転生者殺し

 それは、剣といった刃物を向けられているという状況においてあまりにも場違いな感じだった。一見すると、問いかけに対して同意で応えているような間抜けさだったが、にも関わらずそれを取り出したバクスターの表情からは有り余る余裕が溢れ出ていた。まるで、世界の端を掴んだかのような。


「何だお前? 気が触れてんのか? 錠前握りしめて何しようってんだ?」と呆れ果ててディアゴスティーノが言った。

 しかしバクスターの笑顔が最大限に歪み、その鉄の筒を上に向けた次の瞬間、けたたましい轟音と共にその先端から火が吹き出した。音と共に天井の古びたシャンデリアが砕け散り、粉々になった欠片が床に雨のように降り注いだ。

「アァオ!」と、バクスターが耳を塞ぎながら愉快に叫んだ。

 筒でも錠前でもなかった。それは、コルト・シングル・アクション・アーミー、通称「ピースメーカー」と呼ばれる、コルト社製の回転拳銃、生き物をより合理的かつ効率的に殺傷する目的で作られた道具だった。


 酒場の常連たちは轟音に驚愕し、入口の大男は腕組みを解き、東方民族の一人は三日月刀を落とした。一瞬で、場を制していたはずの彼らの気勢は飲まれてしまっていた。


「な……んだ?」

「戦後世代は知らねぇか? 俗にいう“転生者殺し”って奴よぉ。世に出回ってる9割が偽物らしいな。でもこれは違うぜぇ?」

「ゴ、ゴブリンが、どうしてそんな……大それたもん持ってやがる……」

 さすがのディアゴスティーノも振る舞い方が分からなくなっていた。バクスターへの問いかけもおぼつかない。

「おいおい、質問するんだったら先にこっちの質問への答え、それとギフトだろう? マナーがなってないぜぇディアゴスティーノさぁん?」

 バクスターが銃口をディアゴスティーノに向けて言う。「エルフはどこに行った?」


「……クロウってぇ奴に預けた。行き先は知らねぇ。聞く権利もねぇからよ」

「そいつの住まいは?」

「流れもんだよ」

 銃口を向けながら「本当かぁ」と言いたげにバクスターが顔を傾けて薄笑いを浮かべる。

「……西の丘にそいつの生家がある。それ以上は知らねぇ本当だ。ビジネスに関しては不干渉が俺らの不文律だからな」

「な、るほど」

 バクスターは拳銃を懐にしまった。

「じゃあアンタの質問への答えだ。……“吟遊詩人”」

「なにぃ?」

「辺境のフェルプールの情報網じゃ分かんねぇか?」


 小気味良く数回小さく頷いた後「じゃあなぁ」と、バクスターは手下に合図を送り店から出る素振りを始めた。先程の銃の威力と範囲への恐れから、必要以上に常連客たちはゴブリンたちから距離をとる。

「ああ、そうだ」

 バクスターは何かを思い出すと不意に懐から拳銃を取り出し振り向いて、ディアゴスティーノの方へ発砲した。だが狙いはディアゴスティーノではなかった。彼の斜め後ろにいたカウンターのバーテンの頭が吹き飛び、壁に並べられたグラスや酒瓶に、肉片や頭蓋の内容物が混じった血が飛び散った。

「な……オメェ何しやがる!」

「ギフトだよ、そいつの命をもらっといた。スカしたツラして気に食わなかったんでな」

 バクスターはそう言うと「ナーハーハーハーハー」と台本を棒読みするように笑い出口へ向かい、手下たちも気の利いた冗談を聞いたように爆笑し彼について行く。

「このクソ野郎、呪われやがれ!」恐れながらも牙を剥きディアゴスティーノが言う。


 扉へと歩いていたバクスターの動きがピクリと止まる。

?ディアゴスティーノさん。知らなかったか?」バクスターが振り向く。「、呪われてんだよ。どいつもこいつも」

 バクスターは店内の面々を見渡して蔑んだ笑いを浮かべてから、改めて扉を開き去っていった。


「どうなってやがる……」

 長年裏社会を生きていたディアゴスティーノにとっても、予想外の出来事が起ころうとしていた。



 四季亭を出たゴブリンたちはすぐにクロウの生家を目指した。店外にいた数も合わせると20余匹に及ぶ一団だった。大きな狼を従え、それにバクスターが馬に乗るように跨っている。


「お頭ァ、何であの猫耳ぃ、やっちまわなかったんですかぁ?」

 クロウの生家へ向かう道中、バクスターの手下の一人が、終始焦点が定まっていないような目つきをしてヘラヘラと笑いながら聞く。


「弾数が限られてんだよ。以外にやたら使うわけにいかねぇ」と、狼に跨ったバクスターが言う。

「“転生者殺し”なんてなくってもぉ、あんな不抜けた奴ら何かにぃ、俺たち負けませんよぉ」

 元々ゴブリンは長いセンテンスを話すのが得意ではないので、より一層知性が欠けたように手下は話す。

「……フェルプールはこっち側だ」

「へぇ?」

「エルフや人間とは違う。気取っちゃあいるが最後の最後にジョーカーを切るし、お互い最後の一匹になっても殺し合う種族だ。俺らぁみたいにな」

 ディアゴスティーノに見せなかった表情だった。そこには忌々しさがほんの少し見て取れる。

「へぇぇぇ?」

「まぁ、深く考えんな。お前らは俺の指示で動いて生きて死ね」

「へぇっ」


 ゴブリンたちが話しながら丘を登っていると、クロウの生家が見えてきた。

 バクスターが手下の一人に指示をすると、そのゴブリンは棍棒でドアノブ辺りを破壊する。

 数匹が室内へ入っていき、それから間もなく、ゴブリンの一匹が得意げに室内に脱ぎ捨てられたロランの白銀のプレートメイルを引きずり出してきた。その手下はケラケラ笑いながらプレートメイルの匂いを嗅ぎ「ん~ん」と感じ入り、もう一人のゴブリンに頭を叩かれていた。


「遊ぶな」

 バクスターがもう少し賢そうな、頭をモヒカンに刈り上げた一匹に目配せすると、その手下はプレートメイルをふざけている一匹から奪い取り、バクスターが跨る狼の所に持っていく。

 そのゴブリンが狼の頭を撫でながら鎧の匂いを嗅ぐフリをすると、狼は真似をして鎧の匂いを嗅ぎ始めた。

 しばらく匂いを嗅がせた後、バクスターは狼の頭を強めに数回叩き「よしいけ!」と叫んだ。それを合図に狼が走り出し、その後をゴブリン達が走って追いかける。

 地獄から伸びる影が二人に迫っていた。

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