潜入

 骨董品屋を出て教えられた西の廃倉庫へと近づいていくと、なるほど、店主の言うように東方民族の露店がちょくちょく目につくようになってきた。そこはこの土地の人間たちが古くから店を開いているような場所ではなく、港の使われなくなった一角の路に、勝手にテントを張ったり絨毯を引いたりして営業している、モグリの露店であふれかえっている場所だった。場所なき場所や道なき道を、咎められない限り利用するこういった彼らのたくましさが、とらえようによっては面の皮の厚さにも見えてしまうのが彼らが疎まれる理由なのだろう。店の前には珍しい乾物や、絨毯、貴金属類が並んでいる。掘り出し物もありそうだが、大半がまがい物のぼったくりの可能性もありそうだ。というのも、浅黒い肌に黒い髪、独特の民族衣装で身を包んだ男女が、この国では聞きなれない言葉でやり取りをしているが、互いの商品には目もくれないからだ。


 顔を東方民族の女性がやるように布で隠し、露店の群れを歩いていく。買い物をせずに聞き込みばかりでは怪しまれるので、茶葉や香辛料といった食材を適当に包んでもらった。

「おジョウさんウンがイイね。キョウはとっておきのチャバがあるよ」

 そう言うと、露店の店主は金属製の筒を取り出した。

「それは何かしら?」と、私が言う。

「リザードマンの。ずっとヒガシのほう。あそこのチャバだよ」

 店主は筒の蓋を開け、中の茶葉の香りを私に嗅がせた。

 まぁバッタもんだ。この国どころか大陸のずっと東にある、リザードマンの国で好まれているお茶の茶葉は発酵させてはいけないため保存が難しく、この国へ着くころには鮮やかな緑色は金属の瓶で包もうが変色してしまう。ここまで色を保っているということは、産地を偽っているのだろう。

「まぁ珍しい。では一掴み分包んでいただけるかしら?」

 何より、私は修業時代に彼らの国にいたので、そのお茶の味も香りも今でも鮮明に覚えている。だが、ここいらの町娘がそれを知っているわけはないし、向こうもそうタカをくくっているだろうから、私はウブな娘らしくそれを疑いもしないふりをしながら購入した。

「ところで、この間エルフの方からおいしいお茶をごちそうになったのだけれど、ここにはエルフも来たりするのかしら?」

「エルフ?あ~チョットナニイッテルカワカラナイ」

 そうきたか。私は仕方なくそう、と微笑むとまた露店の間を歩いて行った。すると、視界の端に見覚えのある男の姿が入った。それは先日、私を襲った東方民族の一人だった。この国の人間からすれば、同じような帽子に白のロングローブ姿の彼らの見分けなどつけるのは難しいだろうが、こちとらそれ以上に区別のつかないリザードマンの国で四年以上過ごしたのだ。サマンサが代わりにくれたものの、視界に入るだけで産毛が逆立つというものだ。


 後をつけて、男はこのマーケットでは馴染みが多いということが分かった。幾人かと雑談を交わし、たまに戯れに品物をいじったり果物をつかみ取り齧ったりしていた。その様から伺えるのは、男は商人の類ではないということだ。やや迷惑がっている人間もいる。だが、男の振る舞いに対して誰も強く出られないのは、男がただのチンピラではないということだろう。後ろで厄介なのとつながっている可能性がある。


 私は男の後を尾行し続ける。完全なアウェーなので露骨には追えないが、足取りからいずれは西の廃倉庫に向かうことは間違いない。私は余裕をもって人ごみに紛れて時折男を気にする。しばらくすると案の定、男はより海に近い場所にある、三軒並ぶ内の真ん中の廃倉庫へと入っていった。それは三階建ての煉瓦造りの建物で、窓は小窓があるだけだがそれも割れたまま、見た感じは廃墟同然であり一見すると人の気配もない。建物のから漂ってくる傷んだ青果の臭いは、倉庫として使用されていた頃の名残りだろう。間から雑草が伸び放題になっている、正面玄関へと続く石畳を歩きながら耳を澄ませ人の気配を探る。両隣の倉庫には全く人の気配がしない。男が入っていった真ん中の倉庫は……一階には五人もいない。二階に一番人がいるようで微かに話し声がする。三階は……耳だけでは探れないか。


 私は周囲を確認してから一旦建物から離れた。買い物を続けながら、遠巻きに倉庫を確認する。その間、人間の出入りは全くなかった。元々、人の出入りのない建物らしい。私は倉庫の裏口へまわり、建物に侵入する。見張りはいなかった。人手がないということか、それとも必要がないということか。

 無鉄砲だとは自分でも思うが、未踏のダンジョンに挑むほど危険なことではない。獣耳に神経をとがらせれば街で生きる人間の気配など、いくら忍ぼうともダンジョンの暗闇で生きる魔物や魔獣に比べれば酒場での酔っぱらいのダンス程にやかましいのだから。

 体を打ち捨てられた梱包用の木箱に隠しながら廊下を進んでいく、用心深い動く木箱の陰のネズミすらも感づかれないように。男が二人廊下の向こうから歩いてくる気配がした。私は脇の部屋に入り、音をほとんど立てずに跳び上がり、部屋の隅と天井との間の角に体を張り付かせ息をひそめやり過ごした。ロランが以前私のことを猫だと言ったが、その気になればそれ以上のことだってできる。


 男たちは東方民族たちの言葉で何やら話していた。どちらかが愚痴を言い、どちらかがなだめているような会話だ。彼らが部屋の前を通り過ぎたのを確認してから音を立てずに天井から飛び降りた。


 元々流通した品を捌くためにあったのだろう大部屋に入ると、作業用の長机の上には各種の香辛料の詰まった麻袋が並べてあった。まだ新しいことから察するに、これは置き去りに捨てられたものではなく、ここを新しく自分のアジトにしている奴らが持ち込んだものだろう。その香辛料の横には不用心にも札束の山があった。交易であげた金をここで管理しているのだろうか。それにしては違和感がある。無造作に置かれているということもそうだが、行商人として生きている東方民族が持つ金にしてはのだ。まだ一度しか折り目がないどころか、折り目すらないものもある。その紙幣の一枚を手に取った。

 

 ちょうどその時、建物に誰かが新しく侵入する気配がした。正面玄関から複数。五人以下。裏口から出るか……。

 だが裏口からも誰かが入ってきた。こちらも五人以下、正面からよりも少ない。


 まさか……。


 建物に侵入した奴らも、元々この建物にいた奴らもまっすぐにこの部屋へと向かってくる。あまり意味はないと思うが、オークが入れそうなほどに大きな木箱の山に身を隠し息を潜めた。

 この部屋へ向かう途中の部屋を、男たちが荷物をひっくり返して人を探す気配がする。やはり、誰かが侵入したことが分かり切った上での行動だ。一体どこでばれたのか。男たちが、この部屋に入った音がする。だがこの部屋が本命だということもあり、男たちは用心深く、物には触らずに口々に何かを言い合っていた。


 部屋の中にある気配は7人。やれない数ではない。あくまで、機先を制すればだが。私は影の中で刀に手をかけ、いつでも抜刀の準備ができるようにする。だが男たちはそれ以上深入りせずに部屋の中、その場で動かずに何かを待っているようだ。しばらくすると男の声がした。


「出てきなさい。私はアナタがいるのは分かっています」

 それはやや訛っていたが明瞭に澄んでいて、しっかりと耳に届く声だった。何の感情もなく乾燥しているが、一度ひとたび気が向けば旅人の命を奪い去る獰猛さを併せ待つ、砂漠の風のような。


 私は大箱の陰から体を出した。

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