Bonus track:Dead men tell tales,5‐2

 クロウは反応に悟られぬよう、棺のタイソンの亡骸に視線を移した。

「タイソン殿は、どこか異国で長いあいだ暮らしていたということは?」

「いいえ、存じ上げておりませんわ」

「そうですか……。」

「……ミセス・タイソン」と、クロウが言う。「では私はこれで失礼します。ご主人のご冥福をお祈りします」

 タイソンの妻はクロウの方を向き直り、薄目を開けて会釈をした。クロウはでは、とその場を去っていった。


「クロウ殿!」

 教会のある丘を下り、林道を歩いているクロウにミラーが追いすがってきた。ミラーの小脇には、布で巻かれた棒のようなものがあった。振り向いたクロウの猫目は細く鋭くなっていた。

「どうしたんだい? 何か私に用かい?」

「ああ、聞いているかもしれないが、私は亡くなったタイソンと一緒にある事件を追っていてね……。」

「それが私に何か関係が?」

「実はその事件というのが、貴女のような転生者の子供をつけ狙った連続殺人事件でね」

「ほう……。」

「それで、亡くなったタイソンとも付き合いがあった貴女ならば、下手人の手が及んでもおかしくはないと心配になってね」

「おや、随分とお優しいのだね、貴族殿。こんな無頼者にも気をかけてくれるなんて」

「貴族の使命として当然のことだ」得意気にミラーは言う。「何よりもタイソンもそう望んでいるはずだ」

「ありがとう。けれど大丈夫さ。これまでひとりでやってきたんだ。今さら他人ひとの世話になる気もないよ」

「大した自信だな? 相手は“不死のユーニ”を殺ったというのに」

「“不死”が何だって言うんだい? 幽霊ファントムがいるのはその先だぜ?」

 ほほう、とミラーが感心したように顎鬚を撫でた。何気ない会話をしているようだが、彼は事あるごとに周囲を気にしていた。

「ところで、私が雑種だとどこで聞いた?」

「え? ああ、タイソン殿が言っていたのだよ、最期の晩に。それで貴女のことが気がかりだとね」

「なるほど……。ところで、私もタイソンから色々と聞いててね。吟遊詩人というのを彼が探していたようだったが、それが何か分かったかね」

「吟遊詩人?」

「ああ……。」

「……いや、知らないな。知らない」

 クロウはそうか、と頷いた。しかし、ミラーの反応が大げさだったことも感じ取っていた。

 ミラーは立ち止まり、顔を下げ小脇に抱えていたウィンチェスターM1897の様子を確認して顔を上げた。「ところで……貴女は吟遊詩人に関して何か……。」

 顔を上げたミラーは息を飲んだ。クロウの構えたコルト・シングル・アクション・アーミーの銃口が、自分の方を向いていたからだ。

?」クロウは見透かしたような笑いを浮かべた。「お前さん、これが何か知ってるな?」

「な、なんのことだ? そんな奇妙なものを向けられたら、誰だって……。」

 クロウが撃鉄を起こす。ミラーは再び息を飲んだ。

「……次に私が何をするか分かるか?」

「一体何のことやら……。」

「とぼけるのは無しにしようぜ。私が次にやろうとしていることをやめて欲しかったら、大人しくその小脇に抱えたものを地面に置くんだね」

 しばらく様子を伺おうとしたミラーだったが、クロウが銃口を振って指図すると仕方なく布包みのショットガンを地面に置いた。クロウがさらに足で蹴るように指図すると、ミラーはショットガンを蹴って自分との距離を広げた。クロウはそのショットガンを拾って、茂みに投げ捨てた。

「さて……。」クロウが銃口を上にあげた。


「ところでこれ、どうやって使えばいいんだい?」

 クロウは照れくさそうに首を傾げて微笑んだ。


「こぉのアバズレがぁ!」ミラーが剣を抜いてクロウにおどりかかった。


 クロウは軽やかに身を返し、ミラーの攻撃を躱した。続くミラーの上段切りを左手の逆手で抜刀して受け止めるも、片手のクロウはミラーに押し込まれていった。

 クロウが露骨にミラーの横に拳銃を投げ捨てると、ミラーはクロウの腹を蹴飛ばし、必死の形相でそれを拾った。

 すぐにクロウに向き直って拳銃を構えるミラー。彼の正面には片膝をついて刀を地面に水平に構えるクロウの姿があった。

「!?」

 ミラーは慌てて両手で握った拳銃の引き金に力を入れるも、力が一向に入らなかった。そして鋭い音がミラーの耳を突いたかと思うと、拳銃がミラーの手の中で真ん中から真っ二つに分割された。漫然とピースメーカーの断面を凝視するミラー。すると、拳銃の次はミラーの拳銃を握っていた指先が、ほどけるように体から離れ地面に落ちた。

 そしてミラーが自分の身に起きているさらに重大なことに気づく前に、彼の体は朝積みの新鮮な果物に包丁を入れたような瑞々しい音をあげながら、脳天から股下まで一直線に両断された。分かたれた左右の半身は、パッカリと左右に広がって地面にたおれた。


 残身のままクロウが言う。

「ファントムには届かなかったね」


 そしてクロウは刀を振るってマントで刀を拭うと、掌の中で刀を一回転させてから納刀した。


 ミラーの死体に背を向け颯爽と去りながらクロウは言った。

伝言ことづけはしっかり受け取ったぜ、タイソン」



Bonus track:Dead men tell tales 完



 エピローグ


 ベンズ村には教会が二つあった。三年前に建てられた、石とセメント造りの新しい教会と、戦前からある木造の古びた教会だ。後者は取り壊しが検討されていたが、信心深い者からの反対と、単純に手間だということで、取り壊しの計画はなあなあになり、そのまま長いこと放置されている建物だった。そこに珍しい人影があった。ベンズ村一帯を仕切る、ヤクザのディアゴスティーノだ。また洒落者のディアゴスティーノにしては珍しく、今日の彼は地味な厚手のフードを被っていた。そもそも、教会に入ること自体がディアゴスティーノにとっては珍しかった。

 ディアゴスティーノは礼拝堂の中を見渡すと、祭壇から一番遠い室内の端に座った。


「オメェ、ここから出てけって言っただろう」

「……大した切り札持ってたんだな」

「使う気何ざなかったよ。あのエルフがしくじっちまって、いざってぇ時にしか考えてなかった。まぁ、そのいざってぇのをやらかしたのがオメェなんだがな」

 闇の中で笑う声がした。

 ディアゴスティーノはロランが死んだ後、ダニエルズといった周辺の領主たちにロルフも偽札作りに関与していたという証拠をリークしていた。結果、王の判断でロルフも領主の資格がないとして、跡取りのいなくなったヘルメス家は取り潰しが決まったのだった。その騒ぎの中で、ロルフ殺害は彼がゴブリン狩りに失敗しただの諸説が入り乱れ、結局捜査はうやむやになっていた。

「で、今日は何のようだ。のこのこ帰ってきやがって」

「……仕事を頼みたい。あることを調べて欲しいんだ」

「オメェ、いい加減にしろよ。俺のこと便利屋か何かと思ってんのか?」

「頼むよ。話だけでも聞いてくれて、それでお前さんが難色を示せば他を当たるし、報酬に関しては預けた金を当ててくれていい」

「……で、何を調べりゃいいんだ」

「“吟遊詩人”に関して調べて欲しいんだ」

「……旅芸人のことじゃあねぇよな」

「もちろん」

 ディアゴスティーノはしばらく沈黙した。懐から煙草を取り出す仕草をしたが、教会の中であることを思い出してやめた。

「クロウよ、オメェ俺がどうしてここまで成り上がったか分かるか?」

「そりゃあ、お前さんは頭も良かったし胆力もあったからな。その二つがあって後は運が良けりゃあ不思議な話でもないさ」

「ありがとよ、褒め言葉と受け取っとくぜ。だがな、そうじゃあねぇのよ。頭も良くて胆力もある奴なんざ、俺以外にもわんさかいるのさ。頭も胆力もそりゃあ必要だが、それだけじゃあないのよ。必要なのはなぁ、クロウ、やべぇことがやべぇって事前に察知できる事なのさ。虎穴に入らずんば虎子を得ずってのは東方の言葉だがぁ、虎の穴入って虎の子が必ず得られるんなら誰だって入るさ。逆に必ず死ぬってんなら誰も入らねぇ。大事なのはその違いがわかるかどうかよ。俺はあのエルフのボンボンと仕事をするときに、こっから先はやべぇってのには手を出さなかった。つまりは偽札作りだわな。だから俺は生き残った」

 ディアゴスティーノは一旦話を止めて闇の中にいるクロウを見た。クロウは黙って聞いていた。

「クロウよ、オメェの言う吟遊詩人ってのにはやべぇ臭いがするんだよ。もし、これを調べる中で俺の身に危険がありそうなら、すぐにでも俺は手を引く」

「もちろんそうしてくれ」

「それだけじゃあねぇ。必要があれば、俺は身を守るためにオメェを売るかもしれねぇってことだよ」

「……乗り出した船だ。仕方ないだろう」

 ディアゴスティーノはそうかよ、と言って立ち上がった。

 教会の出入り口扉に手をかけたディアゴスティーノが立ち止まり、何かを言いたげに振り返った。

「メルおばさんの命日にはまた帰るよ」

 ディアゴスティーノは頷いて去っていった。

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