Bonus track:Dead men tell tales, 2-3

――翌朝

 

 人だかりをくぐり抜けて、役人・ミラーが死体のもとへ行く。そこには既に放免のタイソンがいた。

「旦那ぁ、おはようごぜぇます」タイソンは悲しみを含んだ笑顔でミラーに挨拶をする。

 ミラーはユーニの死体のそばまで行くと掛けられていたシーツを外し、膝まづいて祈りを捧げた。ヒゲを綺麗に剃って整え自前の傷一つない新品の軽鎧を着用した貴族のミラーが腕を組み、その上空では小鳥が鳴き朝露が草の柔らかな香りを運ぶ光景は、彼の目の前にあるのが胸に穴の空いた死体でなければ敬虔な信徒の朝の祈りのようなものに見えただろう。


 立ち上がってミラーが言う。「……また雑種殺しということだが……見たところただの人間のようなだな。被害者の身元は分かってるのか?」

「へぇ、ガイシャの名前はジューニロウ・マツシタ。周囲にはユーニと名乗ってたらしいですが」

「今度は女か……。」ミラーが苦々しく言い、死体から目をそらした。

「で、このお嬢さん、ここいらの界隈じゃあ“不死のユーニ”で通ってるほどの腕利きのレンジャーなんですがね……。」

「不死?……死んでるぞ?」

 タイソンは首をふって肩をすくめた。「そこですぜ旦那。このお嬢さん、ダニエルズ、ヘルメスでも聞こえの高い名うてのレンジャーなんです。女レンジャーの中じゃあトップだって言う奴もいるくらいでね。そんな娘さんまでがやられちまうってんですからねぇ。この事件、いよいよ手練の殺人ってことで片付けられなくなりましたぜ」

「女レンジャーといえば“ファントム”のことじゃないのか?あの“アンチェイン”を倒してたったひとりでスミス一家を壊滅させたと聞くぞ?」

 タイソンは右の口角をやや釣り上げて微笑む。「あっちはモグリの仕事が多いんで、真偽定かじゃないものが多いんですよ。その“ロックフィールド宿場の三十人切り”ってのも流石に盛りすぎだろうって。あくまでギルドの正式な記録じゃあこのお嬢さんの方が上だそうで。しかしまぁ、こんなに可愛らしいお嬢さんが、もったいねぇことです」

 

 ミラーはむぅ、と唸るともうひとつの死体に目をやった。

「あっちは誰だ?」

「ディアジオ、本名は分かりやせん。“業炎の隠者”って通り名の、裏稼業専門の用心棒兼殺し屋です。このお嬢ちゃんとやりあったみたいですねぇ。で、お嬢ちゃんはあの男を倒した後に、やられちまったみたいなんですわ」

「確かか?」

「ギルドへの申請書を見る限りはね」

「もしかして、あの男が今回の下手人で相討ちだったという可能性は?」

 タイソンは笑いながら、ディアジオの亡骸の方へ行く。ミラーもそのあとについて行った。


「これを見なせぇ」そう言って、ディアジオのシーツをめくるタイソン。首には絞められた痣があった。そしてそれを指差して言う。「これが死因です。絞殺ですな。凶器はお嬢ちゃんの鎖と見て間違いありやせん」

「つまり……どういうことだ?」

「旦那ぁ、首絞めて殺すには時間がかかりやすぜ。あのお嬢ちゃんの傷を見る限り、ほぼ即死です。そんな余力はありませんぜ」

「なるほど……。」


「そして、下手人はお嬢ちゃんの顔見知り……という可能性も」

「どうしてそう思う?」


 タイソンは立ち上がって周囲を見渡しながら言う。

「建物に所々傷がありますねぇ。そこからこの二人が得物でどう戦ったか、ある程度見えてくるんですよ。で、ここには最初は二人しかいなかった。お互いが一人しか追っていない戦い方だ。二対一じゃあないわけです。で、その後に、お嬢ちゃんが勝利した後に何者かが現れた。戦いのあとに新たに現れたそいつをお嬢ちゃんは簡単に近づけさせている。見なせぇこれ……お嬢ちゃん武器を一旦しまっていやすぜ。見知らぬ人間なら、間違いなく警戒するはずなのにですよ」

「……遠距離からの攻撃では?」

 タイソンは目を見開き、咳をするように笑った。そして人差し指を立ててちょんちょんと宙を叩く。

「アッシが思うに、ディアジオを殺ったのはお嬢ちゃんじゃあありません……。」タイソンはユーニを見る。「あのお嬢ちゃん、不殺さずの信念があったみたいで、生死問わずの賞金首でもきっちり役所へ生きたまま届けてるんでさぁ。ところが今回、ディアジオはお嬢ちゃんに倒されたあとに殺されちまった。……誰に?」タイソンはミラーに顔を向け首を傾げた。「お嬢ちゃんを殺った奴ですよ。見られちまった、もしくはその以上の事をお嬢ちゃんとの会話なんかで知られちまってる可能性がある。つまり、“近づいた”ということです。お嬢さんの鎖を使ったのは、申し訳程度の偽装でしょうな」


 ミラーは感心したように腕を組み唸った。

「旦那ぁ、お嬢ちゃんの交友関係をちょいと洗う必要がありますねぇ」

「うむ……。だが、ギルドの登録に関して捜査するんなら私が直々に行かねばなるまい」

「さすが旦那です。アッシら放免は役所じゃあ仕事ができねぇ」

「分かった、では早急に彼女の背後を探ってみるとしよう」


 鑑識の魔道師が二人のもとへやって来る。

「調べたところ二人以外、というより、ディアジオ以外が魔法や法術を使った形跡もありません。被害者の傷口にはオドもマナも残されておらず、周囲のマナを調べたところ該当しそうな精霊はいませんでした。けれど……。」魔道師は周囲を見て首を振る。「そもそも、この土地はマナが脆弱です。強力な術は魔道具を使いでもしない限り……。」

「思ったとおりですな」と、タイソンがミラーを見ながら言う。

「で、ミラー殿のご依頼で調べさせた魔道具に関して何ですが……。」と、魔道師は肩にかけた籠から鳩を取り出した。「コイツが最後の報告になります」


 魔道士が鳩を自分の指にとまらせミラーとタイソンに差し出す。鳩の目が青白く光りると、最初は鳩の鳴き声だったものが次第に人間の声に変わっていった。

『……ダニエルズ領で……魔道具を……作っている職人に……問い合わせたところ……該当する……魔道具は……思い当たらないということで……す。これで……ダニエルズ領の……調査は最後になり……ます』

「他からの報告もほぼ同じものです」と、魔道士が言う。

 ミラーは唸り、タイソンは便利ですなぁと感心した。

「これも法術ですかい?」

「ええ、簡単なものですが、伝書鳩の手紙では収まりきれない報告をする際に。訓練された鳩か、熟練の術師ならばもう少し長いメッセージを収めることができます」


 鑑識これ以上周囲を調べて調べるものがもうないとわかると、彼らは二人の遺体を運び出す準備を始めた。ミラーとタイソンの二人は運ばれていくユーニの遺体を見ながら、再度祈りを捧げる。


「……まったく、気に入らねぇ事件ですぜ」とタイソンが言う。

「お前にしては珍しいな。殺人など初めてじゃあないだろう?」

 タイソンは完全に笑顔を引っ込めて言う。「……旦那ぁ、この殺しには心ってもんがねぇ」

「心?殺人鬼に心なんてものがあるのか?」

「違いやすよ。強盗、怨恨、殺しってのは必ず何かの心の形跡が残るもんですぜ。だが……この殺人現場にはそれがねぇ。まるで……みたいな、感情なんてものが一切ねぇ」

「そういうものか……。」

「こういう死体がある場所はこの世界でただ一つです」

「……何だ?」


 タイソンは言う。「戦場ですよ。それもただの戦場じゃない、転生勇者の作り出した戦場です。一切の感情もなく、誰に殺されたのか誰を殺したのかも分からねぇ、ただ数えるように人が死んでいく戦場でしか見られない死体です」

「見たことがあるのか?」

「三十年以上前、駆け出しで従軍してた時でさぁ。アッシは日陰者として多くの陰惨な光景は見てきました。けれど……あの戦場、あの光景だけが……。」タイソンはミラーを見た。その瞳には彼には珍しく恐怖があった。「未だに夢に出てきやがるんですよ……旦那ぁ。アッシはあの戦場を見ちまってから、心のどこかが壊れまってるんでさぁ。あの戦場以外の出来事が妙に作り物くさい表面だけのものに見えちまって、何だか可笑しくなっちまうんですよ。言い訳がましいですが、気づいたら笑顔を浮かべちまう……。」


「タイソン、お前疲れてるんじゃないのか?一度ダニエルズの妻と子供のところに帰った方がいい。しばらく休め、あとは私がやる」

「女房ねぇ……。」タイソンは悲しげに笑う。

「奥方は、目が見えんのだろう?お前がそばにいなければ、生活もままなるまい?」

「いえいえ。旦那、女房はアッシがいなくても長いことやってこれた女です。めしいだが、弱いわけじゃありやせん。それに……。」

「それに、何だ?」

「それに、女房はアッシら目明きと違うもんが見えます。殺しにまつわる仕事をやって帰ってくるアッシを見るが妙に悲しげでしてねぇ。倅も一向に懐こうとしやせん」

「なぁに、連れ子なんてそんなものだ。時間が解決する。タイソン、存外にお前は繊細だな。家族に対してもそうなら、一体どこで心と体を休める?」

 タイソンは笑ったまま肩をすくめた。「いずれ、この仕事で貯めた金を元手に店でも開きますよ。そうやって堅気さんに戻って……その時には、アッシの家族は人様並になれると思ってやす。それまでの……辛抱です」

「うむ。有能なお前を失うのは残念だが、それが良いだろう」


 タイソンはふぇっふぇと笑う。「旦那こそ、貴族のお坊ちゃんがこれ以上首を突っ込まなくてもいいんじゃありませんか?」

「……どういうことだ?」

「気を悪くしないで下せぇ。ただ今回の事件は、単なる殺しじゃあないような気がしてならんのです。このまま下手人を追い続ければ、下手をすると……。」

 タイソンは笑顔ではない眼差しをミラーへ向ける。

「……貴族の次男坊が他に選択肢もなく半ば親の命令でこの仕事についたようなものだが、曲がりなりにも刑部の仕事に就くときには主君に誓いを立てたのだ。私にも貴族の気位というのはある。それに、この仕事を好きにはなることはできないが続けていくうちに使命感というのも芽生えた」ミラーはタイソンの眼差しに応えるようにして彼を見る。「女が殺された。ならば犯人を白日の下へ、然るべき法の裁きの元へ連れ出さなければならん」


              ※※※

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