scene㉒,灰と骨
クロウとマテルは燃え盛る炎を眺めていた。太陽は山と山の間に沈みかけ、まもなく周囲は焚き火しか照らすものがなくなろうとしている。
クロウは自分のすぐ横に立つマテルを見ることができなかった。いったい、この幼い
クロウは懐から地図を出して広げ、炎の光でそれを見た。地図はダニエルズ侯国のものだった。地図の端には未開拓の平野があり、そこには「ジェナタル」と書かれてあった。クロウはマテルを見た。青みを帯びた灰色の毛並みと、黒曜石のように純粋な黒の瞳は、炎の朱を反射させていた。表情一つ変えないこの子は、思ったより気丈なのかもしれない。クロウは再び炎を見た。
夜が深まった頃、焚き火が完全に消えるとクロウは棒で灰を掛け分け、触れても大丈夫だということを確認した。そして
マテルの灰をかき分ける手は、父の骨を前にしてすぐに止まった。薪の燃えカスとはまるで違っている。遺骨は改めて幼子に父の死を宣告していた。
「全部は無理だ。持てる分だけ入れるんだ」マテルの動揺を知りつつも、感情を殺してクロウは告げる。自分まで取り乱すわけにはいかなかった。
クロウが言うと、マテルは骨を拾い始めた。
「せめて……つま先から順に、頭までの一部が収まるように。そうすれば、親父さんの全身が……壺の中にいることになる」
マテルは頷いて、つま先の指の先の骨を、そして順に父の骨の欠片を拾い集めた。
骨を拾いながらマテルが訊ねる。「残りは?」
クロウは親子の家の裏にある巨木を見た。
「あの根元に埋めよう」
クロウはマテルを森のさらに深い場所へと連れて行き、そこで一夜を過ごすことにした。あそこに長居しては役人の手が再び回る恐れがあった。
山の斜面が侵食され、大木の根っこが屋根のようにむき出しになり、身を隠すのに最適な場所にふたりは身を潜めた。食欲のないマテルだったが、ミルクと一欠片のビスケットを何とか口にして、毛布に包まりに横たわった。
父を焼いてここに来るまで、マテルは涙一つ見せなかった。これからの旅路に、余計な子守が必要がないかもと思っていたクロウだったが、深夜に少年のすすり泣く声で目を覚ました。
「……大丈夫か?」
そういうものの、父を殺されて平気な子供などいるわけがない。クロウに言われ、より一層マテルの泣き声は大きくなった。
クロウは自分が寝ている場所から起き上がると、マテルの包まっている毛布を解いて抱きしめた。
「偉いな……。ずっと我慢していたのか」
マテルはただ泣くだけだった。しゃっくりのような甲高い呼吸音が、か細く響いた。
マテルが鼻をすする。「父さんが夢に……。」
「そうか……。なんて言っていた?」
「なにも……。ベッドの下に僕が隠れていたら、血まみれの父さんが倒れてきて……。」恐怖を思い出したマテルの声は、冷たく震えていた。
クロウはマテルを強く抱きしめた。「すまない。何も言わなくていい」
それ以上は言わせるわけにはいかなかった。何より、これ以上この子を不安にさせておくのも。クロウは木に立てかけた刀を見た。
マテルが寝静まると、クロウは刀を手に取り抜刀し、刀身に月の光を映した。
蒼く光る刀は、クロウの中に溢れる感情を悲しみから怒りへと塗り換えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます