ジャービス
「……お嬢さん。アナタのような女性がなぜここにいるのです?」
その男は他の東方民族と同じように、浅黒い顔に黒ひげを蓄え、カラフルな幾何学模様の帽子と様々な濃さの入り混じった白のロング・ローブといういでたちだった。ただ一つだけ違うのは、背がとにかく高いということだ。周りの男たちが子供に見えてしまうくらいに。体つきは屈強という感じではなかったので、その身長のせいもあって体が
「いちゃ悪いかな? ここは別にお前さんがたの所有物ってわけじゃないだろう?」
男は微笑みながらうなずいた。
「お嬢さん。私は騒ぎを起こしたくありません。ここで騒ぎを起こすことは、アナタも私たちも損をするということです。誰も幸せにならないのです。それは良くないことです。私たちは賢く話しをしなければなりません。お分かりですね」
言葉としては間違ってはいないのに妙な言い回しだ。真面目に聞いていると頭がふらつきそうになる。
私はまいったなぁと頭をかき、私を襲った男を顎でしゃくって言う。「実はそこのお兄さんに先日襲われたんだよ。執念深いたちでね、ちょっくら仕返ししようとつけてたらこの建物に入ってるのを見たってわけさ。だが、ちょいと間が悪かったね。そのお兄さんには、後日改めて落とし前をつけさせてもらうとするとして、私はこのままお
だが、そこを男たちが塞いだ。
私は抜刀しやすいように体勢を整えて言う。「賢く話すんじゃないのかね?」
「お嬢さん、アナタはなぜここに来たのですか?」と、ジャービスが言う。
「……言葉が通じなかったかな? 私、彼憎い。仕返ししたかった。でもそれは次にする。私帰る。よろしいか?」と、私は襲ってきた男を親指でさして言った。
「アナタは嘘をついてる。アナタは女性であり、一人です。アナタが仕返しするのは無謀なことです。私は信じることができない」
「仕返しは無謀、その通り。だが無理ではないさ」私は口だけで微笑む。
男たちの体温が、呼吸が冷たくなった。出口をふさいでいる男の一人が、私との距離をほんの少し縮めた。
「それ以上近づくな。動くぞ」私の口からも微笑みが消えた。
彼らが見る限りでは、手にある布で巻かれた棒以外、私に武器はない。その男は余裕で私との距離をさらに縮め、手が届く距離にまで近づいた。
私は半身になり、右腕を男から見えないようにした。
そして小さく、しかし勢いよく右腕を振り袖の下の寸鉄を取り出し
寸鉄を握りしめ、胸の中心にある急所、“タン中”を素早く中段突きを打つように寸鉄で痛打する。昔取った杵柄だ、男の体は服の上からでも分かる。
打った後は一瞬で体を元の状態に戻し寸鉄を再び袖の下に隠した。武器を持っていない女だと食って掛かっていたせいで、男はこちらの動きには全く反応できていなかった。
男は一瞬の激痛に何が起きたかわからず混乱し顔をしかめた。ようやくそれが、「痛み」だと理解できると「ぐぁっ、あ゛あ゛あ゛あ゛~~」と手足をばたつかせながら男は床を転がった。
私は両手を広げ肩をすくめて言う。「無理じゃないだろ?」
男たちの表情が完全に変わった。
「あ~、賢く話すチャンスはまだ残っているのかな?」
ジャービスの隣にいる男が異国の言葉で囁く。よく聞き取れなかったが、ジャービスが「よせ」と言っているのは分かった。
「お嬢さん、私はアナタが強い女性だと分かった」
目のすわった男たちの中でただひとり、ジャービスだけが笑顔を保っている。もっとも、彼のそれは他の男たちのガンつけと同じ意味を持つのだろうが。
「それはそれは。では、これでお暇させていただけるのかな?」と、私が言う。
だがジャービスのその笑顔は、人を受け入れるためのものではなかった。
「……確かにアナタは強い女性です。しかし、それだけでは私はアナタの仰ることを信じることができません」
「……ほう」
「……アナタはエルフを探しています。なぜ我々にエルフのことを訊くのでしょうか」
たったひとりの東方民族に訊いただけなのに、もう話が回っている。大した情報網だが、裏を返せば彼らにとってそれが何らかの急所だということだ。
私は、お手上げという具合に首を傾げた。「そこまで知られてるのなら仕方がないね。確かに、ちょいとエルフに関して聞きたいことがあったんだ」
「……アナタは何者ですか?」と、ジャービスが言う。
「そういう場合は自分から名乗るのがこの国の礼儀なんだよ?」
ジャービスはより笑顔を強めた。「私は何者でもありません。ただの、アナタたちのいう東方民族のひとりです」
私は鼻で笑う。「お前さん、ジャービスだな?」
ジャービスの顔から瞳の分の笑顔が引かれた。
「……誰がそれを?」
「おや知らないのかい? 街は今、お前さんの話題で持ちきりなんだぜ?」
そして、ジャービスの顔から口の笑顔が消えた。
彼の周りの東方民族たちが、伺うように親玉を見ている。
「……その通りです。私はジャービス、彼らの代表です。それで……アナタは?」
「私はクロウ。お前さんの言うとおり、エルフを探してるんだ。それと、ついでにそこのお兄さんに落とし前をつけてもらおうかとね」
「なぜ、彼を探すのです?」
「……私がいつそのエルフを男だと言った?」
ジャービスの右の瞼がピクリと動いた。
「なぁに、いなくなったので探してくれと頼まれただけさ。レンジャーは依頼人の期待に応える、これは常識」
「アナタに依頼をしたのは誰ですか?」
「レンジャーは依頼人の名を明かさない、これも常識」
部屋の中に沈黙が充満した。お互いの得物を抜き出す前に、お互いのカードを探っているのだ。
「……なぜその男は私を襲ったんだい? しかも、この国の奴らと結託して。それを教えてくれたら、こちらの事をもう少し明かしても構わないんだが?」
ジャービスは少し目を細めて私を見て、それから私を襲った男に言う。「彼女の言ったことは本当ですか?」
私を襲った男はきまずそうにはい、と答える。
「あなたは何故そんなことをしたのですか?」
襲ってきた男はうまく答えられない。そもそも、彼はこの国の言葉が流暢なのだろうか。
「あなたは彼女を襲おうとしたのですか?あなたは女性に悪い癖を持っていました。またそれですか?」
襲ってきた男は、意味が分かっているのだろうか、ただうなずいているだけだった。
「あなたはとても女癖が悪いです。それは時に問題を起こします。私はあなたに注意しました。でもあなたはまた問題を起こしました」
ジャービスの横にいるせいで、より一層小さくなりながら私を襲ってきた男は頷き続ける。
ジャービスは腰を少し曲げ、男に彼らの言葉で何かを囁いた。彼らの言葉を正確に覚えているわけではないが、「耐えろ、我慢しろ」というニュアンスのものだ。
突然、ジャービスは男に左のボディブローを入れた。さらに体の曲がった相手の首元に対して打ち下ろすような右のストレートを、そして倒れ込みかけた男の腹にダメ押しの蹴りを入れる。男はゴロリと床に転がった。
砂漠の風が、なんの前触れもなく砂塵を巻き散らかして荒れ狂った。
息を一つも切らさずにジャービスは言う。「アナタには申し訳ないことをしました。私は彼らの代表です。私が彼に注意をします」
私は肩をすくめて返事をした。とんだ茶番だ。ジャービスは、あえて私に見せつけるようにこの国の言葉を使い、大げさに制裁を加えて見せたのだ。肝心なところは自分達の言葉で囁いて。
「私はアナタが帰ることを認めます。お帰りください」
「……そこまでされちゃあ、こちらとしてはもう言う事がないね」
だが、これ以上場を荒らすのは私の方が不利になる。
ジャービスは私には柔らかく話したが、手下たちには自分たちの言葉で厳しく「開けろ」と言った。
私は道を退けた男たちの間を歩く。正中線をぶらさず、どの局面にも対応できるように。
全く襲ってこない男達に挟まれて言う。「……随分と簡単に帰らせてくれるんだな?」
ジャービスは私に顔すら向けず言う。「私は騒ぎを起こしたくありません。ここで騒ぎを起こすことは、アナタも私たちも損をするということです……。」
「ああ、そうだったね。そうすれば私もお前さんたちもハッピーだってことだったな」
再び私は男たちの間を歩き始めた。男たちは私に道を譲るものの、再度ジャービスの命令があればすぐにでも私に襲いかかれる程に神経を尖らせているようだ。
一方で、私も最後に通り過ぎた男に対しては神経を尖らせた。その東方民族の男は、他とは違い実に平静であるものの、しかし衣類からは洗っても拭いきれない血の匂いが漂っていた。動いた時の体軸のバランスの崩れから、ロングローブの下に重厚な刃物も隠し持っているようだ。そういう始末屋なのだろう。コイツと斬り合うとなると骨が折れそうだ。
私は意識下で構えた。私の歩法の変化を読み取ってか、始末屋の体が微妙に揺れた。
私はジャービスの方を振り向いて言う。「……ところで、エルフはお前さんたちとどういう関係だったんだろうか?」
「彼とは、良きビジネスパートナーになるはずでした。けれど彼は消えてしまった。残念です」
消えた……ね。
廊下の半ばあたりで、手下の数人がジャービスに何かを大きな声で訴えているのが聞こえた。だが、ジャービスは大人しい声で何かを伝えてそれを黙らせた。
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