打ちのめされて

 ブッシュと無駄な時間を過ごした後、奴が根負けしたのか今日の取り調べは終了ということだった。あくまで、机の上でのという意味だろうが。


 私は手を後ろで縛られたまま、地下牢へと連行された。周囲を固めるのは、先日のバンクスとロバート、あと一人はロバートよりも少し年上の男だった。筋骨が太く、手足が短いし耳が潰れている。取っ組み合いなどが得意そうだ。つまりは、素直じゃない罪人を黙らせて牢に繋ぐ役ということだろう。

「俺はやっぱり戻ってくると思ってたぜ」とロバートが言う。

「ああそうだ、居心地がよかったんでね。舞い戻ってきたよ」

「そういう趣味か? ケツ叩かれて喜ぶタイプってのなら、ここじゃなくてもいくらでも相手してやるぜ」ロバートは命令がないせいか、随分と調子に乗って口を回す。

「お前さんたちの漫才を見るのは中々に愉快だからな」

「……あまり調子にのるなよ、俺が何もできないと思ってるのか?」

「初めて会った時も同じことを言ってたな、

 熱くなり始めたロバートにバンクスが言う。「いい加減学習しろ。女一人まともに連行できないって部内で有名になって、それで外されたお前を俺がわざわざ頭を下げてこの役回りに戻してやったんだ。次にしくじれば本当に掃除夫だぞ、。そして掃除夫のプレートにはお前の好物のベーコンは乗らん」

「バンクスさん、そんな言い方無いでしょう。俺だって真面目に――」

「そのネタは前回見たよ……。」

「このアマぁ……。」

「ロバート、かまうな」

 そんな二人のやり取りに対して、背の低い男はまったく表情を変えなかった。


 地下室の一番奥の牢屋の鉄格子の扉が開けられた。その牢を囲う石レンガと床の石畳は、室内の天井近くにあって外では地面すれすれにある小さな窓から一日にわずかな時間しか日光が差し込まないせいで、ジメッてかび臭い上に爪の先ほどの小さなゴキブリが石と石の間を這っているという、中々に趣深いところだった。普通なら、こういう場合は他の容疑者と相部屋になるはずなのに、どうやら私は特別待遇らしい。背中を蹴られるのだろうな、と思ったら案の定、背中を蹴ってロバートが私を牢屋に押し込んだ。


 私は石畳に激しく体を打ち付けて倒れるが、すぐに立ち上がった。

「……やめといた方が賢明だぜ」

 こいつらの昂ぶり。何をしたいかが分かる。うんざりするほどに、かつて身に浴びてきた視線だ。

「ファントムの呪いってやつか?」

「そのとおり」

「はったりかますな」


 二人の男が襲いかかってきた。


 私は軽く跳躍して後ろ回し蹴りをロバートの胸部に入れる。ロバートが後ずさる。

 着地とともに背の低い男の腹へ前蹴り。だが体重差でびくともしないし、粘土のように重く弾力のある腹筋にはまったく響いていないようだった。

 次に股間に蹴りを入れようとするも、足先を掴まれてしまった。片足を掴まれた状態から飛び上がって横蹴りを男のこめかみに入れる。少し男がよろけたので強引に足を引っ張り外すが、すぐに横からロバートが迫ってきていた。

 私は捨て身のショルダータックルでロバートを突き飛ばすものの、すぐに同じように背の低い男のぶちかましを喰らい壁に叩きつけられた。男と壁に挟まれ身動きが取れなくなっている所にロバートが棍棒で私の側頭部を殴ってきた。意識が朦朧として力が抜ける。

 小男が離れると、ロバートは私のジーンズの腰を掴んで引っ張り強引に引きずり倒そうとする。私は相打ち覚悟の顔面突きでロバートの後頭部を打ち、そして下がったロバートの顔に膝蹴りを入れ、ひるんだロバートを足で蹴るように押し倒した。

 そのかんに、小男の厚みのある掌での張り手が飛んできた。肩口で受け止めて塞ぐが、ガードの上からでも体の芯にダメージが響いてしまった。小男の顔面に起死回生の頭突きを入れるが、小男はやはりビクともしない。鼻から鼻血を出しても、小男はそれを気に求めないという具合に舌で舐めとり、ほんの少し口角を上げて笑っていた。

 その隙にロバートの棍棒が私の脇腹を打ち、さらにそれが首元に振り下ろされた。倒れた私に迫ろうとロバートが膝をついて屈んだが、私は膝と足の裏でロバートが迫るのを防ぎ、足をばたつかせながら何度も踵でロバートの顔面に蹴りを入れる。

 しかし抵抗も虚しく、ロバートが膝をついた状態から前のめりになって覆いかぶさり、私の腹、顔と、順番に殴ってくる。体を丸め腹筋を強張らせ、頭を振りながら拳が顔の深刻な部分に当たらないよう避け続けるが体力が持たず、またいくらポイントをずらそうが拳の雨は私の意識を鈍らせ、次第に抵抗する力を失わせていった。降り注ぐ殴打、鈍さと鋭さが混じった、肉と骨がぶつかる音が牢屋内に響いていた。


 もう無理だ。これ以上抵抗していたら、かえって後遺症が残るダメージを負う。手を拘束された状態でよくやった方だ。


 要するに、私は諦めた。


 ジーンズがずり下ろされ、足と足の間にロバートの体が入ってくる。

 ロバートは手を股間にそえ、自分のナニをしごきながら私にネジ入れようとするが上手くいかず、手に唾を吐きかけてからまたしごいて挿入し始めた。

 彼は私に口でやらせようとしなかったのは正解だった。その場合は命と引き換えにナニを食いちぎってたのだから。


 私の喉の奥から、自分から出したとは思えない無様な呻き声が漏れた。ロバートの喉の奥からも、無様な呻き声が漏れる。もっとも、私のは嫌悪感を含んだそれで、奴のは愉悦が混じったそれだったが。


 最初は体を引きつらせるように力を入れていたが、それも無駄だと分かり、体はやがて死にたいになっていった。そして体に合わせ心も死に体に、それは随分と久しぶりの処世術だった。


 …………。


 遠くでロバートの激しい息遣いがする。

 いや、これは耳元だ。

 

 目の前で不快に嗤う男がリズミカルに上下している。いったいこれはいつの記憶だろうか。

 ああ、いまやられてるのか。


 いくら経験を積んでもこれは慣れないな。

 気持ちの意味でも体の意味でも。


 股下の痛みが熱になり、やがて何も感じなくなってきた。

 感じていないのは私の心の方なのかもしれない。


 股間の痛みはもうどうだっていい。そこが一番何も感じない。

 それよりも首が何度も激しく揺れて頸椎が痛み、石の床にこすれて背中が痛くなってきた。この汚れた石畳だ、破傷風になんてならなければいいのだが。


 なんだよ面白くねぇな。


 何を言ってるんだ、私は?

 ああ、これはロバートが言ったのか。


 窓を見続けた。一体、いつになったらあそこから光が射し込むのだろう。

 今が早朝なのかも宵なのかもわからない。


 天井もやはり石造りだった。窓から侵入した霧が、天井を撫で露が溜まり水滴が落ちる。その落ちていく水滴が、とてもスローモーに見えた。


「……お前よくやるよな」

 これはバンクスの声だ。

「平気ですって。どうせ雑種なんだ。自分のガキを見ることもありませんよ。けっ、何がファントムの呪いだ。ハッタリかましやがって」

「そうじゃない。妙な病気持ってたらどうするんだ?」

「……あ」

「……しばらく女房抱くのはやめといたほうがいいぞ」


 仰向けに倒れ天井を眺めている私の目の前に、ロバートの顔が現れた。人を征服しきった満足気な顔をしている。世界で一番気に食わない顔だ。

「生きてるか、クロウ? 確認できてよかったぜ、ファントムにもチンコぶっ込む穴が開いてたってな」

 そう言うと、その男は得意げに私の頬を平手で数回軽く打ち、笑い声をあげながら去っていった。こういう男の口であろうとも、出かける前には妻に、寝る前には子供に口づけをしたりするのだから不思議なものだ。


 奴らの足音が全く聞こえなくなってから、私は上半身を起こし壁を背にして床に座り込んだ。窓の外からは鳩の唸るような鳴き声が聞こえた。つまりは、今は朝なのか。


 くそったれ。

 誰かがそう言った。


 ロバートがまだいたのか?

 いや、違うな今のは私の声だ。


 くそったれ?

 おいおい、随分と気が利かないじゃないか。いつもの調子はどうした? ちょいと頭を回せばいつだって、皮肉も冗談もマッチを爪先で擦って火を点けるくらいに容易に出てくるはずだろう、お前は。そして涼しげに顔を歪めている奴らを見返すのが定番じゃあないか。さあ工夫をこらせ、クロウ。


 ……。


 それでもやはり私の口から出たのは「くそったれ」だった。

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