Bonus track:Dead men tell tales, 2-2
息を切らせてユーニが笑う。「過信?そりゃあアンタのことだろ?」
「まだ強がりを……。」
ふと、ユーニの手の先から伸びる鎖にディアジオが気づいた。鎖はユーニの後方にある工場の納屋の柱に巻きついている。ディアジオがその鎖に気を取られた一瞬、ユーニの手首が深い緑色の炎に包まれたかと思うと、鎖はどういった作用なのか、自分から彼女の手首に巻き付きユーニは柱に引っ張られるように地面を滑っていった。
「なんだと!?」
十分に距離をとったあとにほうほうのていでユーニは立ち上がった。
「お前一体なにをした……。」
ユーニが子供のように幼い笑顔で「
「なんだ、何なんだ?
治療術とは見た目が異なる上に、体以外も元に戻るなど聞いたことがない。
「過信だって?そんじゃあもうちょっと調子乗らせてもらうよ!」
ユーニが再び鎖を振り回す。だが今度は先端の分銅ではなく、鎖部分がディアジオに迫った。ディアジオはそれを腕で防ぎ鎖を掴み手首に絡めて力技でユー二を引き寄せようとする。
「どんな手品か知らんが、間合いを詰めて喉を掻っ切ってくれる!」
「過信してるのはやっぱりアンタじゃないのさ。男の力なら勝てると思ったね?……バック!」
ユーニの腕が再び緑色の炎に包まれ鎖を覆った。すると鎖がまた自動的に彼女の腕に巻き戻る。ディアジオは構わず引き寄せようとするが鎖の勢いは彼の想像を上回り、ディアジオは逆に引っ張られて宙を舞う。
「ば、馬鹿な!」
ユーニの方に向かってまっすぐ飛んでいくディアジオ、ユーニはその迫る彼の顔面をカウンターの膝蹴りで蹴り飛ばした。ディアジオの顔面が軽快な音を立てて弾ける。フードとマスクが外れ、鼻から滝のような鼻血を出しつつも立ち上がったディアジオだが、ユーニとすれ違った瞬間にもう片方の手にも鎖が巻きつけられていることに気づく。
「ぐっ!?」
急いで手首の鎖を外そうとするが、絶妙に絡まり上手くいかない。その鎖に一瞬気を取られてから顔を上げると正面からユーニが、今度はディアジオではなく自分自身を鎖の巻き戻る力で引き寄せて飛んできていた。ディアジオの胸にユーニのドロップキックが突き刺さり、ディアジオは後方にまっすぐ吹き飛んだ。
地面と並行して吹っ飛ぶディアジオだったが、さらにユーニは「バック!」と叫び鎖を巻き戻し強引にディアジオを引き戻す。空中で翻弄されるディアジオ。ユーニはディアジオがすれ違う瞬間に低くバク転をしディアジオの下に潜り込み、逆立ちをしながら両足で腹に蹴りを入れてディアジオを真上に跳ね飛ばした。
滞空しているディアジオを見上げるユーニ。無邪気に微笑んで勝ち誇ると、体を全力で回転させながら「バック!」と叫び、自身の力と鎖の戻る力で引っ張りディアジオを地面に叩きつけた。
がぁふっ!
背骨が砕ける程の勢いで地面に叩きつけられたディアジオは、天を仰いでしばらく痙攣した後完全に動かなくなった。
「ふぅ~」
ダメージは完全に回復したはずだが、精神的な疲れからユーニはその場に尻餅を付いた。
「くそったれ、めちゃくちゃ切りやがって」
そして立ち上がり戦いの途中で落ちてしまったトレードマークのテンガロンハットを拾うと、同じくトレードマークのリーゼントをセットしなおしてからそれを被り、気絶しているディアジオのところまで歩いて腰を折ってディアジオを見下した。
「デッド・オア・アライブ(生死を問わず)だけど、アンタと違って殺しゃしないよ。後味が悪いからね。今まで手にかけた人々の事、塀の中で一生弔いな」
だがディアジオには聞こえていないようだった。
戦いに勝利したものの油断ない目つきをユーには崩さない。
「ところで……いい加減出てきなよ?」
ユーニが振り向いて、建物の影に声をかけた。するとひとりの男がそこから現れた。男の手には布で包まれた棒状のものがあった。
「ああ、アンタか」
ユーニから警戒心がなくなった。
男は二人のところまで歩いてくる。
「見てたのかい?まったく、だったら助けてくれてもいいだろう?」
「……私の手には余る」
「素直だねぇ」ユーニは歯をむきだして無邪気に笑う。この笑顔だけを見ると、彼女は幼い町娘と区別がつかなかった。「ま、そうじゃないとやってけないんだろうけどさ」
男は倒れているディアジオを見て言う。「大したものだな、“業炎の隠者”をこうも簡単に片付けてしまうとは……。」
「何見てたんだよ。散々やられてたじゃないか」
男は微笑する。「勝算はあったんだろう?」
ユーニも微笑した。「十二分にね」
「あれが転生者の祝福というものか。法術や魔法とはまた違うのだな……。」
「まぁね。父親に関しては何も思い入れはないけれど、この力にだけは感謝しているよ」
「怪我が治るという単純なものでもなさそうだな?」
「ああ……。正確には“物の時間を戻す”ってやつさ。鎖の動きもそれを応用してる」
「なるほど、“不死のユーニ”とはそういうカラクリなのか……。恐ろしい力だな」
「些細なもんだよ。元々は世界の時間ごと戻せる力だってんだからね。それに比べりゃあさ」と、ユーニはテンガロンハット越しに頭をかいた。
「……他の兄弟もそういう力を?」
ユーニは肩をすくめる。「さぁ?妹にはないみたいだね。多分個人差があるんだと思うよ。後はあっても気づいていないかだね」
男はそうか、と呟くと周囲を見渡した。
「どうしたんだい?」
「いや……何でもない」
「まぁ、アンタが来てくれて助かったよ手間が省ける」
男はまたそうか、呟いた。
「ところで、さっきから何を大事そうに持ってるんだい?」
「ああ、これか……。」
男は棒状のものを抱え、先端をユーニに向けた。
「うん?」
次の瞬間、轟音とともに棒状のものの先端が火を噴き、胸部が爆発すると同時にユーニは後ろに吹き飛んだ。
男が言う。「お前ら不浄の者を、世にあるまじき者を始末する道具だ」
男が構えていたのはウィンチェスターM1897のソードオフ・ショットガン(銃身を切り詰め飛距離と引き換えに殺傷力を高めたもの)だった。だがユーニにはそれが何なのかという以上に、何が起こっているのか全く理解できなかった。
「あ、が……。」
仰向けで体を悶えさせるユーニに男は近づく。まだ息があった。胸元の辺りに鎖の破片が散乱している。いざという時のために防具として巻いていた鎖のおかげで一命を取り留めたのだ。だがそれも時間の問題だった。
「アンタ……一体、何……なの」ユーニは意識を集中し、怪我を治そうとする。手のひらが緑色に燃え始めた。
「……バック」
だが治らない。ディアジオの猛攻の痕を完治させたあの緑色の炎が、今度はまったく機能しなかった。
「あ……あれ?」
「想像以上だな……。」
男はユーニを見下す。
「転生者の祝福を完全に断ち切るとは。想像以上だ、想像以上の成果だ。これからの仕事に弾みがついた」
「な……なん、で……。」
想定の範囲外の出来事に、先ほどまで終始強気だったユーニの目に哀願の色が浮かんだ。首を力なく振り、仰向けの状態で肘で地面を這い男から距離を取ろうとする。
「むだむだむだむだむだむだ。もう手遅れ、誰も助けられない。お前は、ここで……死ぬんだ。草木のようにひっそりとな」
逃げようとも意味のないことだった。男はすぐに追いつきユーニをまたいで立ち尽くし見下した。ユーニの瞳は涙に溢れ、許しを乞うように男を見上げる。
「テラチートと言ってみろ。なにか起こるかもしれんぞ?祝福の奇跡とやらが」
ユーニがパクパクと口を動かす。もう声も出なかった。やがて力強かった彼女の煙水晶のような清輝溢れる瞳はただの茶色い眼球になり、そして涙も果てた。
男はユーニの死を確認すると懐から羊皮の便箋を取り出しそれを読み始めた。
吟遊詩人の声を聞け
過去、現在、未来を見通し
その耳はとらえたのだ
聖なる言葉を
古の木々の森をこだまする声を
その声は異教の魂に呼びかけ
草のしずくにも染み渡り
星々のきらめく
北極を動かし
落日をもよみがえらせるのだ
大地よ、戻れ大地よ
しずくに濡れた草から立ち上がれ
夜は去った
朝日が昇る
まどろみのうちより目覚めて
もはや去ることをやめよ
去ることはやめて
夜明けの星を眺め
水辺に立ちつくせ
すっかり夜が明けるまでは
男は読み終えると、感じ入るように星空を見上げた。
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