Bonus track:Dead men tell tales,3‐1

 クロウが捕えられたその晩、タイソンは移動し続けているゴブリンの一団のキャンプを探り当てていた。昨日の今日ではあったが、ゴブリンに関する情報は彼の裏社会の情報を手繰たぐれば難しいものではなかった。なぜなら裏社会にいる者たちですら誰もゴブリンとは関わりたがらず、また関わるメリットがないので、情報屋にとってゴブリンの情報は持っていても大して価値のないものだったからである。出し惜しみする者はいなかったのだ。


 タイソンは、造りの建物を見上げため息をつく。彼が見上げているのは閉山した炭鉱の工場だった。戦時中に規模が飛躍的に拡大した製鉄業は、山を切り崩しさらに石炭の確保のために大地を掘り返すため、土着の精霊マナを損なうものであり、それはこの世界の住人達にとってはあまり快くないものでもあった。そのため戦争が終わり、さらに勇者がいなくなった後は自然と規模が縮小し、大きすぎる工場は次々と閉鎖されていったのである。現在では、この精霊マナが死に絶えたこれらの場所は自ずと近寄ることが禁忌とされ、結果として事情のある流浪の民や亜人の隠れ家として利用されるようになっていた。


 タイソンは再びため息をついて首を振った。まるで部屋の大掃除、片手間でやる面倒に取り掛かる前のように、億劫で気の進まない素振りをしているのは恐怖心を誤魔化しているに他ならない。そして彼自身でもそれを理解していた。しかし、それでもなおも、彼は歩を進める。

 前日の夜、クロウには妻子に対する想いを吐露したタイソンだったが、その反面、彼には自分の命を粗末に扱おうとする傾向があった。あの戦争を経験した後、彼は自分だけが生きているという事に対して、奇妙な不平等感を覚えていたのだ。敵味方、友人を含める大勢が死んでいく中、そろそろ自分が死ぬ番でなければ物事の均衡がとれないという奇妙な思い込みと、故に自分が足を踏みしめる場所は死地こそが相応しいのだ、という開き直りが彼を突き動かしていた。しかし皮肉なことに、それが結果として放免としての優秀な成果を残し、彼を生かし続けてしまうという矛盾を起こしていた。


 タイソンは炭鉱の工場に足を踏み入れてすぐに、建物内に生き物が蠢く気配を感じとった。小動物にしては大きいし、獣にしては用心深い。

「アッシは敵じゃあありやせん。構えるのはよしてくれませんかねぇ」

 タイソンの声のみが工場内に響く。だが、何も返答はない。タイソンは気配を伺ってから再度話す。

「ヨ・ソイ・ノゥ・トゥ・エネミゴ!」

 タイソンがそう大声を出すと周囲の沈黙の様子が変わり、タイソンはここが目的の場所であったことを確信した。タイソンは、ゴブリンの言葉で自分が敵ではないことを伝えたのである。


「ヨ・ソイ・ノゥ・トゥ・エネミ――」

 再び言いかけた矢先、タイソンは前方で何かが床に倒れる音を聞いた。破れた窓から差し込む月明かりで、その倒れた何かは微妙に見えそうで見えない。タイソンは用心を怠っていたわけではない、足元が見える範囲でそれを少しだけ確認しようと数歩近寄っただけである。だがそのほんの数歩で、暗闇からロープの擦れる音がうねり、タイソンは足をからめ取られ逆さに釣り上げられてしまった。ゴブリンたちのトラップが仕掛けられていたのだ。


 逆さ吊りになったタイソン。彼の周りに暗闇から一匹、また一匹とゴブリンたちが湧くように現れた。相手は倫理観がまるで違う魔物である、向こうが事を起こす前に逆さまの状態のままタイソンがまくし立てる。

「ボスに合わせちゃあくれませんかねぇ? いい情報を持ってきたんですよ! 関所破りの情報です。話の分かる方ぁいやせんか!」

 しかしゴブリンたちは、刃物を構え一歩一歩タイソンに近づいていくる。


「ボス! 良いこと教える! ボス! プレゼントある! 話がしたい! 良いこと教える!」

 タイソンはゴブリンたちが言葉に関しては頭が悪いことを思い出し、分かりやすい単語を連発する。それでも、さらにゴブリンたちは近寄ってくる。

 ゴブリンたちの刃物が届く直前、暗闇から強い、言葉というよりも吠えるような声が聞こえた。するとゴブリンたちは互いの顔を見合わせてから刃物を下げた。


 タイソンは声のした方に目を凝らす。暗闇の中から、頭髪が後退した、顔に無数の傷を持つゴブリンが現れた。体も一回り大きく、彼を取り巻くゴブリンの様子から、彼がリーダーなのだろうとタイソンは推測する。

「ボス? 良いこと教えるよ!」とタイソンはすがるように言った。

 ゴブリンたちはより一層、傷の顔のゴブリンの動向に注目し始めた。その様子から、彼がこの場を統括する者てあることには間違いなかった。

「……お前、何者だ?」

「アッシはタイソン。お願いがあってきやした。ただってわけじゃありやせんぜっ」

 傷顔が下っ端の一匹に何かを聞く。その下っ端のゴブリンは外を見ながら首を振った。タイソンが仲間を連れていないか用心しているようだった。

「心配ご無用でさぁ。アッシは一人できやしたから」

 傷顔がタイソンを睨む。タイソンは敵意も悪意もない、卑屈で非力な人間であることをアピールするために弱々しくうすら笑いをする。

 傷顔がまた別の下っ端の一人に何かを伝えた。するとロープの擦れる音と共にロープが緩み、タイソンは床に落下した。


「お前、何者だ?」

「アッシはタイソン……。」同じことを繰り返し聞くゴブリンに笑顔のまま、刺激しないよう、そして彼らも分かるように用心深くタイソンは言う。「アッシは情報屋です。欲しい情報がありやす。その代わり、アンタがたが欲しい情報をあげやす」

「俺たちが欲しい情報とは?」

 釣り針が、揺れたことをタイソンは感じた。

「関所が手薄になる場所と日時を教えやすぜ。アンタがたぁ、移動したいんじゃありやせんか? ヘルメス領にいるのは好き好んでじゃあないでしょう? 出ようにも関所が厳重で動けないんじゃありやせんか?」

「……信用できるのか?」

「アッシから情報を出しやすよ。そんで、それが信用できないってんならアッシには何も見返りはいりやせん」


 傷顔はタイソンの顔を伺いながら考えていた。下っ端の一人が何か意見したが、傷顔は吠えるような声でそれを一括する。

「……ついてこい」

 そう言うと、傷顔は暗闇の中に戻っていった。

「へえ?」

おさに会わせる」

 どうやら、ここのリーダーは彼ではなかったようだ。


 タイソンはゴブリンたちに囲まれて引率されながら、暗闇の中を歩いていった。クロウと違い、普通の人間である彼には、暗闇の中で僅かに響く自分たちの足音と、腐った水の独特の悪臭しか嗅ぎ取れなかった。

 暗闇の先に明かりが見えた。テントのような布の囲いの周りにゴブリンたちが集まっている。タイソンが目を凝らすと、そのテントの中心に一匹の痩せこけた小柄なゴブリンが鎮座しているのが見えた。タイソンはそのままそのゴブリンの正面まで連れて行かれ、そしてそこで跪くように命令された。


 彼の正面に見えるのは一匹の雌のゴブリンだった。もっとも、彼らのことを人間が見分けるには服装に頼るしかなく、あくまでタイソンの知識から判別するならばそれは雌ということだ。傷顔とたちとは違い、臙脂えんじ色のローブを体に巻きつけた衣装は、刃物を振り回すには到底向いていなかったし、頭に乗ったやや大きめの刺繍を施されたバンダナは実用性よりも洒落気を感じる。年齢は判別が難しく、痩せこけて目がむき出しになり歯も出っ歯なので、一見すると年寄りのようにも見えるのだが、一方でその目の眼光は濁っておらず肌も艶やかで若々しかった。

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