜けた声ではあったが。「クロウさん、その場合、シャチョーは絶対にあることを聞いてきますよ。それは、“そいつらはフェルプールなのか?”、ということです」
「……それは」
「だとしたらむつかしいです。シャチョーは複雑な方ですが、イッポーで単純なルールをお持ちです。それは、利益をドガイシするのは同族のためだけってことです」リザヴェータはきっぱりと告げた。
「利益ならある。彼はここの亜人のコミュニティーで顔の利く男でね。コネを作れば、ディエゴがダニエルズに進出するときに役に立つはずだ」
リザヴェータは難しそうな表情で首を傾け意見する。「うーん、わたしはシャチョーの秘書ですから、今後のビジネスのテンボーも知ってるんですが、シャチョーとしては法律の厳しいダニエルズでのお仕事はあまり考えていないんです。それよりも、今はチューオーへの進出に熱心でして……。」
金なら払う、とクロウは言いたかったが、ディアゴスティーノがダニエルズの役人を睨まれる仕事を、手ごろな金額で受けるはずもなかった。
意気消沈しているクロウに、リザヴェータが訊ねる。「クロウさん、一つ聞きたいんですけど、どうしてクロウさんがヘルメスに戻らないんですか? クロウさんがヘルメスに戻っちゃえば、シャチョーはクロウさんが身を隠せるよう手を回すはずですよ? そしてクロウさんがその親子を匿っちゃえばいいじゃないですか」
クロウは腕を組んでしばらく考えてから顔を上げる。「それは……やりたくない」
「何でです?」
「……何というか、私がそれをすれば奴がそうすることは分かってるんだ。奴はそういう頼み事を私からされたら断らないというか、断れないだろう。だからこそ、そういうことはやりたくないんだ。そういう……奴の弱みを握るような真似はね」
リザヴェータは人差し指を下唇に押し付ける。「う~ん……それはクロウさんがシャチョーの弱みということですか?」
「違うよ。奴の弱みの一部ってことではあるがね」
「それダメなんですか?」
「それをやったら私はディエゴと対等ではなくなる。気位いの問題さ。借りを作って下に見られるってことじゃない。奴を侮辱するようなもんなんだ。お前さんには分からないだろうが、これは奴と私の、昔からの個人的な問題なんだよ」
リザヴェータはさらに強く人差し指を下唇に押し付けた。「わっかりませんね~」
「だろうね。きっとディエゴだってそれが分かってるから、お前さんにその提案は無駄だって言ったんじゃないのか?」
「おお~、そのとおりです。シャチョーも言ってました。あのバカはオメェがそう言っても断るに決まってやがるって」
「バカは余計だよ」
「ごめんなさい、ゲンブンママです」
「ディエゴに無駄だと言われたのに何故訊いたんだ?」
「う~ん……何といいますか、いい大人がそんな意地を張ってフゴーリなことを言うのかなぁって思いまして……。何だかそれじゃあバカみたいじゃないですか」
「バカは余計だと」
「ごめんなさい、ゲンブンママです」
「嘘をつくな」
そこへウェイトレスがスコーンと紅茶をもってやってきた。自分の前にスコーンが置かれると、リザヴェータはカバンに手を入れ、灰色の毛玉を取り出した。
「はぁーい。皆さんごはんでちゅよ~」
それは毛玉ではなかった。大きな二匹の鼠だった。
クロウがほんの少し身を引いて目を見開き、しかめ面を作る。
クロウの様子に気づいたリザヴェータが言う。「ダイジョーブですよ。この子たちは私が赤ちゃんの時から世話をしてて、セーケツな所で育ててるんです。ばい菌なんてありませんから」
スコーンのクズを食べる鼠たちをまるで自分の娘たちのように眺めるリザヴェータ。クロウは相変わらずテーブルから身を引いていた。
リザヴェータが言う。「でもですよクロウさん。ユーセンジュンイを考えなくっちゃいけませんよ。確かにクロウさんとシャチョーの間には立ち入れないものがあるかもしれません。でも、クロウさんにとっていま大切なのは、その親子の守ることですよね? だとしたら、コチコチの意地を通してる場合じゃあないんじゃないですか?」
クロウは腕を組んでうつむく。
「大切な方たち何ですよね?」
「……それは、そうだな」
クロウにとってあの親子との生活は、独りで生きてきた時とはまた違ったルールで作り直さなければならない者だった。水桶の重さがこれまでとは違ったように。
リザヴェータは音を立てずに柏手を打って微笑む。「決まりですね。じゃ、さっそくシャチョーに連絡入れます。ここを発つのはいつにします?」
「準備が出来たらすぐにでも。……これもディエゴの計算のうちか?」
「い~え~。シャチョーに言われたのは、“オメェがあのバカを説得できるってんならやってみろ”、てだけです」
「それも原文ママかい」
「わたしがちょっとシューセーして、シャチョーが言ったっぽくしてみました」
ふたりが外に出ると、日はまだ正午を少し過ぎだけだったのでまだ高かった。だが、これからリザヴェータがディアゴスティーノの元に戻るのであれば、夜遅くなるだろう。
「これからヘルメスに戻るのか? 時間がかかってしまうな」
「ふふふふ~。わたしが使いに出されたのはユエあってですよクロウさん」と、リザヴェーダが得意げに微笑んだ。
リザヴェータは右手人差し指を曲げるとそれを口に含み、指笛でリズミカルに甲高い音を奏でた。すると、喫茶店の屋根に止まっていた大きなカラスがリザヴェータの肩に舞い降りてきた。リザヴェータがよしよ~しとカラスの頭を撫でる。
「このコに言付けを頼むんです。とってもオリコーなんですよ」
「……手紙をくくりつけるのではなくて?」
「違います」リザヴェータはオホンと咳払いをする。「小鳥より、親愛なる友人へ、小鳥の花、受理されたため一番で品物を金庫へ送ります、繰り返す、小鳥の花、受理されたため一番で品物を金庫へ送ります。シャチョー、私の勝ちでしたね」
リザヴェータが再びカラスの頭を撫でると、カラスは目を光らせて飛び立っていった。
「法術……か?」
「ちょっと違いますね、まぁわたしの特技です」
「……暗号のようだが、最後のはアドリブみたいだな」
「分かります? シャチョーがクロウさんが戻るのは絶対ない、て言ってましたからね」
「そうか、私にも奴にも想定外のことだ。だが背に腹は変えられない。すぐに準備をするよ」
「はいクロウさん。こちらでお待ちしております」
「まだ残るのか?」
「わたしも辻馬車※でクロウさんたちと一緒にヘルメスまでお供します。シャチョーに皆さんのドーコーをホーコクしなきゃいけませんから」
「分かった。……だがお前さん、大丈夫か? もしかしたら危険な旅路になるかもしれないんだぞ?」
「ふふ~ん。クロウさん、言ったでしょ? わたしが使いに出されたのはユエあってだって」
腰に手を当てるリザヴェータだったが、立ち姿や歩き姿を見ても彼女に武術の心得があるようには見えなかった。細く筋の通った高い鼻は、殴られれば簡単にへし折れそうだ。しかし、彼女の言うように理由もなくディアゴスティーノが選ぶはずもなく、クロウはその言葉を信じることにした。
(辻馬車:道端等に待機し、賃金で客を指定の目的地まで運ぶ馬車。)
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