ビフォア・ファントム㉛数字に弱い女
翌日の昼、外では冷たい冬の雨が降っていた。クロウは寒さで痛む足を引きずりながら、カールスの部屋に入っていった。
カールスは無事だったクロウに安堵するよりも、何か少し恐るように彼女を見た。
「おお、クロウ。どうだ調子は?」
「すこぶる良いわ」
「そ、そうか。じゃあ今日から早速……。」
「冗談が通じないの?」
カールスはようやくいつもどおりの顔になった。
「減らず口をたたけるなら大丈夫のようだがな。ええ? 一体何の用なんだ?」
「ええ、あの時の料金、全部もらえるって約束だったし、ここに来て結構稼いだはずだから、どれくらい借金を返し終わったのかなって確認しに来たの」
「まだ完済になってないぞ」
「どれくらいって言ったでしょ? 話し聞いてる?」クロウは腕を組んだ。
「相変わらずひとこと多い女だ。俺は今忙しいんだ、暇なときにしろ」
「これ以上暇になれそうにないのに?」
「お前……。」カールスが前のめりになる。
「私たちが身を削って男たちの相手をしている間に、そこでふんぞり返ってるだけじゃない」
「俺が怪我人をいたわるような男だと思ったか。今日からでも仕事に復帰させてやってもいいんだぞ」
カールスが立ち上がった。
「……あのオークの男」
「あいつがどうした?」
「私のこと気に入ってくれたみたいで、困ったことがあったらすぐに頼ってくれって言ってくれたわ」
「……何だと」
「気に入らない年寄りの頭を握りつぶしてもらうのもいいわね」
もちろん、クロウはオークとそんな約束など取り付けてはいない。だが、数日前にあの恐ろしい巨躯を見た者にとっては十分なハッタリだった。
「……今月末に会計を頼んでる男が来る。その時に給与と借金の詳細を見せてやる。それで良いだろ?」
分かったわ、とクロウはカールスの部屋を出ていった。
「ねぇ、相談があるんだけど」
控え室に戻ったクロウはシーナに持ちかけた。
「何さ?」
シーナはゴールドバーグに気に入られるために、無理をしてアトラディウスの戯曲を読んでいた。
「他のコたちはよく知らないけど、私たちってさ、借金をカタに売られたんだよね」
「まぁ……そうだけど」
「貴女、自分がどれくらい借金返し終わってるか知ってる?」
「え? いやぁ確かに一日に取る客の人数がばらばらだから、細かに計算してるわけじゃないけど……。」
「どうやって確認するの?」
「え……そりゃあ、返済し終わる頃にカールスのジジイが言ってくるんじゃないの?」
「あのごうつくばりが?」
「……違うのかな?」
「私たちの売上を確認してみない?」
「……でも、どうやって?」
「さすがに一日の売上をどんぶり勘定で済ますわけにはいかないでしょ? 絶対に何かしら帳簿とかを付けてると思うのよ」
「そんな、バレたらやばいよっ」
「何がバレるっていうの? 帳簿を見るだけで、何かを盗むわけじゃないんだから。見たら元に戻せばいいし、だいたい私たちが稼いだ分を私たちが確認して何がいけないの?」
「そんなこと……ていうかさ、どうしてひとりでやらないんだい?」
クロウは照れ笑いしながら目をそらした。「いや、私……計算ができないから……。」
「アンタねぇ……。」
「まあまあ、“飽いてる者のそばには飢えてる者を”って知らない?」
「何さそれ」
クロウは、シーナが手にしている本を指さして言う。「アトラディウスよ」
「マジでっ?」
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