scene㉝,モーリス、大いに語る

「でかしたぞ!」

 クロウが完全に抵抗することが叶わなくなったことを知ると、モーリスが大きく柏手かしわでを一つ打って喜びを表した。

 ホールには表にいたモーリスの他の部下たちも入ってきていた。

 モーリスは先ほどとはうって変わって、余裕を見せながらクロウに近づく。

「どうしたクロウとやら? 幻影ファントムでも拘束されるんだな?」

 クロウは床に伏せたままで首を上げモーリスを睨む。モーリスは「ふぅっ」と、肩をすくめてわざとらしく震えてみせた。

 余裕を見せるものの、完全に近づくのは怖いようで、モーリスはファイザーの所までで立ち止まると、ファイザーの肩に手を置き、テーブルに手を打ち付けられたままのロウズを振り返った。

「どうだ? みたか? 見事なもんだろう? さすが私が見込んだだけのことはある。言ったはずだ、私はレイシストではない。リアリストなのだと。能力のある者にはしかるべき評価を与える男さ。確かに、こいつら亜人は私たちに比べて劣っている。それは脳の構造から見て明らかだ」モーリスは頭一つ低いファイザーの頭部を見た。「戦時中はこいつら亜人の解剖が盛んでな、特にゴブリンはが豊富だったから、戦前とは比べ物にならないくらいの研究が進んだんだ。結果、私たちと亜人には脳の大きさだけではなく、形にも違いがあることが分かったのさ。例えば、私たちやエルフは理性や創造性を司る部分が脳の大部分を占める。反面こいつら亜人は本能を司る部分が多いんだ。獣に近いと言っていい。だが、稀にこういう奴が現れる」モーリスはファイザーに尊大な笑顔を向ける。「そして、そういう奴にはしかるべき評価が与えられるべきなんだ」

 モーリスは用心深くクロウとの間を詰めた。

「で、一体お前はどういう頭の構造をしているんだろうな? ええ? 半分人間で、半分亜人のお前は。しかし、こんな所にひとりで無謀にも飛び込んでくるんだ。あまり理性が働いているとは言い難いな?」

 クロウが見上げたままで答える。「ああ、あまり働いてないな、今は。お前さんを八つ裂きにしたい気持ちで頭がいっぱいだ」 

 モーリスはクロウに近づき、頭を蹴り飛ばした。

「これで冷静になったか?」

「冷やすなら水でも持ってこいよ。創造性とやらに欠けるな、人間なのに」

 モーリスの顔が険しくなり、さらにクロウの顔を踏みつけようと足を上げた。

「理性も欠いてるのかな? 学説が覆りそうだ」

 モーリスは足を下ろし、冷静であるよう努めながら訊く。「……で、お前はどうしてここまでノコノコ顔を出した?」

「どうして? お前、自分が何をしたのか忘れたのか」

「覚えているさ。人間はお前ら亜人と比べて記憶力も良い。だが、だからといってここまで分かりやすく餌に食いつくとも思わなかった。予想通り過ぎてな」

「部下が斬られるのも予想通りか?」

「……いちいち上げ足を取るな」

 クロウはうつ伏せから仰向けになり体を起こした。

「お前さんの言う、頭の構造がどうこうは知らない。友人を殺されたんだ。恐れるなら返り討ちに合うことよりも、友の死を仕方ないと受け入れることだ」

「まさか……お前のような下賤の輩が名誉を口にするわけではないよな」

「お前さんのその横柄さは最新の科学に裏打ちされてるものなのかい? それとも前時代的な貴族様の発想なのかな? 科学だなんだ言って、本当は気に入らない奴らに棍棒を振り回してるだけじゃないか。結局お前さんはそういう奴なんだよ。必然性があって亜人を嫌ってるわけじゃない。亜人を嫌いたくて理由を探してるだけだ」

 モーリスはクロウを睨むと、部下にクロウの口に猿ぐつわするように命じた。

「愚かな奴だよ。気取って見せてはいるが、結局はこのザマだ。たかが亜人ひとりの復讐のためにな」

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