Bonus track:Dead men tell tales,3‐2
傷顔が
だがタイソンはすぐには答えずに立ち上がった。周囲のゴブリン達が騒ぎ出すが、タイソンは手でそれを制止し数歩長に歩み寄り、より近づいてから再び跪き顔を伏せた。
そして、その状態で左の掌を長に差し出した。一転して静まり返るゴブリンたち。だがそれが、タイソンがやっていることが何事かを理解すると、一匹、また一匹と騒がしくなった。
タイソンが口を開く。「ミ・ノブレ・エス・タイソン。コノセルテ・デ・エンカンタド。ウナ・グランペルソナ」
長は目を細めてタイソンを睨んだ後、タイソンの差し出された掌に自分の右手を這わせた。「ヨ・タンブリン」
自分の掌の上に長の指が離れたことを確認したタイソンは、腕を下げて言う。
「テ・シゴ」
すると、長は今度はタイソンの頭に手を当てて言う。
「ブエーナ」
タイソンはその言葉を聞いて、頭を上げ長を見た。彼の周囲のゴブリンは再び静かになっていた。しかしそれは呆気にとられたからではなく、彼らにとって沈黙が必要だったからだ。
長は横目で探るように言う。「タイソンといったな、貴様何者だ? なぜ人間でありながら、古い我々の儀礼の作法を知る?」
「大した者じゃありやせんよ。人んちに上がろうって時にそこのマナーを勉強しておくってのは、最低限の敬意ってやつでさぁ」
「敬意……。」
人間の口から出た自分たちに対する“敬意”、簡単な単語だがゴブリンたちにとっては初めて聞いた言葉であるかのように新鮮だった。
「……要件を聞こう」
「改めて名乗りやす、アッシはタイソン。情報屋をやっていやす」
「情報屋?」
「へぇ、それでアンタがたに提供してぇ情報があるんです。もし、それがお気に召しましたら、アッシの質問にお答えいただきてぇ」
長は傷顔を一瞥してから言う。「聞こう」
タイソンは不敵に笑った。
「へぇ、先ほどそちらのおにいさんも話したんですがね、おたくらゴブリンはこの土地に縛り付けられていやす。それもこれも関所が厳重だからです。で、今日アッシは、その関所の警備が手薄になる場所と日時をお伝えしようと……。」
「……続けろ」
タイソンはペコペコ頭を下げる。「へぇっ、実は今週末にヘルメス候のご子息の回復と家督の継承を祝うために、大掛かりなパーティーをやりやす。ヘルメスだけでなく、隣のダニエルズからも領主一族がお目見えになるってくらいでさぁ。そしてそんなお隣の領主をお出迎えになるために、警備はそのヘルメスとダニエルズとの
「……確かか?」
「もう既に諸侯には招待を送っていやすから、ヘルメス侯か唯一の跡取りのロルフ様がお亡くなりにでもならない限り予定は変更されやせん」
長は再び傷顔を見た。
「貴重な情報だな。なぜ我々にそれを?」
「アッシら稼業の取引に貴賎も種族もありやせん。純粋に欲しい情報をおたくらから伺いたいってだけですよ。それなら、それ相応のものを差し出さなきゃあいけませんわな」
「……ふむ、ではお前は私たちに何を求める?」
タイソンは笑顔だったが息を飲んだ。もし自分が今から聞くことが彼らの不興を買うならば、下手をすると命を落としかねない。
「……ゴブリンの、バクスター・ダイアウルフに関してお話を伺いてぇ」
空気が、一変した。
「……もし出来ねえってんならアッシはこれで帰ります。つまり、アッシの情報じゃあそれとは釣り合わないってことで」
だがゴブリンたちは何も答えない。
しくじったか、タイソンは自分はここで死ぬのだと思った。だが、にも関わらず心は落ち着いていた。彼は、ようやく自分が行くべきところに行く程度にしか思わなかった。
「……バクスター・ダイアウルフ、奴は新しい時代のゴブリンだった。賢く機知に富み、時代を見通す洞察があった。その一方で誰よりもゴブリンらしく、勇猛で何よりも執念深く残忍だった。奴は私の後に種族を導くはずだった……。」長は脇にあったお椀を前に置き、そこに動物の骨で作った三つのサイコロ状の物を投げ始めた。「……だが、奴はあまりにもゴブリンらしすぎた」長はタイソンを見ながら、しかし眼には遠くに風景が映っているように話す。
タイソンとゴブリンの長は見つめあった。“はず”、“らしすぎた”、長はバクスターに対して含みのある言い方をする。
長は再びサイコロをお椀の中に投げ入れる。「過ぎたる物を持つ者はいずれ身を滅ぼす。強すぎる男は戦場で早死し、美しすぎる女は国を傾ける。奴は種族を導く力を持っていた。だが、その先は繁栄ではなく滅びかもしれなかった」長はサイコロの並びを凝視した。「見ろ、死相が出ている……。」
タイソンはサイコロを指差しながら言う。「その……バクスターってぇのが早死しちまうってことですかい?」
長は嗤う。「これはお前の占いだ。お前もまた、身に過ぎたものを持っている」
ゴブリンには魔力はない。だが、この長は魔力とは別の妖力のようなものが備わっていそうな、不可思議な雰囲気があった。小柄で力も弱そうだが、彼女が群れを率いているのは、その佇まいだけで説得力があった。
二人は見つめあった。タイソンに笑顔はなかったが、それはただ笑顔がないだけだった。
長は占っていた姿勢を伸ばし、片目を細めてタイソンを興味深そうに見る。「ほう、動じぬか。……地獄でも見てきたのか」
タイソンは下を向き冷笑する。「……地獄ねぇ。地獄でも見られりゃあどれほど楽だったでしょうねぇ」そして顔を上げ笑顔を長に向けた。「30年前、アッシは見ちまったんですよ。地獄も天国もねぇ、それどころか、神も悪魔もこの地上にゃあ興味がねぇってことをね」
長から笑顔が消えた。「……なぜ奴のことを?」
長の口調が関わり、死の臭いが少し遠ざかったのをタイソンは感じる。「へぇ、別におたくらのお仲間をどうこうしようってんじゃあありやせん。その方がアッシが追っている事件の手がかりを持っているじゃないかと睨んでましてね。……その方に会えるならそれに越したことはありやせんが、難しいってんなら情報だけでも……。」
長はタイソンをしばらく凝視した後目線をそらし、遠くを見るように語り始めた。「……一昨年の冬、ある女が我々を訪ねてきた」
「……女?」
「そう。人間のようだったが、どこかこの世の
「……力ですかい?」
「そう、この世界の不条理に打ち勝つ力だと」長は骨製のキセルを懐から取り出しそれに火をつけた。「……浮世離れした人間だったが、妙に私たちを惹きつけるものがあった。お前と違い、私たちの礼法も知らぬし敬意もないにも関わらず、話すことが魅力的に聞こえるような……。群れの中の無視できない数の者たちがその女に同調しようとした。しかし、私たち種族はお前ら人間に辛酸を舐めさせられ続けた、特に戦後はな……。だから、長である私はその申し出を断ったのだ。どうせ、我々を利用するしか考えていないのだろうからな。……だが奴は、バクスターは違った。ここの若いのを率いて、あの女についていったのだ。それ以来、奴は私たちとも連絡を取っていない……。」
「その女ってのは何もんですかね?」
「“吟遊詩人”、奴は自分のことをそう言っていた」
「吟遊……詩人」
長は煙管を口に運びながら言う。「……タイソンよ、お前は
「いやぁ、さっきも言いやしたように直接用があるってわけじゃあ……。」
「やめておけ」
「へぇ?」
「奴が向かう先には滅びの、死の気配がする」
「……そのバクスターって方に会わなくってもですかい?」
「そうだ。奴は……奴らはいわば特異点だ。その重みのある存在は知らず知らずのうちに同じ場所に集まり、そして意図せずに周囲を捻じ曲げるのだ、社会を、歴史を。その禍に巻き込まれれば平凡な者は命を落とす。使用されるがごとくな。私が、この子たちに奴を追うなと釘を刺し、関係を絶ったのはそのためよ」
「……ご忠告、痛み入りやす」
長は煙管の灰を膝のすぐ横に叩いて落とした。「もう教えることはない。去れ」
「……へぇ」
タイソンは立ち上がり、踵を返し去っていった。
去りゆくタイソンに長が話しかける。「命拾いしたな、タイソン」
振り返ってタイソンは言う。「なんでしょうか?」
「最初のあの挨拶。お前、手順を間違えていたぞ。ウチの若い奴だったらその場で内蔵を引きずり出していた。だが、今回はお前の敬意とやらに免じておいた」
タイソンは不敵な笑いを浮かべて頷き、そして建物の外へ、月の明りが見えるところへ戻っていった。
建物の外へ戻るとタイソンは腕を組み、震えている二の腕をさすって独り言つ。「もう夏だってぇのに、まだ夜は寒いもんだねぇ」
しばらく体をさすってからタイソンは苦笑する。
「いやぁ、こりゃあビビってんのか」
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