scene㉛,アンダーテイカー

 女・クロウが迫るとモーリスは席を立ち後ろに下がった。

 クロウは空いたモーリスの席に座ると、「食べても?」と料理を指差した。 

 モーリスは何も言わなかったがクロウはナイフとフォークを手にとった。

 クロウはステーキの真ん中に直接フォークを突きたて、肉の塊を口に運んで食いちぎった。テーブルマナーもへったくれもなかった。

「肉が冷たいな……。」クロウが咀嚼しながら言う。

「レアだからな……。」モーリスが言う。

 クロウは突き刺したステーキを振り回す。「レアってのは赤身の部分に熱を通した料理法を言うんだよ。これじゃあ文字通りの“レア”だ」

 次にクロウは皿のスープに鼻を近づけ、音を立てながら臭いを嗅いだ。

「魚介類のコンソメか。……それ以外にも何かあるな。……ウミガメか」クロウはスープの中のラビオリを直接指でつまんで口に入れた。ラビオリを口の中ですり潰して言う。「……アワビねぇ」

 クロウはさらにスープ皿を丼のように直接手に取り、皿に口をつけスープを音を立ててすすった。そしてため息を着くと、「凡庸」と皿を傾け真紅の絨毯の上にスープを捨てた。

「ヒレ肉にフォアグラ、ウミガメのコンソメにアワビのラビオリ、ニシンはパイ。とにかく盛ればいいって安直な発想だ。典型的な貴族趣味だね。十人のシェフにこの材料を渡したら、十人がこの献立を思いつく」

 最後にクロウはグラスを取ってシェリー酒に口を付けた。一口で飲み干すと、「酒はいい」と言って微笑み、グラスを後方に投げ捨てた。後ろでクリスタルのグラス(500ジル)が割れる軽い音がした。

 男たちはこの状況がいまいち飲み込めなかった。何とかモーリスが「絨毯を汚すな……。」と口にする。

 クロウが牙をチラつかせ嘲笑する。「お前さんがその心配することはない。どうせ絨毯は全部取り替えなきゃならなくなるんだから――」

 そう話すクロウの背後では、モーリスの部下がバールを振り上げていた。

 即頭部を狙った横薙ぎの一撃。

 クロウは上半身をテーブルに伏せてそれを躱した。

 バールが後頭部スレスレを通り過ぎると、クロウはテーブルの上のフォークとスプーンを掴み後ろの男の太ももにフォークを、スプーンの柄を男の右目に突き立てた。

「うぎゃあ!」

 痛みのあまり男がうずくまる。

 クロウはテーブルマナーどおりに、外側から順にナイフとフォークを次々に男の体に突きたてた。男は痛みで悶絶し絨毯の上を転げまわった。

 もうひとりの部下が、モップを棒がわりにしてクロウに突きを放つ。クロウは逆手で抜刀し、棒の柄の先端を正確に刃で切り込んだ。棒は縦から真っ二つに割れ、棒を握る男の指が切断され、クロウが刀を振り切ると男の顔面が縦に割れた。

 部下たちを始末すると、クロウは一歩一歩モーリスのもとへ迫った。モーリスが壁際まで追い詰められていく。

 逆だった毛のせいだろうか、それとも姿勢の変化だろうか。モーリスは一歩一歩クロウが迫るごとに、彼女の体が大きくなっているような錯覚に見舞われた。

「たかが亜人一人のために、私を殺すのか? 散々私の部下を殺しといてっ」

「……あれは必要経費さ、対価は支払ってもらう。お前さんの命でね」

 モーリスはロウズの「行動原理が分からない」という言葉を思い出した。

「役人の私に手をかければどうなるか分からないか? すぐに同僚がお前を追い詰める。役人殺しなら領地を越えても追っ手が来るぞ」

「そこにいる男……。」クロウがロウズを見る。「あいつ、ヤクのブローカーだろ? そんな奴とお前さんがこんな所で何やってたか、知られちゃあ不都合なことがあるんじゃないか?」

 モーリスが低く呻いた。

「さて、辞世の句も遺言も聞く気はない」クロウは刀を振り上げた。「とっとと終わらせよう」

 恐怖で目をつぶりモーリスは叫んだ。だが、その口から出たのは命乞いではなかった。

「とっとと殺れアンダーテイカー! 私が死ぬまで様子見するつもりか!?」

 突然、クロウは背中に寒気を感じた。

 地面に伏せるようにして振り向きざまの一閃を放つクロウ。

 横薙ぎは空を斬ったが、背後からの刺突の一撃もクロウの頭上をかすめた。

 背後から襲いかかった男はバク転とバク宙を繰り返しクロウから距離をとった。

 一体いつ背後を取られたのか。ダンジョンの闇に潜むモンスターさえも察知できる自分の五感が、気配をまったく感じられなかったことにクロウは驚きを隠せなかった。

 男はむくりと立ち上がりながら言う。「困るな。もう少しでファントムを始末できたのに、貴様のせいで殺気を気取られてしまった」

 緑色の皮膚に尖った耳――ゴブリンだった。

 身長は165センチ程度。ゴブリンにしては背が高い。

 しかし、体つきはアンバランスというわけではない。むしろ均整のとれた骨格をしていた。こと背筋が並外れており、隆起が服の上からでも見て取れた。今まさに立とうとする姿も、体の軸の筋肉がしっかりと鍛え上げられているため、その動作だけで男の身体能力の高さがうかがい知れた。

 服装は喪服のような上下黒のスーツ、両手にはさい※が握られている。

(釵:鍔の部分から鉄の棒がフォークのように三叉に別れて伸びる武器。真ん中の長い刃を刺突に利用したり、柄の部分を打撃に利用したり、又の部分で刃を受け止めたりできる)

 頭髪は全くないが、形の良い頭をしている。

 彫りが深いため表情は物憂げだった。その彫りの陰からのぞく夕日のような橙色の瞳が、さらに男の憂鬱さを強調していた。

「“アンダーテイカー”、聞いたことがあるよ。確かにアンダーテイカー葬儀屋っぽいな。その上下黒のスーツなんか特に。しかしまぁ奇遇だねぇ。幽霊ファントム葬儀屋アンダーテイカーか。さしずめここはセレモニー会場ってとこかな?」

 話しながらクロウはゴブリンを眺める。

 躰――今の身のこなしから、体術・体さばきはかなり優れていそうだ。

 得物――おそらく刺突特化。あの体格からするに、力任せではなく急所を狙ってくるはずだ。三叉に分かれているのはあの部分で相手の得物を絡め取るためだろう。よく似た武器をリザードマンの国で見た。だが左手の握りが全く逆になっている。左腕の内側で攻撃を防ぐのか?

「……戦力分析は済んだか?」ゴブリンが口を開いた。声もどこか物憂げだった。

「……お前さん、確か賞金首だろう? どうして役人と組むんだ?」

「貴様に個人的に用がある」

「へぇ……。どうにも最近ゴブリンと縁があるようだ」

「……どういう意味だ?」

「アンダーテイカー以外に、俺の通り名を知ってるか?」

「アンダーテイカーの他には……そうそうホーネットスズメバチってのも聞いたことがある。確か……ファイザー・“ホーネット”・ダイアウル……。」そこで言うと、クロウは片眉を釣り上げてファイザーを見た。「なるほどね……。」

 しかし、ファイザーは物憂げな表情をピクリとも動かさなかった。

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