Bonus track:Dead men tell tales,4‐3

 ミラーが腰の剣に手をやると、タイソンは手でそれを制した。無闇に刺激しない方が得策であるという判断からだ。

「よぉ、お前ら。どうやらアッシらの事をカモだと思い込んでるようだが見当違いだぜ。有り金は置いておく、だからとっとと道を空けな」

 タイソンは自分の懐から小袋を取り出し、さらにミラーにも財布を出すように促した。ミラーは不満げだったが、仕方なく財布を取り出すとタイソンに渡し、タイソンはそれを正面の賊の足元に放り投げた。

「それをもって消えるんだな。オメエらの為でもあるんだぜ?」

 だが、賊の様子に変化はなかった。

「言っとくが、ここにいる方はお役人様なんだぜ? 役人に手ぇ出したらどれくらいまずいか、それが分かんねぇお前らじゃあないだろう?」

 それでも、賊の様子に変化はなかった。

 異変を感じたタイソンは背後にいるミラーに言う。「旦那ぁ……どうやら思ったよりもやべぇ……ぐぅ!?」

 腹部に鋭い激痛が走った。タイソンは腹部を見るとそこには信じがたい光景があった。彼の腹から剣が突き出ていたのだ。何よりその剣は、他でもないミラーのものだった。

 振り向くタイソン。そこには自分の体に剣を突き立てるミラーの姿があった。

「だ、旦那ぁ……これは……一体?」

 剣が抜かれるとタイソンはうつ伏せに倒れ、地面には勢いよく血だまりが広がった。

「タイソン……お前がここまで嗅ぎつけるとは予想外だった」

「だ……旦那……まさか……。」

 タイソンは闇に染まったミラーの表情を見上げた。それは今までタイソンが見た事のないものだった。

「ど、どうして……なぜ……。」

「……お前はさっき言ったな、私の息子とお前の子供が肩を並べて仕事をできる社会になったと……。」ミラーはため息をついて首を振った。「

「……旦那?」

「王の子は王、料理人の子は料理人になるべき定めがあるのだ。蛇は鳥にはなれん。人は生まれついてなるべきものになり。それが秩序というものだというのに……。あの戦争以来、世界は狂ってしまった。身分を、分をわきまえず、自分本位に世の調和を乱そうとする者ばかりだ……。ヘルメス侯がいい例ではないか。誉れある武門の家柄だったエルフが、金策に我を忘れついには破滅してしまったのだ」

 失血で息を切らしながらタイソンはミラーを見上げ続ける。

「秩序は、守らなければならん。それが貴族として生まれついた私の定めなのだ。世にあるまじき転生者の種を刈り取るのはその一環だ」

 タイソンは呆然とミラーの話を聞いていた。そして、ミラーが話し終わると弱々しく笑い声を上げ始めた。

「い、いやぁ、旦那も水くせぇですぜ、まったく」ゆっくりとタイソンは立ち上がった。「遠慮せずに言ってくれりゃあ、アッシだって察してこの件からは手を引きましたぜぇ?」

 腹部を抑えていたが、手の隙間からは絶え間なく血が流れ続けていた。ミラーの剣は、彼の体内の重要な血管を傷つけていた。

 既に自力では立ち続けることができなかったので、タイソンは壁に身を寄せ、そしてミラーに背を向けその場をさろうとした。「こ、このことはアッシも内密にしておきます。いや、今夜限り忘れやすよ……。だから……だから……。」

「……タイソン」ミラーが言う。

 壁に体をこすりつけるようにしながら、タイソンは必死に歩く。「帰んなきゃ……なんねぇんです。すぐに帰ると……女房と倅には言ってますから……。」

「タイソンっ」

「頼みます……旦那……。アッシは何も知りやせん。だから、家に帰してくだせぇ……後生ですから……旦那」

 悲痛に懇願するタイソンの背中に、ミラーは再び剣を突き立てた。タイソンが苦痛にみちた悲鳴を上げる。

「タイソンっ、お前は優秀すぎたのだっ」

「あ……あ、あ……。」

「お前が……お前がこんなことには!」

 声を抑えようとしていたミラーだったが、感情がそれを許さず声量は大きくなっていた。それは怒りにも悲しみにも、そして後悔にも似ていた。

 タイソンは再び倒れ、呼吸も微かになり、後は事切れるのを待つばかりになっていた。

「あ……あ……。」タイソンが何かを伝えようと、ミラーを見上げ口を動かしていた。

「……何だ?」

 ミラーはタイソンに顔を近づけた。タイソンは仕切りに何か、異国の言語のようなものを呟き続けていた。

「何だ、それは?」

 ミラーが問うも、目尻に涙を浮かべながらタイソンはその言葉を繰り返すばかりだった。タイソンの言っている事をミラーが真似すると、タイソンは小さく頷いた。

「……分かった、伝えておこう」

 ミラーがそう言うと、タイソンは安心したかのように息を引き取った。

 ミラーはタイソンを見続けた。光の消えた瞳は夜空を見続けていた。複雑な感情が彼の中にはあった。これまでは使命なのだと自分に言い聞かせて手を汚してきたものの、目の前の男に対してはどんな言葉でも彼を納得させることはできなかった。膝を付こうとも思ったが、今まさに自分で殺しておきながら祈りを捧げるのはあまりにも欺瞞が過ぎることも分かっていた。


「……済んだかぁ?」

 暗闇から、嘲りが染み付いたような声が聞こえた。タイソンがその方向を振り向くと、そこにはゴブリンのバクスター・ダイアウルフの姿があった。

「……ああ」

「アンタァ、無用心だぜぇ。こんなみてぇな奴に尻尾掴まれかかるなんてよぉ」

 タイソンへの侮辱にミラーは憤慨したが、それもまた欺瞞であるため、ミラーは複雑に感情を乱した。「お前こそどうなんだ? 仕事が全然進んでいないではないか。何故ヘルメス候の屋敷で暴れたりしたんだ? 我々との約定を忘れたのか?」

「おいおい、手前勝手なこと言うなよぉ」バクスターは憎たらしい口調で言う。「雑種の始末に関して互いに協力するってぇだけの話だったろぉ? 後は好きにやらせてもらえるはずだったぜぇ?」

「私が知らないとでも思うか? 聞いたところによると、我々以外と結託して何か企んでいるようだな」

 首を傾げた。「別にぃ隠してたわけじゃないさぁ。話す必要がなかっただけだって」

「あまり好き勝手やるんじゃないぞ。あまり目に余るようなら、一度我らに引き入れた者であったとしても容赦はせん。ゴブリンごときに我々が怖気づくとでも?」

 バクスターはハイハイ、と肩をすくめた。ミラーは忌々しげにバクスターを睨む。

「あの女がお前らの手に余るというなら、私が仕事を引き継いでもいいんだがな」

「じょおだんじゃないぜぇ。俺ぁよ、あの雌猫にゃあ直々に借りがあるんだぁ。ケリは付けさせてもらわないとなぁ」

「だったら、余計な寄り道をせずにとっとと仕事をしろ」

 そう言うと、ミラーはフードを被った男たちにタイソンの始末を命じてその場を去ろうとした。

「あ~、そういえばアンタァ」

「何だ?」

「自分を信頼してる人間を後ろから刺すってどんな気分?」

「……この汚らわしい化け物め!」

 肩をいからせ去っていくミラーの背中を、バクスターは体を震わせて挑発的にわらった。ふらついて血だまりで足を滑らせ危うく転びそうになると、またそれを理由に腹を抱えて大笑いをした。


   ※※※

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