無題
某年某所にて
「
(※不肖:自分のことをへりくだって言う際に使う)
「
(※其許:二人称。あなた。目下ものに対して使う。)
「もったいなきお言葉で……。」
「して、本日其許を呼びだてたのは、
「何なりと、お尋ね下され」
「では……陰陽流の奥意※とされる“
(奥意:技芸の最も奥深いところ)
「……活人剣とは、使い手の挙動、術、気によって
(※対手:敵、相手)
「では殺人刀とは?」
「殺人刀とは、使い手の挙動、術、気によって対手を意のままに封じ、何もさせぬように剣を振るう、謂わば先の先の剣。また剛の剣とも称します。そして当流派の奥意とは、この相反する二つの剣を渾然一体に極むることにてございます……。」
「殺人刀に関しては理解が及ぶが、活人剣に関してはいささか……。」
「そも、陰陽流は
(それがし:一人称、私。目上の者に対するとき使う)
(骨子:物事の骨組みとなる主要な事柄。コツ)
「陰影流、話しには聞こえるも使い手は見えぬ、門外不出の剣と聞くが」
「左様にて。ただし、陰影流の使い手と称する者が現れぬのは、門外不出ではなく別の理由がございます」
「では、それは如何な理由か?」
「かの流派、門戸自体は万人に開いておりまする。
「学ぶに易し、修めるに
「……某の生涯をかけても極め尽くせるかどうか。そも、それが出来ぬがために陰陽流を興しましたがゆえ」
「それほどか……。それではその活人剣、まるで永遠に未完の剣と申すようなものではないか」
「返す言葉も……。ただ一人、その奥意に近づいた者が」
「其許の二人の高弟、“双竜”のことか?」
「あの二人をしても、ようやく
「……ならば、その者はよほどの
(天稟:才能)
「もちろんそれもございましょう。……しかしその者が活人剣を修めるに至ったのには必然がございました」
「必然とは?」
「某はその者に当流派への入門を許してはおりませぬ」
「何?」
「師範代が入門を断った後、我が道場に下働きとして住み込みに参ったのでございます。そして……入門を許されなかったがために、下働きをしながら某や門弟の稽古を、
「まさか……。」
「そしてもう一つ。その者が殺人刀、剛の剣を不得手としたのは……その者が
「
「滅相も。ただ事実を申しております」
「……では、その者は
「何処でございましょうな……。今頃、どこか異国の地で剣を振るうておるのかもしれませぬ……。」
「何? 異国の地? まさか……。」
「ご察しの通りにございます。活人剣を修めなければならなかったのはその者が
「……信じられぬ」
「無理もございませぬ。某も、伝え聞けば噂に尾びれのついたものと一笑に付していたことでしょう。こう話している今でさえ、昨晩見た夢を思い出すがごとき心持ちにてございます」
「……随分と嬉しそうにその者を語るのだな」
「先ほど申しましたように、陰影流は廃れゆく
「
「恥ずかしながら、年甲斐もなく心浮きだっております。もし某の全身全霊を、陰影流の術理を極めたあの者にぶつけたならば、と」
「“千秋の龍”、未だ健在か……ようも飽きぬものよ。いい加減に身をいたわり跡目に譲れ、隠居してもおかしくはない歳であろう」
「申し訳も……。」
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