Bonus track:Dead men tell tales,4‐2

「お待たせしました」と、給仕が葡萄酒と麦酒、そしてピクルスの皿を持ってきた。ピクルスの盛り合わせと頼んだが、皿には黒と緑のオリーブが乱雑にぶちまけられているだけだった。皿のオリーブを怪訝に見るミラーをタイソンが笑った。

 葡萄酒を半分ほど飲んでからミラーが言う。「何故そこまでして下手人を追い続ける? 別に今回の件で私が特別にお前に対する報酬を増やすとは限らんのだぞ。何より、結果が出るとも限らない。それとも何だ、もしかして義憤に駆られているとでもいうのか?」

 そんな大げさな、と手を振った後、麦酒のジョッキを握って中の酒を見つめたままタイソンが言う。「……せがれが今年から学校に通うようになりまして」

「……ほぅ」

「うちはぁ女房がアレなもんで息子を送り迎えするってのが難しいんです。それだってのに、あんな得体のしれない殺人鬼がのさばっているってのを考えたら気が気じゃあありませんよ」

「だが、下手人の狙いは雑種だろう? お前たち一家に危害はあるまい」

「……旦那、悪意ってのは伝染するんですぜ」眼球をゆっくりと動かしタイソンはミラーを見た。「例え今は関係なかろうと、伝染した悪意はいずれはアッシらにゆかりのある者に牙を剥くんですよ。それだけじゃあありやせん。この世界のどこかで、あのおぞましい殺人鬼が野放しになってやがる。そしてアッシらの子供が歩いてる同じ道をその殺人鬼が歩くだなんて、親としては許されるもんじゃありやせんよ」

 日陰者だからこそ見える世界観なのだろうか、飛躍があるもののミラーにとってもその言葉は説得力があった。

「……タイソン」

「何でしょう?」

「それを義憤に駆られているというのだ」

 タイソンが照れくさそうに麦酒を飲んだ。

「それにしてもどうした、今日は少し様子が変だぞ。酒が入っているというわけでもあるまい」

「……実は」タイソンは手で頬を撫でながら照れくさそうに言う。「倅が、アッシのことを“父さん”って呼んでくれたんですよ」

「……それは良かったじゃあないか」

「へぇ、連れ子ですが賢い子でしてねぇ。……アッシはお世辞にも裕福とはいえねぇ身分で、アッシの両親もそのまた両親も貧乏な平民だったんですが、これからは違いやす。勉強に身さえ入れりゃあ、商人にだって役人にだって、それこそアッシみたいな小銭稼ぎの放免じゃあなく、道のど真ん中、大手を降って歩けるような立派なもんにだってなれやすからねぇ。努力さえすれば、アッシら平民でも貴族と同じ仕事ができる……もしかしたら、旦那の坊ちゃんとアッシの倅が肩を並べることだってあるかもしれやせん。悪いこともありやすが、いい時代になりやしたよ」

「うむ……そうだな。ご子息の未来のためということか」

「へぇ。……けど、下手人を追うのはそれだけでじゃありやせん」

「どういうことだ?」

「旦那、アッシは旦那のおかげでまっとうになるチャンスを貰いました。旦那に出会ってお天道様に恥じない仕事をいただかなかったら、アッシは今頃まだロクでもない奴らと付き合いを続けて女房を悲しませていたはずでさぁ。だから、旦那には何とかして手柄を立ててもらいたいんですよ。旦那の恩に報いてぇんです」

 ミラーはタイソンの麦酒を見る。「飲み過ぎたか?」

 タイソンは笑って首を振った。

「……私は飲みすぎたかもしれん。少し夜風に当たってくる」

 ミラーはそう言って目頭を押さえて立ち上がり、ひとり店を出た。 


 その後、二人は二杯目の酒を飲み終えると店を出た頃には、もう日は完全に沈んでいた。敢えて遠く、そして寂れていた場所の店を選んだせいで周囲はほぼ暗闇で足元もおぼつかない状態だった。虫の音が聞こえてくるが、どこに草むらがあるのかも分からなかった。

「申し訳ねぇです。こんなに暗くなるまで付き合わせちまって」

「構わんさ。たまには外で酒を飲むというのも悪くはない……。」

 二人が話しながら歩いていると、建物の陰でを引いて座っていた物乞いが、よろめきながら立ち上がり彼らに迫ってきた。

「……ああ、すいません。どうか、アタシにご慈悲を……。1セル硬貨でも良いので……。」

 ボロを身にまとっている物乞いではあったが、歯が抜けていたり垢にまみれていたり、酷く悪臭がするというわけではなかった。かろうじて酒の臭いのするくらいだった。

「おい、また次にしなよとっつぁん。今は持ち合わせがないんだっ」と、不審に思ったタイソンが突っぱねた。

 だが、物乞いはそんなタイソンを無視してミラーにすがり付こうとする。「おねげぇしますだぁ~」

「おいっ」

「まぁいいではないか、タイソン。別にないわけではない」と、ミラーはタイソンをなだめて懐の巾着袋を取り出そうとした。ミラーが懐を探りつつも、酒のせいか巾着袋が上手く取り出せないでいると、彼らの後ろの闇の中から男が飛び出し、すれ違いざまにミラーの腰の剣を抜き出して走り去っていってしまった。

「あ、おい! 貴様何をする!?」

 ミラーは慌てて、剣を盗んだ男を追いかけていった。

「旦那ぁ、慣れねぇ場所で深追いするのは危険です! 日が上がってから役所に届出を出しやしょう!」

「あれは、先祖伝来の大切なものなんだぞ!」

 そうしてミラーは闇に消えていった。

「しょうがねぇお人だぜ……。」

 タイソンは物乞いを見た。物乞いは戸惑いながら自分は関係ないと首を振ったが、タイソンは彼を厳しく睨んでからミラーの跡を追いかけた。

 土地感のない建物の密集地帯ではあったが、聞こえてくる足音と息遣いからタイソンはミラーを見失うことはなかった。そして、クソっというミラーの悪態が聞こえてからすぐに、タイソンはミラーに追いついた。

「まったくっ、高価な剣だというのにっ」

 どうやら盗人は剣を持って逃げるのは無理だと考えたらしく、途中で剣を道端に捨てていたようだった。ミラーは剣を拾うと汚れがないかどうか目を凝らし鞘に納めた。

「旦那ぁ……。」

「タイソン、まったく信じられんよ。捨てるなら最初から盗まなければいいものを……。」

 安心しているミラーとは違い、タイソンはまだ不安な様子を残していた。というのも、物乞いに絡まれてからここに至るまでの流れに、何かしら意図的なものを感じていたからだ。

 タイソンは闇を見渡す。

「旦那ぁ、どうやら本命はこっちらしいですぜぇ」

 タイソンがそう言うと、闇の中からフードに身を包んだ男達が現れ彼らの四方を囲んできた。

 やんなっちまうねぇ、強盗か。タイソンは迂闊に彼らのテリトリーに入り込んでしまった事を悔いた。普段ならこんな下手を打つ彼ではなかったのだが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る