第七章 バステッド

幼なじみ

 馬車で街へ帰る途中に、私は意を決してどうにも引っかかっていた事を問うことにした。

「……なぁシスター、差支えがなければ妹さんとイヴとの関係を聞かせてもらえないかな?」

 だがサマンサは窓から景色を眺めているだけだった。


「決して興味本位じゃないことは理解してもらえると思うんだ。これからの捜査をする上で知っておかなければならないと思ってね」

 サマンサは窓から車内へ顔を戻したが、私の顔は見なかった。「本人の口からはもちろんのこと、私からもはばかれるものです。一体どういう言葉で説明していいものか……。」

「もし、に関する嫌悪感のことを心配しているなら問題はないよ」

「……どういうことですの?」

「私もその……彼とはそういう関係をもったからさ。一度だけね」

 サマンサが目を見開いた。眉間にしわを寄せ、大きなため息をつき首を小さく振る。


「軽蔑したかい?ただ私は彼を男だと思ってたからね。それとも、婚前交渉に対する拒否感かな?」

「そうではありません……何故、あの方は妹がいながら……。」

「シスター、そこなんだ。私はロランから妹さんのことは聞かされていたんだよ。だからお前さんに会った時には彼女の姉だと紹介された。だが、私が教えられたのは、あくまで仲のいい幼なじみだということだけだった。だがどうやら、今日来てみて思ったのは、イヴとタバサはそれ以上の関係だったんじゃないかということなんだ」

「幼なじみ……。」サマンサは窓の外を見て言う。「確かに、元々はそういう関係だったのかもしれません。そして二人には愛がありました。けれど、その愛は二人が成長するにつれ別の形に変わっていったのです……。」サマンサは眩しさなのせいか、それとも思い出し難いことを思い出そうとしているのか、目を細めて物思いに沈んだ。「そしてそれは周囲には理解されるものではありませんでした。ただでさえ、貴族の令嬢と侍女の娘ということに加え女同士という関係は、必然的に本人たちだけではなく家族も巻き込んだのです。ワタクシは姉としてあの子の味方にはなりたいと思っていても、既にその頃には修道女としての道を歩んでおりましたから。けれど、ワタクシはどちらかを選ぶべきでした。あの子を守るべきか、別の道を歩ませるべきか……。早々に決断していれば


「聞いた話では兄のロルフとひと悶着あったようだが……。」

「……ワタクシは聖職者ですが、家族はヘルメス家に使える身です。代々そうでした。ですからあの方……ロルフ様のなさったことに関しては悪い夢、ちょっとした出来心が、ほんの少し度を過ぎたものだと思うことにしたのです。そうしなければ生きていけませんでしたから……。」

 私はそれ以上は聞くべきではないと思った。ロランから聞いた過去もあったし、それだけ聞けば十分だったからだ。

「けれど、あれから妹は心を壊してしまったのです。イヴ様も、妹のためにいろいろと細心をなさっておられたようですが……。」

「……そんなにもショックだったのか。てっきり、ロランだけかと思っていたよ。兄にとんでもない仕打ちを受けたのは……。」

 そう言いかけたところ、サマンサは厳しい瞳で私を睨んだ。いつものあの冷たい瞳ではなく、燃えるような怒りを込めて。


「当たり前ではありませんか。一体、誰が愛する人の前で辱めを受け平気でいられるというのですっ」


「……何だって?」

 私たちの間に沈黙が流れた。二人とも、お互いが何を言っているのかわからないという具合に。馬車が石造りの橋を渡ったせいで、音を立てて揺れ私たちは小刻みに座席の上で跳ねた。

「イヴ様から……聞いていたのではないのですか?」

「いや、聞いていたのだけれど……。その、ロルフとその仲間に妹さんが――」

 しかしタバサが遮った。「やめましょう。ワタクシ以上にイヴ様も妹も、あまり思い出したくないことです。言葉を濁すこともあったのでしょう」

「ああ。それは、そうだ……。ただ確認させて欲しい。彼らに、愛はあったのか?」

「ええもちろんです。許されるなら、妹の言うように崇高な愛になるはずでした。まるで……。」

「まるで?」

「前世から約束されていたように運命的な」


 思い出したくない過去だからなのか、またあの旅路での告白だったからなのか、それともロランとタバサがすれ違っていたのか。何かが根本的に違っている。間違っているのではない。いくつもの事実があるという矛盾、まるでだまし絵の迷路に迷い込んだような不可思議な感覚だ。私はふと、一ヶ月前に生家で見た夢を思い出していた。


「だからこそ、信じられないのです。そのタバサがゴブリンを雇ったということが」

「違うよ、シスター。愛があるからこそさ。愛があるせいで、傷つけあう関係だってあるんだ」

 私と母がそうだったように。


 日が完全に落ち月が空を支配する頃、馬車は街へ着いた。先に馬車から降りた私にサマンサが言う。

「これからどうなさるのです?」

「情報収集といったところだね」

「あてがあるのですか?」

「蛇の道は蛇さ」


 サマンサと別れたあと、私がある場所を探しながら夜の街を歩いていると、瓶詰めや缶詰が並ぶ雑貨屋の前で見覚えのある男に声をかけられた。ロランと最後に飲んだ酒場でポーカーをけしかけた男だ。エプロン姿からどうやらこの店の店主らしい。

「よぉ、ねえちゃん。また会ったな、エルフのにいちゃんは今日はいないのか?」

「ああ、今日はね。ところで、この辺りにマルコムって男の店はないかい?」

 男は目を大きく見開いてから笑った。

「どうした?」

「ねえちゃんそりゃあ可笑しいさ。だってよぉ、この間アンタ方が行ってた店、あれがマルコムの店だぜ?」

「……ああ、そうだったのか。ありがとう」


 うろ覚えの道を歩いてあの日ロランと訪れた酒場に入店すると、カウンターでは見覚えのある小さく背中があった。今日はその背中が、小ささに加えて哀しさも背負っていた。

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